第37話

 翌日、教室に入るとクラスの生徒全員が、僕を凝視していた。


 なんなのか分からないけど、何か僕の顔や頭にゴミでも付いているのか分からないけど、そもそも僕自身をゴミだと判断しているのかも知れないけれど、一緒に教室に入った小鳥遊さんに聞いても、『何も付いてないよー?』と言ってくれていたから、本当になんなのか分からない。


 腕にしがみついている小鳥遊さんから、どうにかして引き剥がそうとしたけど、彼女があまりにも強くしがみついて、抱きついてくるため、全然びくともしない。


「ぎゅー!」

「やめてよ小鳥遊さん……。その腕は実は僕のなんだからさ……。だから……いい加減、離して……」

「やだぁー! ずっとこうしてるのー! オタクくんの腕なら、ボクにだって使用権はあるー!」

「いや、意味分かんないよ……。そもそもその腕は僕のなんですけど……。僕の腕なのにどうして小鳥遊さんに使用権があるのさ……」

「だってボク、今朝に言ってたじゃんー! ボクが『この腕ボクのー!』って言ったら、オタクくんは何も言わなかったー! あの瞬間にこの腕はボクのものになったのー!」


 本当に意味分かんねぇ。小鳥遊さんはどうしてこう僕の腕が好きなんだろう。撫でてほしい、だとか、今でもこうして腕に引っ付いているし……。もうなんなんだよ。


 ん? うん? あれ? 


 もしかして……僕が注目されてるのって、小鳥遊さんにしがみつかれているからか? 登校中に突然後ろから掴まれて、そのまま教室まで上がってきたけど、その間に何も感じなかったわけじゃない。きちんと周りからの視線には気づいていた。


 まあ気づいた上で、教室に入った瞬間の視線の理由は分かってなかったんだけどね。洞察力は優れているのに、自覚がないのは欠点だ。


 なるほど。つまり僕がやることはただ一つ!


「マジで離れて……。僕がみんなに見られているのは、完全に小鳥遊さんがくっついているからだよ……」

「むぅー! ボクのせいだって言うのかー! オタクくんが無言だったのが悪いー! あの時ちゃんと『やめて』って言えばよかったのー!」

「でも僕がそう言っても、小鳥遊さんは何もなかったかのようにやってくるでしょ? なら言っても同じだよ……」

「ひどいー! ボクが話を聞かない非常識な子だと思ってるのー!? オタクくんサイテー! 絶対に離れてあげないからー!」


 はい失敗。あっさりと逆効果になってしまった。なんとも硬いガード。まるで鉄壁。越えることのできない大きな壁だ。


 本当にギャルというのはガードが硬いものだ。柔らかそうで、簡単に崩れてしまいそうなものだと思われがちだが、あと一歩のところで鉄壁のガードを展開するのだとか。なんか大人なサイトに飛んでしまいそうな広告にそう書いてあった。どういう意図があって、本来はどういう内容なのかは正直よく分かってない。


 ……嘘じゃない、本当だ。僕は純粋だからな。ん? 純粋だと逆にダメなのか……?


 ……って、変なこと考えてるより、小鳥遊さんをどうにかしないといけないだろ。我に帰れ我に。さて、どうしたものか……。とにかく何かして……。


「んふふー……! おやおやー? オタクくん困ってるようだねぇー? どうにかしてボクを撃退しようと、策を練っているねぇー?」


 なんで分かるんだ。テレパシーでも使えるんですかね。


「んふふー……! どうするー? どうするのー? ここからどうやって、ボクを追い払うのかなぁー?」

「ぐぅ……」

「手詰まりのようだねぇー? んふふー……! じゃあボクが特別にヒントをあげるよー……!」

「え?」

「あー! オタクくん嬉しそうだねー! どうしようかなー……。オタクくん、教えてほしいー?」

「教えて欲しいです、教えてください」

「いいよー? じゃあ……」


 小鳥遊さんは僕のもう片方の腕……その先についている手に視線を送る。


「そのもう片方の手をー、ボクの頭の上に乗せるのー!」

「こう?」

「うんうん! そしたらー、その手を優しく優しく動かしてー、ボクを甘やかすようにするのー!」

「それって……いつもやってる……」

「そうだよー? 頭撫で撫でー! やってくれたら、この腕から離れてあげようかなー……」


 すぐに手を動かした。優しく、優しく。


「んふふー……! オタクくーん……!」


 結局離れてくれなかった。



 ****



 終礼が終わった時である。担任から話をされた。


「じゃ、じゃあ、この後すぐに理事長室に行けと……そういうことですか?」

「そうだ。色々と話があるそうだぞ? よかったな」

「いいことなんですかね、呼び出されるのって……。あんまりいい気はしないですけれど……」

「理事長室なんて滅多に入れないんだぞ? いいことじゃないか! それに、理事長は自分の息子さん以外の生徒とは会わないんだ」

「全然名誉なことだとは思いませんが……」

「とにかく早く行ったほうがいい。これでまさか退学とかそういう話だったら笑えるな!」

「……あるかも知れないですね、そういうこと」

「え……?」

「では、さようなら」


 担任は思考が停止していたようだった。


 ああ、本当にあるのかも知れない。本当に退学というのが、あるのかも知れない。そうなった場合、僕はどうするのだろうな。他の学校に行くのか? それとも、学校に行かなくてもいいような手段をとるのか?


 それとも……また、あの施設に……。


 嫌だぁー! 本当に嫌だぁー! 何が嫌なのかは具体的に言うには少し説明が必要だし、その説明も難しいんだよ!


 うーん。退学になった場合だと、おそらく三番目に行きつく可能性が非常に高いな。僕が退学になったのを施設の関係者が知れば、即施設……及び実家に連れ戻されてしまうことだろう。


 そうなってしまったら、そうだな……祖父母の力を借りよう。人に頼りたくはないけど、最終手段として祖父母に泣いてでも、土下座してでも頼んでみよう。


 多分だけど助けてもらえる。祖父母は僕にものすごく甘いから。


 考え事をしながら、理事長室への道を歩いていく。扉が見えてきた。


「ここか……」


 大きくて重たそうな扉を開けた。当然目の前の大きな机に身を構えている理事長がいた。そのすぐ横には黒服の女性がいる。秘書なのだろう。


 しかしそれよりも、僕の目を引く者がいた。白衣を着た女性がいる。その白衣は僕の大嫌いな施設の物である。


「なんでここにいる」

「ご命令です」

「聞いてないぞ」

「曇さまには伝えるなと言われておりましたからね。あれですよ、サプライズというものです」

「何がサプライズだよ、黒山くろやま……。僕は理事長に呼び出されたからここに来たんだ。お前に用はない」

「私はあるんですよ」

「はぁ?」

「言ったでしょう? ご命令なんですよ、先生のね」


 何かが起こりそうな予感がした。




———————————————————————




 大晦日は蝶番さんのSS書きます。しばしお待ちを……。

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