第10話 熟練鍛治師ガデスへの依頼

 親方と呼ばれたドワーフから放たれたとんでもない威圧に、息を吐き出す。

 飲み込まれないように深呼吸をしてからこちらの要望を問いかけた。


「その前に、一ついいか?」

「なんじゃ?」

「なぜ市場に刀が無い。それとあんたが刀にこだわっている理由を聞きたい」


 ドワーフは鼻を鳴らしながらつまらなそうに答える。


「フン、そんなもの。ロマンがあるからに決まっとろうが。他に何がある?」

「いいや聞き方が悪かった。誰でもロマンを貶められたら苛立たしく思うのはもっともだ。オレの場合はそうだな、幼少の頃よりサムライの生き様に焦がれ、そうありたいと願い続けた。しかしこの世界はオレに大きな試練を与えてくるではないか。これぞサムライ道かと夢が叶ったようだったぞ?」


 互いに夢を語り合い、何か感じ入ることがあったらしい。先ほどまでの威圧を散らして聞いてくる。


「ほう、オヌシの武器を見せてもらっていいか?」

「ああ、オレの相棒だ」


 ストレージから[石の刀]を取り出し、見せつける。

 だが、それを見たドワーフは、見る目が落ちてしまったかと嘆く。


「はん、冗談はよせ。それが相棒だって? 程度が知れるぞ」


 一言、それこそバッサリと斬られる。

 冗談。本職の刀鍛冶はオレの相棒に対して冗談というか。


 くつくつと笑みが浮かぶ。肩が震える。

 このままバカにされて、引き下がればそれこそ[石の刀]は冗談で終わってしまう。

 オレと共に走り、駆け抜けた名刀がバカにされて終わる。

 そんなもの、


 オレの道を否定していいのはオレだけだ。

 第三者になど譲ってやるものか。

 目に力を込め、一歩も引かずに立ち向かう。


「冗談など言うものか。これがなければ今頃オレは路傍に迷っていた。これがあったからこそ、オレは大空へ羽ばたけた。ウサギも、カエルも、これで

「ウサギはともかくカエルもだと!?」

「これが証拠になるかはわからんが」


 ゴトリ、とドワーフの前に碧宝珠を三つ置く。

 三つ置いたのは、一つでは説得力が弱いと思ったからだ。

 この堅物の職人は、自分で認めない限り頷かないだろうと知っているから。


 種族差別をするエルフと違い、このドワーフは刀を扱うものの度量を見極めようとしている。だからこそ一歩も引かずに答える。


「!!」


 それを確認し、明らかにさっきまでの余裕の表情が崩れた。

 信じられないと、理解できないと、認めたくないと瞳が揺れる。


「本当に、このオンボロで討伐しきったのか! それも単独で……」

「なぜ単独でだと思う」

「何を言っておる。このレアアイテムはタイマン勝負でしか入手できない。オヌシもこのゲームで生きているならそれくらい知っているだろう?」


 ドワーフの瞳は当たり前の事を聞くなと言いたげだ。だがオレはそれを受け取らない。受け取れない。だってオレは初心者だから。

 初めて三日目の初心者だ。そんな知ってて当たり前の暗黙のルールなんぞ知らんからな。


「いいや、知らなかった。なにせ今日でログイン三日目だからな。無知を晒してしまったようだ」

「まだ三日目だと!? それで第二エリアへ飛び込んだと言うのか! 命が惜しく無いのか!」


 酷い言われ様だ。だが……


「そんなものは初日で擦り切れた。底の底へ落ちて、そしてこの世界の心理に気づいた。

 ああ、ここでは普通の神経でいる方が間違っているのだと。獣は獣らしくあれ。それが力になると知ってから、挑むことに恐怖はない。逃げる言い訳を考えてしまう方が怖いくらいだ」


