筑前煮でもつくるか

 言葉はいつも不十分で、ぐるぐると同じところを回っては、行ったり来たりを繰り返し、それを何度も追いかけたり吐き捨てたりする。いい加減うんざりするが、まあしょうがない。


 いつものように朝6時に目覚め、目玉焼きとハムを焼いて、味噌汁を温めながらテレビをつける。番組から土曜日だと気付き、さらにカレンダーを見て、午後は短歌教室だったことを思い出した。

 しまった。宿題ができてない。

 しばし考えていると携帯電話が振動する。電話かと手を伸ばすとすぐに止んだ。これはあれだ。LINEだ。

 息子に半ば無理やり機種変更されたが、慣れてしまえば確かに便利なものだ。孫の写真もキレイに見える。

 その息子からだ。

 「今日そっち行くのでよろしく」

 まず予定を聞け。


 いつの間に 帰る家から 行く家へ 子が去ったのを メールでまた知る


 「グゥ~レイトゥ!」

 両手親指を立てるアロハの講師。年齢は自分より少し上か下だろう。要するに年齢不詳の爺だ。教えてもらって何だが、こいつは短歌のことなんかろくに知らないんじゃないかと思っている。

 「湯川さん、いいですねェ。時の流れと共にふと気づく寂しさ……はい、皆さん拍手!」

 それでも褒められると嬉しいものだ。最初は気恥ずかしかったが、案外メンバーも深く考えていないと知り、開き直って素直に褒められて気持ち良くなっている。

 

 誰似かと 問いには我と 応えるが 眉だけ妻の 断ち切りバサミ


 「あたしはやるべきことより、やりたいことをやって生きる」

 同じことだ、というようなことを言った気がするが記憶は曖昧だ。だが、そのときの娘の眉はよく覚えている。きりっと真っすぐで、切れそうなくらい。そして、よく似ている。

 娘は自分で奨学金をとり、ほとんど金を持たずに家を出て、すぐに一人暮らしが怖くて帰ってきて、次の年に彼氏ができてまた一人暮らしを始めた。それからは、ほぼ音信不通だ。


 レンコンと 鶏モモ肉と 里芋を 醤油と酒と みりんで煮込む


 「お! 出たぞ」

 「ミツキちゃんだ!」

 知らない寺の庭だ。緑と赤と黄色の葉が混じり合い、苔むした大きな岩と一緒に、鏡のような池に映っている。それぞれが自然な調和の中にあり嫌味がない。だが異常なほどの心地良さが逆に作為を感じる。

 映像をバックに娘が庭づくりについてインタビューされている。それをコタツにみかんで見ている。なんとまあ、非現実的だな。だが、

 「俺もやるか」

 「何を?」

 息子の問いを無視して、今、自分が何を言ったのか考える。

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