第29話 その話、もっと聞きたい!


「お姉様っ!」


 フランは声を上げると同時に抜剣ばっけんする。

 そして、私の目の前に居る男性にり掛かっていた。


 ――早いっ!


 私が――待って!――と言うひまもないくらいだ。

 流石さすがは私の妹である。見た目によらず、身体能力も高い。


 ――いや、感心している場合ではない!


 相手が普通の人間であったのなら、反撃する時間もなく、身体がぷたつになっていただろう。


「あら?」


 フランは相手の正体に気が付いたようだ。

 剣を振り下ろすのはめたが、突っ込んだ際のいきおいは殺せなかったらしい。


 そのまま、振り向いた彼へとつかる。

 だが、心配はいらない。


 ポムッ!――と彼に抱きめられるように、受けめられた。


(まるで、れているような動作ね……)


 ――いや、本当にそうなのかも?


 彼が私の想定通りの人物なら、幼い頃からフランの事を知っているはずだ。

 恐らく、お転婆てんばな彼女の相手をしていたのだろう。


 つまり、小さい頃はああやって、彼に抱き着いたりしていたのかも知れない。


「ベ、ベガート⁉」


 なんでここに?――といった表情で、フランは目をパチクリさせる。

 一方、ベガートと呼ばれた彼も同じ心境だろう。


 何故なぜ、お城に居るはずの姫様が、こんな山の中にいるのだろうか?――と。

 彼の正体が分かった私は――やっぱりね――と溜息をいた。


「まぁ、られても良かったのだが……」


 とはベガート。物騒な事を言わないで欲しい。

 彼は本気でそう思っているようなので、性質たちが悪い。


「それは困るわ!」「キュイ⁉」


 私はベガートを指差すと、


「妹を人殺しにする訳には行かないもの!」


 と答える。かすかな沈黙の後――アッハッハ――とベガートは笑う。

 そして、ゆっくりと抱きめていたフランを離した。


 アーリはいつの間にか、彼女のそばに待機していて、足元の覚束おぼつかないフランの肩をつかみ、後ろから支える。


 一方、ベガートはそのまま前進すると、


「リオル! エレノア様は中々に面白いな!」


 突然、大きな声を上げた。

 その視線の先には、お兄ちゃんが居た。


「ベガート――お前は相変わらずだな……」


 魔術を使わずに登って来たからだろうか? 両ひざに手を突き――ハァ、ハァ――と息を切らせている姿は、ちょっとさまにならない。


 だが、その表情は何処どこか嬉しそうだった。



 †   †   †



 ベガートは右手に力をめると、広げた手の平を握った。

 すると、土が盛り上がり、石の長椅子ながいす円卓テーブルが出て来る。


「相変わらず、繊細さに欠けるな」


 とお兄ちゃん。


うるさい」


 とベガートは反論する。

 どうやら、魔術の操作はお兄ちゃんの方が上らしい。


「石だとお尻が痛くなるし――冷える」


 お兄ちゃんはそう言って杖をかざす。

 すると、植物が伸び、石の長椅子ながいすを包んだ。


「お前……そんなに気をつかう奴だったか?」


 ベガートは首をかしげたが、


「俺の大切な妹が風邪かぜでも引いたらどうするつもりだ……」


 兄はそう言って、構わずに準備を始める。

 水球を空中に作り出し、さらに魔術で熱を与える。


 お湯の出来上がりである。

 私はキューイをフランにあずけると鍋にそれを集めた。


 直接さわると火傷やけどしてしまう。

 鍋のふたを使って集めやすい水球だけを選んだ。


 さらに兄は杖で地面を突く。すると、その地面から木が生えた。

 そうかと思うと、人数分の木製のカップが実る。


(不思議だ……)


 初めて見る――新しい魔術である。

 早速さっそく、私はカップを使い、皆の前にお湯を出す。


 汗をいてはいるが、山の空気は冷たいので、温かい物の方が有難ありがたい。

 一方で、


「まるで師匠みたいな使い方を……」


 とおどろくベガート。


すでに俺は師匠を越えた」


 とはお兄ちゃん。


(いつもは謙遜けんそんしているのに、めずらしいわね……)


うそけ……」


 ベガートが突っ込む。


「試してみるか?」


 お兄ちゃんは言う。


(やけに挑発的ね……)


 だが同時に、再度、水球を出してくれる。

 私はおしぼりを用意して、皆に渡した。


「こんなに楽しそうなベガートを見るのは久しぶりだわ」


 フランは二人の様子を見て、そんな感想をべた。

 アーリは面倒なのか、ただ黙って観察している。


「でも、どうしてベガート……さん? がここに?」


 誰も質問しないので、私が質問した。

 ベガートは、


「呼び捨てで構いませんよ――エレノア様」


 とかしずく。言われれていないので、なんだか鳥肌が立つ。


(オオカミだけど……)


「分かったわ、ベガート……私の事はクタルと呼び捨てでお願い」


 私の言葉に彼は――ハッ――と返事をする。

 そして、


「クタル――月光の娘だったか?」


 そんな事をつぶやき、兄を見た。

 お兄ちゃんは――さぁな――と視線をらした。


 ――そういう意味だったの?


(てっきり、リオルとクタルで語呂ごろが良いからかと思っていた……)


 ベガートは立ち上がり、あごに手を当て、考える仕草しぐさをすると、


「そう言えば、師匠は趣味で昔話を集めていたな」


 お前は好きで、よく聞いていた――となつかしむ。

 お兄ちゃんは少し不機嫌な顔をする。


 ベガートはお構いなしに――ああ、思い出した!――と一言。


何々なになに? すごく気になる!)


「月から来たお姫様の話だったか? その主人公の女性が――」「止めろ!」


 お兄ちゃんはベガートの話をさえぎった。


(なるほど……)


 どうやら兄は私に、お気に入りの物語のヒロインの名前を付けてくれたようだ。


 ――その話、もっと聞きたい!

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