第21話 次の進路
「よく来たなマサムネ。待っておったぞ」
組合に入るなり、ロリっ子組合長サリアが仁王立ちで待ち構えていた。
ふんす、と鼻息すら聞こえてきそうな距離。
オレはそれを素知らぬ顔で素通りし、そのまま受付で手続きをする。
「ようこそいらっしゃいましたマサムネさん。ですが先程の態度はあまりよろしくありませんでしたね。今は我慢できるでしょうがきっとすぐにお泣きになってしまわれるでしょう。あ、ほら。肩が震えてきてますよ。もう泣き始めるまで時間の問題でしょう」
受付嬢はとてもいい笑顔で言ってくる。
この主従関係は果たしてどちらが上なのか、聞いてはいけないような気がした。
明らかに今の状況を楽しんでいる受付嬢と、それでも気丈に振る舞おうと頑張っている組合長。
遠巻きから「サリアちゃん頑張れ!」なんて言葉が飛んでくる辺りで周囲からこの主従がどのように見られているか一目瞭然である。
しかしそれはそれ。オレにとってこの組合に抱く感情はいけ好かないと言うものだった。だってそうだろう。
ラフィットさんとの決闘をうやむやにして、あまつさえランクアップさせてやったとばかりに上から目線で恩に着ろよとばかりに命令してくる始末。
そのくせ再戦の機会は一向に与えてくれる様子はない。だからどうしても構えてしまうのだ。
「……何故オレがそこまでしてやらねばならんのだ?」
「そこをなんとか。あの組合長に好かれるという事は滅多にない事なのですよ? ほら、頑張ってください。今いけばすぐに機嫌を直してくれると思いますから。ね?」
「そう言われてもな」
「今行かないのでしたら本日の受付は拒否させていただきます」
「おい、それは受付としてどうなんだ。職務放棄は流石に問題だろう!」
「組合は組合長あってのものですから。組合長を愛で……ごほん。組合長を大切にしない組合員に語る情報などありません!」
こいつ今愛でるって言おうとしたよな?
周囲からの視線も、組合長を応援しに行けと言う感情が込められている。
やれやれという感じで仕方なく了承した。
まったく。茶番はほどほどにしてくれよな。
「組合長、そこに突っ立ってると往来の邪魔なんで端っこ避けましょう」
「つーん」
こいつ、さっき無視したのがよほど腹に据えかねたのか、同じことを仕返して悦に浸ってやがる。
下手に出れば図に乗りやがってぇ!
「組合長?」
「……で…んで」
なんだ?
ボソボソと喋っててよく聞こえん。
「……名前で呼んで」
振り向いた組合長の瞳には涙が浮かび上がっていた。本当に面倒くさい女だ。
年上なんだとどの口が言うのだろうか。
やはりエルフと獣人は馴れ合えないものだな。いくら偉かろうと、こうもからかわれ続けてれば我慢の限界も来ようというものだ。
まだリネアの方が明け透けな分話しやすい。特にこういう情に訴えてくるタイプというのは周囲を味方につけてくるからなおタチが悪いんだ。
「サリアさん」
「なぁに?」
名前で呼んだ途端、彼女の表情から涙が綺麗さっぱりと霧散した。今までの不機嫌さなどもうどこにもない。やはり嘘泣きだったかとイライラがより募った。
「それで、オレに用ってなんですか?」
「うん、実はね。サリア、マサムネお兄ちゃんにお話聞いて欲しくて待ってたの……」
ぐすぐすと涙目で訴えてくる。
本当に困り果てたようにしながら、先程までの状況を上手く引っ張って、オレに断れない状況を作り上げたのだ。
周りからの目も話くらい聞いてやれよというオーラがにじみ出ている。
オレは仕方なく前を恥ずかしそうに歩く組合長の後をついて行った。
◇
「で、だ」
組合長は先程までの茶番を何事もなかったかのように、尊大な態度で椅子に座って足を組む。スカートの中身は不思議な光が差し込んでいて微妙に見えない作りになっている。
いや、特に見たいとは思わないが。
「君に二つ名を与えようと思う」
テーブルの上に上半身を乗り出しながら彼女はこう切り出してきた。
「二つ名?」
確か名前の前に付く、称号とはなんの関係もない、ステータスになんら影響を及ばさない、住民からの覚えが良くなるだけのシステムだったよな?
