第9話 新たなる祖母の奥義 2

 祖母が一番上の妹を罵りながら、彼女の長く編まれた髪の毛を掴んだ瞬間。

 私は思わず声をあげていた。


 「そいつらは関係ないだろ。」


 「やばい」と思った時にはすでに遅し。

 『後悔先に立たず』なんて、昔の人は本当にうまい事を言ったものだよね。


 どれだけ長い月日が流れても通用するようなこれほどの名言を、なんたってこんなに少ない文字でがっつり表現してくれちゃうんだから、脱帽です!


 話がそれてしまったけれど、この時の私の失言は祖母に対して、予想以上に効果てき面だった。


 祖母の般若の表情かおは瞬く間に赤黒く染まり、まさに鬼の形相へと変化していく。

 間抜けな私は、不用意にも祖母を煽り、逆鱗に触れてしまったのだ。


 怒り心頭の祖母は前触れもなく、近くにいた一番上の妹の頭を平手で打った。


 「やめろって!なんでこんなに小さいやつらにまで、そんなことするんだよ!」


 こうなってしまっては仕方がない。

 私は叩かれて号泣しはじめた上の妹を、急いで自分の後ろに追いやった。


 「ここはオラの家だ!お前らの親はろくなもんじゃない!」


 そう言って祖母は今度は二番目に小さい妹の頬を打つ。


 「だからってなんで、こいつらを叩くんだよ!」


 一番下の妹だけは祖母の大のお気に入りなので危険はない。

 私は自分の声すら聞こえなくなるほど大泣きしている上の二人の妹をひっつかむと、自分の後ろに隠し祖母を遮った。

 残念なことに、私には腕が二本しか生えていないから、二人つかむのが限界だったんだよね。


 私が予想した通り、祖母は一番下の妹には見向きもしなかったから、心底ほっとした。

 ここで一番下の妹が叩かれたりなんかしたら最悪でしょ。

 まるで上の兄弟たちが一番のチビを生贄に、自分たちだけ逃げおおせた感じになっちゃうからね。


 「居候が!恥を知れ!」


 祖母はぐちゃぐちゃになって私の髪を鷲掴みにしようとつかみかかってきたから、私は思い切りその手をはらいのける。


 家の者にこんなに反抗された事なんてなかった祖母は、ギリギリと奥歯を噛みしめ、悪態をつきながら部屋へ下がっていった。


 しかし!

 もちろんだが、これで終わるはずなどない。


 祖母という人間は、非情に執念深いのだ。

 私に煮え湯を飲まされたまま大人しく引き下がれるような、可愛げのある婆さんではなかった。


 かりそめの平穏に安堵しているうちに、父と母が帰ってきた。


 祖母の動向を緊張を覚えながら見守っていると、やはり期待を裏切らない婆さんは、大声で怒鳴り散らしながら、居間と言う名のリングへとすかさずあがってきた。

 さすがは祖母というべきか、咆哮をあげながら間髪入れずにテーブルの上のものを全て床に叩き落とす。

 母と父へのパフォーマンスは抜群だ。


 母は真っ青になり、あわてて何があったのかと祖母に問いかけた。


 とはいえ、祖母がことの詳細を伝えるわけなどない。

 自分が父と母を罵ったことを知られたくはないのだからね。


 では彼女はどうしたのでしょうか?

 正解はカンタン!・・・全て私のせいにした、でした!


 「きょうが私を怒らせたのが悪い。」

 「思いやりのかけらもない鬼のような子だ。年寄りをいたぶって平然としている。」

 「親の教育がなっていないせいで口の利き方を知らない!」

 「暴力を振るわれて手が痛くなった。」

 と、ひたすら私を罵ることに決めたんだよね。


 祖母にそういわれてしまえば、母は事態を納めるため、私に事の詳細を聞くしかなくなる。

 そのうえ母は、この婆さんの口を早く縫いつけたくてたまらなくなっているのだ。

 当然のごとく、切羽詰まった母は声を鋭く尖らせて、私に詰め寄ってきた。


 ではそんな時、一体私はどうするのが正解だと思う?

 答えは・・・・・・『ノーコメント』!!

 沈黙は金なり!!

 これしかないよね。


 でも、ここで私が口をつぐんでしまえば、結局いつまでたっても祖母の怒りの謎は解けない。

 つまり祖母の怒りを収める術はみつからないわけで、もちろん話もこれでは終わらない。


 祖母の怒りをはやく鎮めたくて仕方のない母は、なんとか私の口を割らせようとする。

 けれどもし、祖母が何に対して怒っていたかなんて話を私が口からもらしてしまえば、家の中がめちゃくちゃになっちゃうんだよね。


 そんなこと言えるか!

 私は貝になる!

 所ジョージよろしく、だんまりを決め込んだ私は何があっても口を開くことは絶対に無かった。


 あまり気が長くない母は、すぐに我慢がきかなくなった。

 私の腕を千切れそうなほど強くつかんで引きずって、空いている部屋に押し込めると、乱暴に扉をしめる。

 私のズボンを引き下ろし、太ももをこれ以上ないほど強く、母は平手でバシっと打ち始めた。


 強烈な平手打ちだ。

 たった一撃で、私の薄い肌はじりりと、痛みなんだか熱なんだか分からない強烈な衝撃で悲鳴を上げた。

 生皮を剥がれたのではないかと思うほど鮮烈な痛みが心の奥までよく響く。


 目を伏せ、叩かれた跡を見てみるとそこにはくっきりと赤い手のひらの形が描かれ、指の隙間のあたりはみみずばれのように、ぼこぼこといびつに膨らみはじめていた。


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