天使の日常は逃走から始まる。

一沢

第1話

 ──────29年蒼月15日、午前九時。最後通牒たる第6回自治領間技術共有会議欠席、及び共有講和条約破棄により『政府』は『学府』に対して宣戦布告を通達。隣接領『警府』による『学府』各地への進攻を開始。

 ──────同時刻、残る隣接領『教府』は、『街府』による援助を受け『学府領首都』への奇襲を敢行。部隊を持たないとされていた『教府』からの進攻に『学府』は学院近辺に集結させていた『学府軍』を以って対抗。

 ──────『教府』はこの対応を『学府』側による不戦条約違反とし、『政府』へと報告。通達を受けた『政府』と『教府』間の同盟関係締結、並びに『政府』、『街府』間の不戦条約延長締結も完遂。

 合成鋼、人工関節による機動鎧、空挺艦を主軸とする『警府』、独自理解による自然分解から派生した奇跡を用いる『教府』に対し、『学府』は遺児達を以って防衛。

 星の解析を用いての惑星兵器、身体性能の極限を携える遺児達による防衛を受け、開戦から約三十分で空挺艦は二隻墜落、『教府』による正式発表はないが、おおよそ先発隊の二割を失う。遺児達の欠落は見受けられず、戦闘存続可能と断じられた。

 遺児達による防衛線は徐々に後退、開戦から続く疲弊は無視出来ていない、と散見される。

 ──────午前十時、進攻を持続させていた『警府』からの降伏命令を『学府』は破棄、同時に三府への非難を声明。午前十時十五分、三府は『学府』からの声明を徹底抗戦と受諾、自治領『学府』は、これを以って自治領から反乱軍へと対応を変更。

 —————―国家に対する最大の離反行為とし、国家からの分離を決議。

 ──────決議は三府間のみで行われ終了。国家間規約違反に当たらないとして、『消去』を採決。

 午前十一時、決議会議の最中、撤退を命じられた全部隊は『教府』へと移動を開始し、全部隊撤収完了と戦地より通達。二十分の冷却、発射準備の後『消去』は政府領より発射。約三分間の飛行を行い『学府領首都学院』へ着弾。学院周辺は『消去』の余波を受け『死の砂塵』が発生、以上をもって戦闘行為を終了。国家存続戦争の終戦とする──────。

 


 数十度も聞き流した歴史的事実を耳にしながら、最後の講義を過ごした。周りの隊長格へ視線を逸らせば、それぞれがそれぞれの終わりを噛み締めて見えた。ある者は欠伸を噛み殺し、ある者は落ちた筆記用具を拾い、またある者は腕章を握り締め、今後行う作戦へと思いを馳せている。

「皆知っている通り、この戦争は五十年前の出来事だ。我々『学府』の人間にとっても、それは変わらない。しかし、我々にとってこの情報こそが最後の世界の記憶にも等しい。諸君の使命を再度通達する────学府全域に広がる『死の砂塵』を突破し、『教府』、『警府』、『街府』、『政府』の情報を入手する事。最悪の場合、それぞれの首都さえ撮影出来れば作戦終了と撤退を開始しても構わない。繰り返すが、我々はこの五十年、外界との接触を一切失い、何も知らなさ過ぎる」

「結局撮影というのは、空撮ですか?それとも近影ですか?」

「どちらでも構わないと結論された。観光でもしたいのならやってみるが良い。市井の生活、元老の会議、物質の搬入から加工先、人工比率まで、写真一つである程度は知れる。諸君の役目は、あらゆる状況を記録した媒体を我々の元まで持ち込むに限る。知っているだろうが、砂塵の中は常に磁場が乱れている為、嵐が吹かない時でしか遠方より伝達は行えない。つまり帰還こそが必須事項だと心に刻め。続ける───」

 隊長格の一人が、今の今まで下されなかった可決内容を質問をしたが、想定の範囲内の答えが帰って来た。この50年、我々は極端な方向へと突出した技術を磨き続けたが、外の状況がわからぬ以上、街に入る事を許可されるのかどうかさえ判断出来なかった。その上────宇宙から見下ろされている可能も。

