第3話 二人の女友達

「マーガレットさま、シャーロットさま。一緒にお昼をいただいてよろしいかしら」


 ビアトリスが意を決して問いかけると、二人の令嬢は一瞬目を丸くしたのち、嬉しそうにほほ笑んだ。


「もちろんですわ、ビアトリスさま」

「ビアトリスさまとご一緒できるなんて嬉しいですわ。私たちはいつもテラスでいただいているのですけど、ビアトリスさまもそこで構わないでしょうか」

「ええ、もちろんですわ」


 二人の令嬢の温かな笑顔に、ビアトリスはほっと胸をなでおろした。


 マーガレット・フェラーズ伯爵令嬢とシャーロット・ベンディックス伯爵令嬢は、ビアトリスに対して友好的に接してくれる数少ないクラスメイトである。以前昼食を一緒に取らないかと誘われたこともあるのだが、そのときは「アーネストさまと一緒にいただくので」と断ってしまった。

 今さら誘っても迷惑がられるのではないかと不安だったが、少なくとも表向きには歓迎されている雰囲気だ。


 幸いなことに、彼女らの友好的な態度は、昼食の間中変わらなかった。二人があれこれと話題を振ってくれるので、ビアトリスは疎外感をおぼえることなく会話を楽しむことができ、食べ終わるころには一緒に笑い転げるほどに打ち解けた雰囲気になっていた。


「それにしても、ビアトリスさまとこんな風に過ごせるなんて夢みたいだわ」

「ねえ、ビアトリスさまってこんなに気さくな方だったのね」


 マーガレットとシャーロットが二人でくすくすと笑い合う。


「私ってそんなにとっつきにくいイメージだったのかしら」

「ええ、だって女神みたいにお綺麗だし、マナーも所作も完璧で、お勉強だってできるでしょう? だから私たちなんかとお話ししてもつまらないのかなって思ってましたのよ」

「そうそう、完璧すぎて近寄り難いというか、私たちがお声をおかけしていいものか迷ってしまって。それに勇気を奮ってお誘いしても、ビアトリスさまはいつも――」


 しまった、という表情のシャーロットに、ビアトリスは苦笑して見せた。


「そうね。私はいつもアーネストさまにばかりかまけて、他の方々とあまり交流を持とうとはしなかったものね。でもアーネストさまはあの通りご迷惑なようだし、私も無駄な努力はやめて、私なりに学生生活をもっと楽しもうと思ったの。だからお二人とも、これからも仲良くしていただけると嬉しいわ」


 そう考えるようになったきっかけは、昨日の青年の一言だった。

 ビアトリスはこれまで自分に問題があると考え、あれが悪かったのか、これが悪かったのかと思いめぐらし、歩み寄りの努力を重ねて来た。しかし仮に青年の言う通り、アーネスト自身の問題ならば、彼女の努力に意味はない。

 それならもう諦めて、相手の気が変わるまで、放っておくしかないのではないか。


「もちろんですわ。それじゃ今度の週末、一緒にスイーツのお店に行きませんこと? ラグナ通りに新しくできたお店のタルトが絶品なんですの。シャーロットと一緒に行きましょうって話してたんですけど、ビアトリスさまもいらしてくださったらきっと楽しいですわ」

「美味しそうね、ぜひご一緒させていただきたいわ」

「ええ是非。うちの兄も大好物で、この前なんか男子学生の集団で食べに行ったんだそうですの。熊みたいな集団に押しかけられて、お店の人は目を白黒させていたんだとか」

「ふふふ、マーガレットさまはお兄さまがいらっしゃるの?」

「ええ、私のひとつ上です」


 ひとつ上といえば、昨日の青年も制服のタイの色からして、一学年上の上級生だった。


「……それじゃあ、背が高くて見事な赤毛の男子生徒について、お兄さまからお聞きになったことはないかしら」

「背が高い赤毛の方? それならたぶんメリウェザー辺境伯家のカインさまですわね。なんでも辺境伯の庶子で、最近になって辺境伯家に引き取られて、学院に編入してきたそうです。そのせいかいつも一匹狼で、あまり人と関わろうとしないんだとか。授業もさぼり勝ちで、そのくせ成績はトップなのがムカつくってうちの兄がぼやいてましたわ」

「メリウェザー辺境伯家……」


 メリウェザー辺境伯家は、第一王子を産んですぐに亡くなった先代王妃の生家である。第一王子がまだ生きていたころは、辺境伯は外戚として王宮を訪れることもあったろうから、そのとき目にしたことを、息子のカインに伝えたのだろうか。


「それで、その方がどうかしたんですか?」

「昨日ちょっと失礼な態度を取ってしまったの。もしお兄さまと親しいのなら、私が申し訳なく思っていると伝えていただけたらと思ったのだけど、一匹狼なら仕方ないわね」

「一応兄に頼んでおきますわ。親しくない相手でも平気で話しかける能天気な男ですから」


 マーガレットは胸を張った。



 その日は昼食後もマーガレットたちと行動を共にした。明るい彼女らは女子に人気があるらしく、いつもは聞こえよがしに悪口を言う生徒たちも、二人に遠慮しているのか、何も言ってはこなかった。

 入学して以来、こんなに気持ちよく過ごせた日は初めてだ。


 ビアトリスが幸せな気持ちで迎えの馬車へ向かっているとき、目の前に見慣れた青年が現れた。金の巻き毛に青い瞳。王家の特徴を色濃く受け継ぐ、絵に描いたような王子様。


「アーネストさま……」


 いつもなら自分からあれこれ話しかけ、すげなくあしらわれるのがセオリーだが、もうそんな努力をする気にもなれない。

 会釈してそのまま行きすぎようとしたとき、ふいに腕を掴まれた。


「アーネストさま?」

「……なぜ昼に来なかった」

「ご一緒しないことは言伝したはずですが、もしかして伝わっておりませんでしたか?」

「来ないことは聞いたが、その理由については聞いてない」

「これからはお友達といただくことにしましたの」

「お友達?」

「はい、同じクラスの女生徒です」

「自分から一緒に昼食を取りたいと言い出したくせに、ずいぶんと勝手な話だな」

「申し訳ございません。アーネストさまのご迷惑も考えずに強引に約束を取り付けたことについては深く反省しております。もう二度と致しませんので、どうかお許しくださいませ」


 ビアトリスが頭を下げると、アーネストが不快そうに顔をゆがめた。

 これまで昼食はアーネストの居る生徒会室で一緒に取っていたのだが、アーネストはビアトリスが少しでも遅れると先に食べ始めているし、勝手に食堂に行ってしまうこともあった。食事中も不機嫌な態度を隠そうともせず、話しかけても返事もしない。


 これだけ露骨に迷惑がっていた相手がもう来なくなるのだから、素直に喜んでもいいだろうに、一体なにが気に喰わないのか。

 まあビアトリスがなにをしたところでお気にめすことはないのだろう。


「それでは失礼いたします」


 ビアトリスはしとやかにカーテシーをすると、アーネストに背を向けた。

 馬車に乗り込むときふと横目で見ると、アーネストはまだ同じ場所に立っていた。

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