「それって組合が任命してたんだ」
「如何にも。しかしながら、本来こういうものは組合に長い間貢献した者に与えられてきた。今回の件は異例中の異例だ」
「なんでまたオレなんかが」
「よくもまぁ、あれだけ騒ぎを起こしてシラを切れるものだ。聞いているぞ、おぬしエリア3を越えたのじゃろ?」
テーブルに手をついて、ずいと身を乗り出してくる。表情は既に幼子のものではなくなっている。狡猾そうな、好好爺のオーラを纏った本来のサリアがオレの瞳の奥を覗き込もうとしていた。
肝が冷える。脂汗が流れ落ちる。
目の前にいるのは常識の外にいる存在なのだと再認識する。
オレの全てを総動員しても逃げ切れるかどうか……そういうオーラがにじみ出ていた。
勝てる勝てないのイメージは湧かない。どうやっても屠られる未来しか見えない化け物が、幼女の皮を被って巧みに周囲に溶け込んでいる。それが今目の前にいる女の正体だと、本能が警鐘を鳴らしていた。
だが、ここで狼狽える訳には行かない。
オレは居住まいを正し、なんでもないように答えた。
「随分と耳が早いな」
「なに、あれだけ入手が難しいとされていた素材が、ある日を境に出回ったとなれば勘繰るものも出てくるだろうて。特にこんな組織でトップを張ってればいろんな噂が聞こえてくるもんじゃよ」
「そう言えばカードの提示をすれば一目瞭然だったな」
「そうじゃな。しかしランクアップと情報を聞きにきて以来、おぬしはここに寄り付かぬであろう? ワシとしてもそれだけが気がかりじゃった。もしやワシはそなたから嫌われておるのではないかと、気になっておったんじゃ」
「率直に言っていいか?」
「多少は言葉を包んで話さんか。こう見えて目上じゃぞ?」
「あまり好きではない」
「言葉を包んでそれか。流石に傷つくのぅ」
一瞬サリアの内側から濃厚な殺気が膨れ上がったが、オレが刀に手をかけたのを察して、それを急に萎みこませた。
今では本当に幼児のような気配しか漂わせていない。
「もう少し我が身を振り返ってくれ。あのような振る舞いをされたら、獣人だったら誰でも嫌がるものだ」
「器が狭いのぉ。そんなんじゃから我が一族から脳筋などと呼ばれるんじゃ」
「放っとけ。それこそ余計な世話だ」
「そなたらは見ていて心配なのじゃよ。どこかで無理をしていないかと老婆心ながら心配をしておるのじゃ」
組合長は薄く笑いながら、一枚の紙を懐から取り出し、テーブルの上に置く。
懐から出したにしては少しも寄れていない。
住民の懐の中はストレージなのではないかという定説が掲示板に出回っているが、未だ詳細は明らかにされていない。ぶっちゃけそんなことを気にしていても仕方ないからだ。
「その中から選べ。実におぬしらしい候補が出揃っておるわい」
選択式なのか……そう思い、覗き込んだ先には色々と書かれていた。
『兎狩』
草原エリア1のモンスターを各10匹づつ討伐。
『兎殺』
草原エリア1をソロ、かつ999匹屠ったものに贈られる。
『蛙狩』
草原エリア2のモンスターを各10匹づつ討伐。
『蛙殺』
草原エリア2をソロ、かつ999匹屠ったものに贈られる。
『羊狩』
草原エリア3のモンスターを10匹討伐。
『羊殺』
草原エリア3をソロ、かつ999匹屠ったものに贈られる。
『雷鳴』
雷鳴のごとき破壊力で草原エリアのモンスターを蹂躙し尽くした者へ贈られる。
『雷光』
雷光のごとき速度で草原エリアを踏破した者へ贈られる。
「……これはどのような基準で選ばれたんだ?」
「知れたこと。己の胸に聞けば答えは出てくるであろ?」
目を白黒とさせているオレに、組合長は目を細めて妖艶に微笑む。
「ではそうだな、オレはこれにしよう」
オレの選んだ二つ名を見て、組合長は満足そうにほくそ笑む。
「やはりオンリーワンを選ぶか。雷光の」
「スピードこそが己の道だと思うからな。それに勝率はあまり良くない。蹂躙という言葉は荷が勝ちすぎる」
「ハッ、どの口がほざくか。たった数十回死んだ程度で超えられるほど草原フィールドは甘いものではないわ」
「だが情報が出揃っていた。それは即ちそれを乗り越えた先駆者がいたからだろう?」
「如何にも。おぬしと同じく腕っこきの戦闘狂が我が組合には揃っておるのでな」
「それを聞いて安心した」
「上を見る心意気は結構。だが多くのものがここから先、足踏みしている魔境がすぐそこにある」
オレはそれを聞いて笑みを浮かべる。
「ようこそ、本当の地獄へ。ここから先は未知の領域。しかしそんな未来を夢見るそなたには二つの選択肢をやろう」
「選択肢?」
「なに、そんなに難しい話じゃない。どちらも生還率0%の難局。そこへ行き、彼らの手伝いをして欲しいのじゃよ」
ニヤリ、と組合長は初めて含みのある笑みを浮かべた。
「その場所を聞いても?」
彼女の口から聞かされたのは、
草原を統べる王の棲まう最終エリアと、新たなフィールドへの片道切符だった。
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