1-4 わがまま姫をめざします
〈めでたしめでたしと〉
「ぜ、全然おめでたくありませんけれども」
あまりの情報量にリナリアは他人事のような気持ちで呆然と聞いていたが、もっと他人事で語るクロックノックに、弱気なツッコミを入れてしまった。
クロックノックはフン、と腕組みするように緑色の両羽を合わせた。
〈そりゃあ、お前らにとってはそうじゃの。強いていうならヘレナは幸せかもしれぬが、それでも自分以外の家族は全員死んどるからな。手放しに喜んではおれんかったろうよ。
それでも、この出来事は後世に物語として流布していくことになる予定じゃったからの。客観的に見れば、まあハッピーエンドの類なんじゃろう〉
「そんなぁ……」
バーミリオンが最後に死んでしまう物語なんて、全然ハッピーエンドじゃない。よりによって、あんなに溺愛していた弟にも裏切られるなんてあんまりだ……とリナリアは嘆息する。
〈ちなみにその物語にお前は出て来んぞ。「なんか知らんうちに死んどった姫がいたらしい」みたいな感じじゃったらしく、影が薄過ぎて存在を忘れられておる。自害などするもんじゃないな〉
「ええ……」
聞きたくなかった情報だった。しかし、気になることがある。
「い、いえ、そこはこの際、気には致しません。悲しくも、忘れられることには慣れております。それよりも……窓を乗り越えたのは、わたくしの意志では、なかったのです」
〈ほう?〉
クロックノックが興味深そうに息を吐く。リナリアは、目を閉じて当時のことをできるだけ思い出そうとした。けれど、自室の窓を思い浮かべた途端、恐ろしくなって目を開けてしまう。
「……はあっ。確かに……はじめは身を投げようとして窓枠に近づいたのは事実です。しかし、いざという時になって、わたくしは足を止めたはずでした。自ら死ぬつもりはなかったのです。それなのに、あの時勝手に、自分のものじゃないように、この足が動いたのです」
〈気になる話じゃが。それもバーミリオンの魔法であったら、お前はどうする? 親兄弟を殺し、自分まで殺されたとしても、お前はあやつを幸せにしたいと願えるのか?〉
心臓が嫌な感じに跳ねた。クロックノックは真っ直ぐにリナリアの瞳を見つめていた。静かに深呼吸をする。
「……わたくしが、バーミリオンさまを幸せにできたら、国は滅びないかもしれません」
〈それは本質的な解決にはならんな。そのような残虐性を持つ男だったと知っても、なお大切に思えるのかと聞いているのじゃ〉
「……」
しばしの沈黙の後、リナリアは真剣な顔で小鳥を見つめた。
「まず……バーミリオン様は、あのときわたくしに『動くな』と言いました。あれが魔法であったとして、バーミリオン様のものではありません。
戸惑いはあります。あの方がどうしてあのような最悪の決断に至ったのか……。それでもわたくしは、あの方を嫌いになれません。
あの方が、お父上様に冷遇されて苦しみながらも、王位継承者として前に進んでいたのを知っています。年々冷ややかな空気をまとっていかれたけれど、いつも民やライム様のことを考えていらして……本当は、優しい方のはずです。レガリア留学中の成績は抜群でしたし、帰国後の政治的手腕の評判も届いておりました。あの方は過激ではありますが、狂人ではありません。あのような選択をせざるを得なかった何かがあるはずなのです。
両親や兄妹を手にかけた場面をこの目で見ていれば、わたくしの気持ちもまた違ったのかもしれませんが……」
〈自国を滅ぼされたというのに、随分擁護するのじゃな。なぜそこまであの男に執着する? なぜ、敵国の王を愛せるのじゃ〉
「愛」、という言葉が胸に刺さる。今のリナリアには、少しまぶしすぎる言葉だった。
「そう、ですね。もしかすると、これは恋や愛なんて美しい気持ちではないのかもしれません。何を言っても、国や家族を裏切るような気持ちを抱いていることへの言い訳にしかならない気がいたします。
バーミリオン様は、出会った時からずっと、わたくしの光でした。あの方を見たり、あの方の噂を聞いたりするだけで、満たされていました。あの方の美しい金色の髪、宝石のような赤い瞳をいつだって追ってしまいます。皮肉交じりの言葉も、不遜な態度も、他人を寄せつけない冷たいオーラでさえも、わたくしは全部お慕いしているのです……。
だからこそ、おそばに寄ることも畏れ多いと思い、いつも遠くから見つめていました。けれど、それは勝手に満足して自分の理想像を押しつけていたのかもしれません。本当に大切に思うなら、もっとちゃんと勇気を出して彼に向き合うべきだったのだと思います。