「教官、質問があります」

 整えられた黒髪を肩に流す一人、軍服で身体を締め付けた少女が手を挙げる。それに対して教官は、一つ頷き続けろと促す。立ち上がった少女は、背筋を一切曲げずに下段舞台にいる教官へ声を発した。

「仮に我々の正体を尋ねられた時、その時は通達通りでよろしいのでしょうか」

「変更は無い。通達通り『教府』が出自だと偽れ。『教府』が方針を変えていなければ、孤児達の家となっている。そもそも『学府』からの遺児など、この50年まるで接触が無かった筈だ。我々の到来を余程待ち望んでいた者で無ければ、気付かれる事は無い。『学府』から訪れたと直接言わなければな────最悪の事態に直面、それぞれの官憲に見破られた時は砂塵にまで引き返せ。或いは各々で判断。最も避けるべき事態は、諸君が最も知っている筈だ」

 避けるべき事態とは逮捕でも殺傷でも無い。自分達の身体を解析される事。『死の砂塵』に対して、最高の耐性を得たと結論された肉体を持った遺児が一角。それが自分達、『偽りの騎士団』。

「忘れぬ様に、自分の部隊員にも言って聞かせておくが良い。決して、我々の身体は預けてはならないと。自分達は『学府』が作り上げた最高傑作。あらゆる毒素、細胞を破壊する塵にも抗う最高硬度の肉体を持っているとな。同時に、自分達の中身を知った者は生かしてはならない事も」

 許される殺害条件の一つに、皆息を呑んだ。

「────よろしい、良い顔と成ったな。この空気を常、保持出来るように」

 射影機の映像が途切れたと同時に教室に明かりが灯される。短い時間、最後の講義にして最後の作戦確認を終えた自分達は、皆一様に教官へと視線を向ける。去る背中は、いつも悠然としており、高い背丈から繰り出される眼光はいつも威風堂々としていた。隣の少女、先程質問をした同格の隊長は朗らかに教官を眺めている。最後に交わせた言葉は勿論、一歩一歩足音を立てて行く姿さえ愛おしそうに。

「言わなくていいのか?もう会えないかもしれないのに」

「何故ですか?だって、今回はまだ1回目なのよ。帰る度に外での光景を教えれば、もっと話せるじゃない。ふふ、私が教官に取られたみたいで悔しかった?それとも、教官に宣戦布告でもしますか?」

 眼鏡からコンタクト型デバイスに変えた少女が嘲る様に笑い掛けてくる。自分の容姿に気付いてしまった少女は、いつ何時でも難敵だった。背後の隊長達は、今後の作戦について連携や合図の確認をし合っているのに、自分達は遅かった青春と言われる期間を楽しんでしまっていた。

「悔しい訳じゃないさ。ただ、俺にとっても教官は特別な人なんだ。最後かもしれないから、挨拶の一つでもしておきたい。それに教官と俺を天秤に賭けて、重かったのは俺の方なんじゃなかったのか?」

「挨拶をしたいんじゃなかったのですか?教官と張り合っても意味が無いって言ったのは、あなたなのにね。心配しなくても、しっかりと私の心の中心にはあなたがいます。さぁ、行きましょう、一緒に」

 前髪をきっちり抑えた少女の手は、兵器を用いているとは思えない位に柔らかかった。背後の三人に軽く会釈をし、手だったり頷き返された所で自分達は慣れ親しんだ教室から飛び出した。過去の資料にあった卒業と言われる瞬間を終えた自分達は、隠すまでも無いと手を繋いだままで廊下を闊歩する。

「ここは私達だけの学校でしたが、きっともうすぐ後輩達の学校に、校舎に成るのですね。良く知りませんが、後輩という存在はとても可愛らしいそうです。フィフス、もしうつつを抜かしていたら」

「その時は、厳しく思い知らせてくれたら有難い。誰がセカンドと恋仲になったのかを」

「任せて下さい。きっと、私以外には振り向けない身体となってしまうでしょうけど」

 作戦資料を抱えながら微笑むセカンドは、震えてしまうほど美しかった。そんな麗しきセカンドを映えさせる様に、足音が響く廊下は石と木で作られた館。自分達にのみ許された校舎は、時代錯誤な洋館だった。戦闘訓練には決して適さないまでも、館の中は寝食から入浴、座学までを完結させる設備が整えられており、物心が付いた時から我が家として扱っていた。

