第59話 不安な思い

 案の定というべきか、エルザ・フィールズが生徒会入りを受けることはなかった。しかしマーガレットが紹介してくれた別の生徒に話を持ち掛けてみたところ、幸いなことに快く承諾してくれたため、マリア率いる新生生徒会はなんとか定員を確保することができた。おかげでビアトリスはマリアから「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」という大仰な感謝を受けることになった。


 さらにウィリアムがアーネスト謹製の効率的な生徒会業務の指南書を入手してきたこともあり、生徒会の運営はようやく軌道に乗り始めたらしい。

 シリルいわく「いやぁ、このままだとマリアが発狂するんじゃないかと冷や冷やしてたんでほっとしましたよ」とのこと。


 ビアトリスはこれまで通りあずまやでカインとおしゃべりを続けていたが、エルザとの一件について自分から口に出すことはなかった。エルザはもともとビアトリスの友人である以上、「そういえば、最近カインさまってエルザと親しくしてらっしゃるんでしょう?」とさりげなく尋ねても別段不自然ではないと思うが、口にしようとするたび喉に何かが詰まったようになって、言葉が出なくなってしまうのである。


 その一方で、カインがエルザの名を口にすることもなかったが、何かを言い出そうとして言い出しかねているような雰囲気を時おり感じることはあった。

 ビアトリスはさっさと引導を渡してほしいと思いつつも、やはり決定的な言葉を耳にするのが恐ろしくて、結局そのままになっていた。


 マーガレットやシャーロットとの間では、近いうちに行われる王家主催の舞踏会が頻繁に話題にのぼるようになった。

 年に一度王宮で開かれる舞踏会は、爵位のある家柄なら皆招かれるという大規模なもので、ビアトリス自身もデビュタントを終えた後は毎年アーネストと参加していた。しかし今年はパートナーがいないし、変な意味で注目を集めたくはないので、出席は見送る予定である。アーネストも今回は参加を見合わせるようだった。


 ちなみにマーガレットとシャーロットは、当然のようにそれぞれの婚約者と参加することを決めている。シャーロットは婚約者からドレスを贈ってもらう予定とのことで、今からそわそわしているし、マーガレットも「あの方、ダンスは苦手だけど私と踊るために頑張って練習してくださったんですって」と嬉しそうに報告してきた。

 二人の幸せそうな顔を見ていると、ビアトリスまで幸せのおすそ分けをもらえるようで、なんだか嬉しくなってくる。


(カインさまはどうするのかしら)


 カインも当然のように欠席すると思っていたが、もしかしたらエルザと共に出席する予定なのかもしれない。いっそ二人で仲良く参加してくれたら、ビアトリスもこれ以上もやもやせずに吹っ切れるかもしれないと思いつつ、やはり「カインさまは舞踏会はどうなさるんですか?」と尋ねることは出来なかった。我ながら不甲斐ないにもほどがある。


 そんな風に不安な思いで日々を過ごしているある日。マーガレットが神妙な顔つきで問いかけた。


「ねえビアトリス、舞踏会のことなんだけど、貴方は参加しないのよね?」

「ええ、そうよ。前からそういっているじゃない」


 ビアトリスは怪訝な思いで返答した。

 以前はよく二人から「メリウェザーさまに申し込まれたらどうするの?」などとからかい交じりに訊かれたものだが、ビアトリス「私とカインさまはそういう関係じゃないのよ」と繰り返しきっぱり否定したおかげで、最近はその手のやり取りもなくなっている。


 それなのに、今さらどうしたのだろうか。


「そうなの……」

「なあに、一体どうしたの?」

「ううん、ビアトリスがナイジェル・ラングレーさまのパートナーとして舞踏会に参加するという噂を聞いたものだから、ちょっと気になったの」

「ナイジェル・ラングレーさまと? いいえ、そんなことあるわけないわ」


 ラングレー氏からは以前縁談を申し込まれたが、すぐにお断りしたはずである。もうとっくに縁が切れたはずの名前が、なぜここで出てくるのだろうか。

 ビアトリスが困惑していると、シャーロットも「まあ、ナイジェル・ラングレーさまの件なら、私も聞いたことがあるわ」と口をはさんだ。


「ビアトリスとナイジェル・ラングレーさまとの縁談が進んでるって」

「え、なんですって?」

「お母さまから聞いたのよ。私はそんなはずないって言ったのだけど、お母さまはこれは確かな筋からの情報だって、そればっかり。お父様のお仕事の関係で知り合ったとか、非公式には以前からお付き合いがあったとか、ひそかに思いあっていて、今度の舞踏会に一緒に参加する予定だとか……ねえビアトリス、それって本当の話じゃないわよね?」


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