そのお詫びであり、今まで満たしていただいたお礼であり……あの方に幸せになってほしいのは、わたくしのわがままなのです」
そう、わがままだ。
国のためでもなく、家族のためでもなく、ひいてはバーミリオンのためでもない。最後の最後、残った自分のための願いが、「
クロックノックは小さな片羽で口元を隠して笑う。
〈ふくくく……奇特なやつじゃのう。われが思っていたより重い……しかし一途なやつじゃ。気に入った。ならばお前はそのわがままを通すために、これからどうする〉
「わたくしは……」
胸に手をあてて今までの人生を思い返す。「王女としてそうあるべき」と思い、両親の指示に従い、座学や礼法、ダンスやお茶会に時間を割き、好きな人の情報を生きがいにただ遠くから見つめるだけ。バーミリオンがつらい時期も何もすることができなかった。しなかった。王女として、他国の事情に首を突っ込むのはよくないことだと思ったから。
「振り返ると、後悔が多すぎます。良かれと思って我慢したことも、選んだことも、結局誰のためにもなっていなかった。周りの目や王女としての立場を気にして、お人形のような人生を繰り返したくはありません。それなら……」
ベッドの上に立ち上がり、両手を腰に当てる。昔から兄が時々するポーズで、なんだか堂々として見えたのでマネをしてみたのだ。王女としてはしたない行動に内心ではおびえながら、胸を張って、天を指さした。
「わたくし、あの方を幸せにするために、わ、わがままになってみせ、ます」
クロックノックはリナリアの宣言を聞くと、愉快そうに頭上を飛び回った。
〈ぷふふふ。わがまま姫にしては弱弱しいが、せいぜい足掻いて見せよ。リナリア〉
「は、はいっ」
リナリアが大きくうなずくのとほぼ同時に、ドアの方からノックの音がした。慌てて布団をかぶる。
「姫さま。ご朝食をお持ちいたしましたよ。今日はお昼も夜もたくさん召し上がるでしょうから、いつもより少なくいたしました。召し上がったら陛下にご挨拶に行きましょうね」
「は、はい。ばあや」
布団から顔を出して見ると、スープからふわりと立ち上る湯気が温かそうだった。ふわふわの丸いパンも、白身魚のレモン蒸しも、どれも懐かしく感じた。添えられたピンクのイチゴはレガリアの特産で、リナリアの好物だ。
「まあ、ピンクのイチゴがあるわ」
「ふふ、お誕生日ですもの。今日は姫さまの日ですよ」
「わたくしの日……」
そんなことを言ってもらったのは何年ぶりだろう。じん、と胸が熱くなった。
小さな手でカトラリーは持ちにくかったけれど、食べているうちにだんだん慣れてきた。ばあやは「姫さま、いつの間にテーブルマナーをそのようにご立派にできるようになられたのです!? もう所作も大人のレディですよ」と感動していたようだった。物理的にうまく動かせなかったとはいえ、幼い子供にしては出来過ぎなくらいだったかもしれない。
(そうだわ、礼法の授業はもう受けなくても良いかもしれないわね。その時間で、これからのことも考えられるかも……)
食後、服を着替えさせてもらいながら、リナリアは今後のことをぼんやり考えていた。クロックノックはいつの間にか身を隠していた。
「ばあや、お父様は怒っていらした?」
「いいえ、陛下は姫さまをご心配なさっていましたよ。さあ、お早く姫さまのお顔をご覧に入れないといけませんね。ご気分はいかがですか? おでこは痛くありませんか?」
「はい。えっと……ちょっとヒリヒリしますけれど、ほとんど痛くありません」
ばあやはそうっと額の当て布を取り、首をかしげた。
「まだちょっと赤いですけれどね。きっと夕方のパーティーまでには治りますよ。少しだけ
ばあやは若いメイドに命じて化粧道具を持って来させ、リナリアの額に軽く白粉をはたいた。全身鏡を見ると、黄色のドレスのスカートが花びらのようにひらひらとしている。自分のことながら可愛らしく、絵本からそのまま出てきたようだった。真っ黒で地味だと思っていた父譲りの髪もふんわり内巻きにしてあり、ドレスによく似合っている。最後に髪飾りをつけてもらったら、そこに花が咲いたようでうつくしかった。
リナリアは夢見心地のまま、廊下で待機していたたくさんのメイドに囲まれて、玉座の間に向かう。緑色の小鳥は、少し離れたところからその後ろ姿を眺めていた。
〈さて、あの娘っ子、これから起こる大事なイベントを忘れてはおらんかのう〉
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