これって恋ですか?

 保険だよりの原稿を書き終えて、健康診断のデータをまとめていると、保健室のドアがノックされた。

「風ちゃん先生、いい?」

 と男子生徒の顔がのぞく。2年の加藤芳樹だ。

「少し、頭が痛くて……」

 私は加藤の熱を測り、ベッドに寝かせて、また事務作業に戻った。

「先生、あのさ……」

「んー?」

 私はくるりと椅子を回転させて、加藤に向き直った。

「こっち、向かなくていいから! 仕事しながらで」

「……ああ」

 慌てる加藤に、何だ何だと思いながらも私は机に向き直る。

 やがて加藤がぽつりと言った。

「俺さぁ……最近変なんだよね」

「頭が?」

「ちがうよ! その、気になるヤツがいてさ……」

 ほう。

 私は直ぐに向き直りたいのを我慢して、後ろの声に集中した。

「何ていうか、そいつのことを考えるだけでさ、心臓の音がバクバクしてさ。うるさくて。今もちょっと、そうなんだけど」

 うんうん。

「これってさ……もしかして」

 うん。そう。それはそうだね。

「不整脈かな」

「……手首に指当てて、脈を測るよ。よーい始め」

 20秒待ち、

「何回?」

「25回。脈って、結構規則正しいもんなんだね」

「うん。正常だね」

 息をはき、私はデータ整理に戻る。

「あー、ごめん勘違いかも」

 そうだねえ。

「たぶんさ、そいつにドキドキするというよりさ、そいつが持ってた血まみれの包丁にドキドキしてて、思い出すと……」

「それ、いつの話ぃ!?」

 回りすぎた椅子の回転を両足で踏ん張って止める。

「一週間前。部活の帰り」

 瞬間的に最近のニュースが脳裏に浮かぶ。あの通り魔殺人だ。確か目撃者がいなくて犯人は見つかってないはず……。

 私はすぐに教頭先生に電話した。教頭先生から警察に連絡し、すぐに警察がくることになった。

「加藤君、もうしばらく保健室に残れる?」

「うん、あとさ」

 話を聞いていたはずなのに、温度の変わらない加藤に私はビビる。これが何とか世代か。

「うちのクラスに転校生来たんだけど。めちゃイケメンで頭もよくてさ」

 ああ、あのハーフの人生約束済君ね。

「なのに関西弁でさ、いつもくだらないこと言って俺に絡んでくるの。それで面白くて仲良くなったんだけど」

「良かったじゃない」

「うん。それはいいんだけど、そしたら直昭の奴がさ」

「加藤君といつもコンビの」

「そう。転校生と話してたら、やたら突っかかってきてさ。あいつに近づくな!とか言い出して。これってさ」

 それは……。

「やっかみ、って言うんだよね。たしか」

 それが恋だよ! 加藤君!

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