第65話
休憩時間。静かに過ごすことはできない。
「オタクっちー! 暇暇ー! 暇すぎてつまんないよー! ウチらのクラス、オタクっちみたいにいじりがいのある男の子いないからー、なんだか物足りないんだよー!」
「マジでそれ。オタクってなんやかんやあって、アタシ達にとって結構重要な人間だと思うのよね」
「ま、とりあえず何かして暇を潰そうよー! もう超絶暇なんだからさー! オタクっちも協力してよー!」
駄々をこねているようにも聞こえるこの会話。僕はどうしていいのか分からず、慌てふためいていた。それをフォローするように、隣の席にいる綾ちゃんが横から入り込んでくる。
「曇く……オタクくんが困ってるよー? あんまり無理にさせるようなことしちゃ悪いよー」
「へー? 綾、自分ではそう言うんだねー?」
「な、何かな……!」
ん? あれ? なんだか不穏な空気が漂っているけど? だ、大丈夫かな、これ?
「ゔぅー……!」
「むぅー……!」
睨み合ってんのか完成しあっているのかどっちなんだ。本当にやめてくれよ、そういうのは……。と、争っている原因がそう思うのは、別に悪いことではない気がする。どの口が……という印象を持つだろうが。
二人を置いて一人、僕と接触してきた人がいた。蝶番さんが体を寄せてきたのだ。
「ラッキー……。二人が争ってる隙に……」
「蝶番さん……。近いってば……」
「近くしてんのよ。もしかしてアタシのこと意識しちゃってるとか? はっ! オタクもやっぱり男だったんだな」
「いや、元からずっと男だからね……」
「意識してんのは否定しないんだな。むしろ肯定しちゃってるし」
「うぐ……」
蝶番さんは上着のポケットから何やら箱を取り出した。
明るい模様のパッケージ。どこかで見たことのあるような箱だった。その箱の中から梱包された何かを取り出して、ビニール質の袋を破り、中身を出した。
「お菓子? 学校にそんな物を持ってきたらダメじゃないか」
「いいのよ。別に学校側も絶対に持ってきてはいけませんー、なんて校則作ってないし。なんなら没収されたことも一度もないし」
「でもさ……」
「バレなきゃいいのよ」
そのお菓子はチョコレートがコーティングされたスティック状のお菓子だった。中身はスナック菓子でできているもの。昔からあり、国民的なお菓子だという。
蝶番さんはそれを軽ーく食べていた。ポキリと折れるその音からは、食欲をそそられるように開発されていると思う。
「んま」
「……」
「何よ、そんなにジーッと見て。アタシのことが気になるって言うの?」
「いや、そういうんじゃないよ。お菓子がどんな物なのか見てただけだよ」
「ふーん。食べる?」
「いいの?」
「いいけど? ほら、あげるよ?」
「じゃ、じゃあ……」
僕が袋に手を伸ばすと、すぐに蝶番さんはその袋を引っ込めた。
「食べたい?」
「食べさせてくれるのなら……」
「食べさせてほしい?」
「う、うん……」
蝶番さんはしばらく考えてから、袋の中から一本そのお菓子を取り出し、自分の口で咥えた。何をしているのだろう。
「ふぁい。あげるよ」
「ッ……!?」
「いらないの?」
何を、しているのだろう。
「そっちから咥えなよ。食べたいんでしょ? なら早く咥えないと。そうじゃないと食べられないじゃん」
「いや……流石に冗談、だよね……」
「アタシもこれずっと続けんのキツいんだからね? 早くしなよ」
「……」
僕も彼女に流されてしまい、前傾姿勢に突入した。しかしその対応に他の子達が見ていないわけもなく、しっかりと阻まれてしまう。
「「やめろーーー!!!」」
真横からの大声は耳に悪かった。綾ちゃんと金城さんによる停止を呼びかける声は、その勢いからも見て……聞いて取れるように、教室中に鳴り響き、挙句の果てにはその声のせいで廊下にいた先生に注意されてしまうほどだった。
二人は先生に会釈してから、すぐに平常運転に戻る。
「なに勝手に熱い展開しちゃってんの!? ウチらを置いて自分だけイチャイチャしようだなんて、瑠璃奈も性格悪い!」
「そうだよー! というか曇くん……じゃなくてもオタクくんが瑠璃奈ちゃんに応えるようにしてるのが問題だよー! ボクは許さないからねー!」
「いや、だって蝶番さんがやれって……」
「瑠璃奈!」
「瑠璃奈ちゃん!」
蝶番さんのほうを一斉に向いて、厳しい視線を送る。
「いやー、だってオタクが食べたいーって言うからさ。食べさせてやろうとしただけじゃんか。何が悪いっていうのよ?」
「いや悪いし! 確実にそういう意図があった上でやるでしょあんなこと!」
「そうだそうだー!」
喚いている中で、たった一人、蝶番さんのことを意識していた僕は、時間差で赤面してしまった。ただ僕としても、どうしてあそこで動いたのだろうと感じてしまう。本当に、どうして。
分からない。これがなぜなのか分からない。蝶番さんじゃなくても、金城さんや綾ちゃんであっても、ああするのかもしれない。確信はないけれど、少しばかり僕は、蝶番さんのことを特別に扱っているのだろうか。
難しくて、説明しづらい感情が、そこに残っていたのだった。
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