「やはり卒業というのでしょうね。差し詰めこれは、教官へのお礼参りと言うのね」

「俺も良くは知らないが、それは若干違うんじゃないのか?」

 どこで聞き齧ったか、時折セカンドは不思議な事を言う人だった。

 そして自分の異議などには耳も貸さない所もセカンドらしさ。こうやって集中を己に向けさせる彼女には、いつも手玉に取られていた。

 他人の目には警戒しながら手を握り続けるが、それぞれがそれぞれの最後を過ごしている校舎は普段とは変わって静寂に包まれている。それをいい事に、時々見つめ合いながら教官の私室へと歩みを進め、普段は歩かない廊下へと入り込んだ時、窓の外をセカンドが視線で示した。

「見て。ようやく私達は、自分の意思であの皮膚から出られるの」

 機嫌よく、そう言ったセカンドに自分は何も言えなかった。『消去』から自分達の先祖を守ってくれた波打つ青の壁は、確かにセカンドの言う通り皮膚とも形容出来た。しかし、その生々しい表現に、自分は胸に詰まる物を感じた。

「セカンド、外に出れたらまず何をしたいんだった?」

「粉塵に隠されない、真なる自然光を浴びたいわ。造られた疑似太陽には、もう飽きてしまっているから。そして海と呼ばれる母なる器も。私達の部隊、皆で浸かろうと約束しているの。あなたも如何?あなたなら、私達全員が受け入れると思いますよ。嬉しいでしょう?下着と変わらぬ衣姿の私達を見れて」

「悪くないけど、俺は月とやらを見たい。約束、忘れたのか?」

「ふふ、まさか————しっかりと、覚えていますよ」

 自分の口から、これを言わせたかったようだ。本当に相変わらず、愛らしい人だった。

 教官に与えられた私室は、自分達の館内にあるとは言え、踏み入れ難い空気を常に覚えていた。廊下を踏み鳴らす足音さえ憚れる、恐怖心にも近い感情、或いは覚悟を宿す必要があった。

 廊下の過程にて佇むひとつの扉、数える程しか尋ねた試しのないノブへ手を伸ばす。

「教官、おられますか。フィフスです」

 呼吸を整え、数度のノックの後に声を掛ける。別れて数分として経っていないが、身体中に緊張感が在ったらしくセカンドに背中を撫でられる。個人的な用向き部屋にまで尋ねたのは、思えば久方振りであったかもしれない。

「教官、フィフスです。お忙しいところ恐縮ですが、挨拶に参りました」

「教官、セカンドです。長らくお世話になりました。最後に私達へ時間を頂けませんか?」 

 まだ部屋に戻っていなかったのか?そんな心配事が過り始めた。軽くセカンドと視線を合わせ、廊下の端から端まで視線を走らせるが、影は勿論足音さえ響いていない。腰のデバイスに手が伸びる、けれど自分達のように挨拶を求めて忙殺されている可能性があった。

「‥‥出直そう。明け方、時間までにもう一度、」

 諦めて扉へ背を向けた瞬間、腕の裾を引かれる。自分も顔を向け直す理由が生まれた。

「待って。今、音がした」

「————誰かいる」

 何かを床に落とす音が聞こえた。それも金属製のパーツが多く組み込まれた物体の重なり。

 ————紛れもなく拳銃の音だった。あの教官が拳銃を落とすなどあり得ない、窓の風によって押し落とされる不安定な場所に置く事も信じられない。その上、落とした拳銃を拾い上げる音すら聞こえない。自分達を長く鍛え続けたあの人の部屋とは思えない無防備な物音だった。

「人を呼ぼう、セカンド」

「いいえ、序列上位として指揮権を発令します。教官の容態を先に調べます」

「了解した———」

 腰の自動拳銃。白銀のマガジンと銃身を持つそれに手を伸ばし、ドアノブを捻る。鍵は開いていた。冷たい感触に息を呑みながら腰の拳銃を引き抜き、独りでに開く程度までドアを押し開ける。暗い部屋の中、鼻を突く臭気に眉をひそめた。————血だ。部屋中に立ち込める鮮血の匂いに、苦い唾液が溢れる。そして灯りが付いていない部屋だとしても、瞬時に視認出来た。