 威圧をかけてくる瞳をまっすぐと見返す。

 確かにこのドワーフはすごいのだろう。

 だがオレはオレの生き方を否定させない。

 オレは獣のまま、刀を振るうサムライとなる。そう言い切った。


 沈黙。

 しかしすぐにそれを破るように豪快な笑い声が工房内に響き渡った。

 オレではない。

 ドワーフが大声で笑いだしていた。

 何がそんなにおかしいのか、膝を叩きながらの大爆笑である。


「グワッハッハッハッハ、こいつは一本取られたわい。いや、試して悪かったの。

 オヌシをその他大勢のミーハー供と同列視したワシを許してほしい」

「別に。確かに無礼だと思ったが腕がいい職人ほど堅物だと知っているからな。そんなあんたにオレの熱意が伝わったようで何よりだ」


 お互いに認め合い、名乗り合う。


「ガデスだ。見ての通り、刀を専門に扱っとるドワーフじゃよ」

「マサムネだ。サムライになるべく日々鍛錬を続けている獣よ」


 視線を切り結び、握った手を力強く握り込む。STR対抗で負ける程、ガデス氏の筋力は高かった。

 流石ドワーフといったところか。


「へぇ、独眼竜か。いい趣味してるな。だがあの者は侍と言うより戦国武将だった筈じゃ……まぁ多くは言わんさ。何者であったかよりも生き様に惚れ込んだのじゃろう?」

「そう言って貰えると嬉しいね。オレのヒーローだ。彼が武将という枠に収まりきらぬ通り、俺もサムライという枠に囚われない生き様を求めている」

「そりゃ下手な刀は打てんわな。何か要望はあるか?」

「そうだな。こいつよりもう少し刀身を長くしてほしい」


 要望の一つを伝えると、ガデスは目を瞬かせる。

 本気かとでも言いたげだ。


「これより長く? 振り回せるのか?」


 石の刀は、長さ90センチ未満の小太刀と呼ばれるものだ。これより大きいとなると、身の丈に迫るほどの太刀となる。

 それを片手で扱えるのか? 

 ガデスはそこが気になるのだろう。


「問題ない。普通に振り回すならともかく、ここにはスキルがある……だろう?」

「だったな。素材は鉄、銀、それと鋼がある。ここはゲームだからな、すでに鍛えた状態でインゴット化されとるから実際の鍛冶ほど面倒がかからんで済む。……とは言え、本格的に作れば時間がかかるもんじゃ。まあ材質が良くなったからといって殺傷能力が上がるわけじゃないがの。所詮刀は打突武器。綺麗に切れることなんざほとんどないわい」

「その通り。普通に斬ったところで肉を数ミリ切る程度。油がついてすぐに使い物にならなくなる。切断とは程遠い。だからこそ、それが出来たらいいなと憧ればかりが募るのだろう。だがそれはそれ。非現実的な事象を引き寄せるならばそれ相応の想像力が必要となる。だからこそオレの使用法はいたって単純、打突特化。あとはスキルで付与効果をつけるばかりだ」


 武器はそのうちの一つに過ぎないと言い切ってやれば、ガデスは呆れたように笑った。

 武器をこき下ろされるのは許せないが、武器の役割を下に見られたのは初めてのことだったらしい。


「ふむ、なかなか分かっとるようだの。こうして刀の話しができる相手が出来て嬉しいわい。知ったかぶった奴はやれ切れ味が悪いだの、それは鍛治師の腕が悪いからだのと文句ばかりつけたがるからの」

「そう言うのは大体話を聞かん奴だ。言わせておけばそのうち疲れて静かになるぞ?」

「はは、言われんでもそうしとるわい。そうだ。武器を作るにも時間がかかる。こちらから連絡を取りたい場合はどうすれば良い?」

「オレに直接くれ……というのは紹介してくれたリネアに不義理を働くな。あいつには責任を取ってもらって連絡係になってもらおうか」


 本人は暇ではないというが、碧宝珠を握らせれば簡単に了承するだろう。

 それにこれはきっと組合でランクアップの素材として扱われるだろう。

 だから全部は売らずに持っておくことにした。どうせそれ以外の素材は『ぼろぼろの皮』一択だろうし。


「律儀な奴だの。だが、あ奴でも役に立つのならそうするがいい。それとこれはこのまま置いていくのか?」


 工房を出ていく時、置き去りにしていた碧宝珠を取り上げ、聞いてくる。


「工賃の足しにしてくれ。もとよりオレには不用品。獣は金などなくても生活していけるからな」

「じゃあワシがありがたくもらっておこう。オヌシは他の奴らと違って気持ちがいいな。それに職人のやる気を出させるのが上手い」

「知り合いに商人がいてな。話を聞いてもらうならレア素材をチラつかせるのが一番手っ取り早いと学んだのよ……効果は覿面だったようだな?」

「フン、抜かしておれ。今に目にもの見せてくれるわ」

「ああ、期待しておこう。それまではこの相棒と共に敵を屠って来るとする」




 ◇




 マサムネが出払った後、静かになった工房では一人のドワーフがため息をついていた。


「なんとも不思議な男だの、じゃがそれ以前に……」


 あの時見せてもらった石の刀を思い出す。

 その刀はあまりにも不出来で、失敗作を摑まされた。

 そう言って差し支えのない程の出来だった。


 材質は最低の石等級。

 基礎攻撃力10の武器で、6の数値を出し、会心率も5%あって当たり前の数値で2%とあまりにもお粗末。

 見る人が見ればすぐに失敗作をつかまされたと分かる作品。


 だがその獣は一切武器の所為にはせず、己の力が足りないからと知恵を働かせてその刀に勝利を味合わせた。


 いつ廃棄されてもおかしくない出来の刀に自分だって役に立てるんだと強い意思を持たせたのだ。

 だからこそ、その刀にはうっすらとだが魂が宿っていた。

 ガデスは一人残された工房で溜息を吐く。


「あの刀に負けない武器を打たなきゃならんのか。ちと骨が折れそうだわい」


 性能の高い武器ならば幾らでも打ってきた。

 だが、一度たりとて魂のこもった武器を打てた試しのないガデス。


 彼の鍛冶道はこの日を境に劇的に変わる。

 一匹の獣との出会いが、のちに彼を刀匠と呼ばれる領域に誘い入れたのだ。

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