 なみなみと注がれた水瓶の中、一滴のインクを落とした様相を呈する光景を。

「セカンド、セカンドッ!!」

 呼吸を忘れていたセカンドの背を叩き、意識に呼びかける。下がれ、と腕で壁を作り、一人部屋へと侵入。灯りを付けずに横たわる身体の足首に触れ、動脈を調べる。太い血管は指の腹を叩く事はなかった。生暖かい肌は、死んで間もない事を告げていた。

「倫理委員会に通報。殺人だ」

「‥‥本当に、教官なの」

「————急げ。まだ死んだばかりだ」

 セカンドの問いかけを無視し、淡々と必要事項を告げる。これ以上現場を破壊する訳にはいかないと自分は部屋から辞し、背で侵入口を塞ぐ。窓から降り注ぐ光量のみに照らされた死体は、ピクリともしない。頭側が影に隠されて幸運だった、教官だと確定してしまう事実が見えなかったから。

 拳銃はそのままに、銃口を天上へと向けたままデバイスを口元に寄せる。

「サード、フォース、シックス。今すぐ教官の私室へ。自分の配下の隊員に洋館警備、外出者を全員捉えてくれ——————ああ、来れば分かる。いよいよ、始まった。荷物をまとめる時が来た」







 —————頭部に対しての発砲。弾痕は一つのみ。致命傷たる発砲は片方の壁へと広がった血痕から判断し至近距離からだと判断される。弾丸は側頭部から貫通、デスク上部の壁へとめり込んでいた。それ以外の外傷はなく、遺失物も確認されていない事から————

「もういい。それより、疑わなくていいのか?」

「何をですか?君達が第一発見者だとしても疑える筈もありません。あの人に一切の抵抗もさせず暗殺が施せるとは思えない。————仮に私達が揃っていても、同じ結果にもならない‥‥」

 捜査調書を手に、耳を隠す金の髪を持ったサードは、自分と同じく黒のスーツを纏っていた。

 事件翌日、司法解剖と身辺捜査を終えた教官の身体は土へと帰った。上官と同僚達が無言で送り出し、親族のいない遺児の葬儀はいつも滞りなく終わる。そして立ち合いに招かれた自分達は倫理委員会が去った後も、墓前で教官を見降ろしていた。

 また、選ばれた教え子たる自分達の内、セカンドは早々にフォースと共に帰路に着いていた。

「結論は自決。どう思われますか?」

「真っ当な判断だよ。『委員会』上層も、あの人の実力は認識していた。どれだけ親しい間柄でも軽はずみに背中を見せるとは思えない。それに。俺達が洋館を警備し、全員の点呼を取ったのも加味された結果だ。正しく導き出された答えだよ、間違いなく————」

「ええ、あまりにも正し過ぎる、異議のひとつも挟めない結論。同時に私達の顔を立てる優し過ぎる答え。私の部隊にも動揺が広がっています。そして、これを慰撫する上層。さて、どう判断すべきか」

「そっちの隊員が狼狽えるとは驚いた。俺の方も同じだ、失った物が大きすぎる」

 最後に白い墓石に刻まれた文字を長く眺め、踵を返す。背中を追ってくるサードの視線に応えるべく街角の一つへと歩みを進めた。しかし、サードが隣へと来たと思ったら視線の先には、数度の十字路を越えた先にあるのは喫茶店だった。しかも、この黒のネクタイには似つかわしくない白いテーブルクロスが光る高級店。

「シックスが既に席を取っています。彼が瞬時に快諾したのですから、これ以上は待たせられません。きっと、注文する料理の全てが無くて苛立っているでしょう。急がなくては」

 向こうも話すべき内容があると暗に告げていた。大人しく頷き、先導を任せると胸を張ったサードは慣れ親しんだ我が道だと言うように、悠々と進んでいく。親代わりとは言わないまでも、自分達と長く同じ時間を過ごした教官と失った翌日とは思えなかった。

「サード」

「話は後で————」

 風に乗って鼓膜に届いた言葉に、自分は口を閉ざした。

 目的の喫茶店、『死の砂塵』が渦巻く外界とは完全に分離された世界へと踏み入った自分達に、若い女性店員がにこやかに応対を開始する。待たせている人がいると、笑顔で返したサードに対して「あー」という表情をしながら、シックスが待つ席へと案内される。

 そこは人々がタブレットや紙媒体に目を通す店内を通り抜け、扉で閉ざされた個室だった。壁を隠す巨大な絵画に、窓枠ひとつ分くり抜かれた部位には植木と写真が立て掛けられていた。

「よぉ、教官はどうだった」

「静かでしたよ、ようやく休ませて上げられます」

 無骨な拳で握り締められたカップが砕けそうだった。自分達と同じく黒のスーツ姿だったが、既に上着は脱ぎ捨てられ、ズボンを止めるサスペンダーすら肩から外されている。

「悪いな、最後の挨拶もさせられなくて」

「あぁ?俺達は軍属だぞ。いつくたばっても構わねぇように過ごしてるに決まってんだろうが————まあ、後で見に行ってやるけどよ。セカンドだ、フォースはとっとと帰っちまったが」

 一瞬テーブルに足を乗せようと腰を上げたシックスだが、店員に咳払いを受けて大人しくカップを掴み取るに終えた。あのシックスが変わったものだと思いながら、対面する位置に座るとサードは上座へと収まる。

 それを見届けた店員は一礼をした後、席を外した。

「ここには『委員会』上層の目も届かない。届かないと判断し集合して貰いました。既に私の部隊には、告げています。シックス、あなたは?」

「とっくに改造済みだ。あの教官が死んでんだ、信じるしかねぇだろ。フィフス、てめぇは?」

「聞くまでもないでしょう。そもそも、この話をもたらせたのが彼なのですから」

 額に手を当てて顔を振るサードを無視し、なおもシックスが凄んで来るので頷いて応える。

「ああ、既に終えて待ち構えてる。シックスの部隊は優秀だな、もう終わったのか」

「おうよ、お蔭で気の合う連中ばかりだ。一日でやれっつたら、一日で終わらせたからよ」

 僅かに苦笑いをし、サードへと視線を走らせると「無粋ですよ」と小声で伝えられる。シックスの先見の明、人を見る目は確かなのだと決定した。同時に、こいつの下にだけは成るものかと肝に銘じる。運び込まれたコーヒーで舌を潤し、茶菓子のクッキーを齧ると、笑んでしまう。

「この嗜好品も、いつまたありつけるか」

 砂糖と塩、粉末状の穀物の塊に時間を掛けて熟成させた豆の数々。許された持参品欄の内に、嗜好品の持ち込みは許されてはいたが、重量的にも立場的にも許容範囲は極々僅かな物だろう。

「世間話はここまでにしよう。サード、話はなんだ?」

「残す所、あと三日。セカンド、フォースには許可を得ています。発進と共に目指す位置について、ここで決めようと判断しました。簡潔に述べます、全てはシックス隊の耐圧対爆防弾性によります。シックス、接近禁忌種に位置する対ジャバウォック兵器には、何度耐えられますか?」

「直撃しなければ何発でも耐えられるぜ。ただし、車輪だカメラだの許容は、少なければ少ないだけいいが正解だ。あり得ないだろうが、徹甲弾でも直撃すれば装甲は耐えられて一発程度だ。それ以上は耐えられない。置いていく選択肢を視野に入れとけよ」

 誰よりも軍属らしい心情を持つシックスの言葉には嘘偽りなかった。言うまでもない、単なる事実だとカップで口を噤むシックスは、それ以上は何も言わなかった。作戦の続きをとサードを望むと、深く頷かれる。

「ならば、残る道はひとつ。国止山脈への直進、山越えを敢行しましょう。元から順路のひとつだったのです。我々の船も、それ相応の馬力を持ち合わせています。そして、可能性を考えて行ったエンジンパワー増大と交換パーツの供給も既に終えています。ふたりはどう思いますか?」

「結局ジャバウォックの対処はどうすんだ?俺達はしんがりに掛かり切りで手が出せねぇぞ」

「そこはフィフスに頼む予定です。セカンド、フォース隊には艦砲射撃で援護をして貰います。本当なら彼女達にも白兵戦を頼む予定でしたが、恐らく、山を越えなければ覚悟が戻らない————フィフス」

「確認を取るまでもないだろう。俺が仕留める、サードは確実に指示を下してくれ。お前達には一匹も近づけない。先陣は俺達が切る、しんがりはシックス、中央にサード、右翼左翼はセカンドとフォース、完璧な布陣だ。だけど、シックス、脱落者は認めない。後ろから押してでも連れて来い」

 当然の帰結だと、断言すると「無茶言うぜぇ、瞬間馬力を上げさせる為に、壊せるパーツと回路を造らせるか」とデバイスを持ち上げ、席を立つ。窓辺に立ったシックスは自身の隊員に注文を付けて、反論の間のなく座席へと戻ってきた。折り返しの通話を消し、クッキーを数枚まとめて掴み取る。

「サードも忘れないでくれ。完璧な計画なんてないとしても俺達は生き残る為に、ここまで練ってきた。ひとりでも欠けたら、すぐに瓦解する。お前が一番理解している筈だ、俺達には誰ひとり代えがいない」

「‥‥ええ、その通りです。出来る限り、脱落者が出ない案を造り出してみせましょう。———時にフィフス、セカンドとの仲はいかがですか?」

 急に、あのサードがそんな俗な話を振ってくるとは思わなかった。しかも、興味深そうにシックスまで身を乗り出してくる始末。関係ないだろうと首を振って腕組みをすると、

「何か勘違いをしているようですが、私は『騎士団』全体の士気を気にして話題に上げました。今更隊内の規律の為と、関係解消を強制すれば女性隊員全体から誹りを受けてしまう。また、それは逆に言えばあなた達の関係さえ保持し続けられれば、団半分の士気を、」

「わかったわかった。お前は正しい————正直、俺もセカンドも教官の事でそれどころじゃないが事実だ。セカンドも取り調べで疲れ切ってる上、今日もほとんど話せていない」

「フォースでも挟んでみればいいだろうが」

「直接私に話かけないのかと、お叱りを受けるに決まってる。今は、そっとしておきたい」

 扉でも閉めるように言葉を切ると、「よろしい」と言いたげにサードは背もたれへ身を預け、シックスは「そういうもんかねぇ?」と肘掛けに頬杖をする。何故、それほどまでに自分達の関係が重要視されているのかと疑問を持つのと同時に、ある当然の事実へと思い至った。

「なんで、知ってるんだ」

「あぁ?フォースんとこが騒いでたからに決まってんだろうが。俺ん所にまで来て訊いてくるぐらいだ、知らない隊はいねぇんじゃねぇか?サードはどうだ?」

「無論、参謀としてあらゆる噂にも耳を通しています。作戦戦術は噂ひとつであっけなく崩壊する繊細な物。その中でもとりわけ、我々に影響を及ぼし常に話題性トップの人気を誇る噂が、あなたとセカンドの関係でしたが、何か間違いが?」

 ここで違うと言えば、何処からかセカンドの耳に届く事だろう。その時、自分の私室には拳銃を持ったセカンドが微笑んで襲撃に来る、限りなく間違いなく。そして、ここでそうだと断言すれば甘い香りを携えたセカンドが微笑んで部屋に尋ねてくる筈だ。恐らくは。

「———そうだ。セカンドとは恋仲になってる」

 と言ったのに、二人は「あ、そう」とデバイスを握り始める。

「私です、新たな危機的状況に直面した時の選択肢を増やしておきたいのです。ええ、前回報告書を」

「ああ、俺だ。さっき言った装甲についてだが、後方だけを厚くしろ。そしてパージ機能もな」

 自分達のデバイスはフォース達技術隊によって秘密暗号化、秘匿回線が用いられているとはいえ、些か警戒心が無さ過ぎではと、と疑問に思った為————自分はひとり立ち上がって、サードへは裏拳を。シックスには飛び蹴りを繰り出した。

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