あと6センチの夜

 うだるような夏の日に、先輩は4tトラックに轢かれて死んだ。4tトラックのくせに全重量は8tくらいある。ふとアルゼンチノサウルスの体重を調べたら90tだった。全く参考にならない。でも女の子にぶつけていい質量ではない。先輩の死には『不注意』という不躾なラベルが貼られ、参列した僕たちは、奇跡的に原型を留めていた彼女の穏やかな表情を見て、むき出しの心をガンガンに揺さぶられた。

 眠れないと思っていたその夜は、惰性で飲んだ牛乳とナッツとバナナとサプリのスペシャルドリンクのせいか、単に疲れのせいか、意外と早く眠りについた。

「ちょっと、コラ!」

「ん…?」

「起きて、早く!溶けるわよ、脳がっ!」

 僕は幽霊となった先輩に叩き起こされた。布団を剥がされベッドから蹴落とされても現実感はなかった。

 クーラーは止まっていて、窓が開き、月がよく見えた。


「あんにゃろ……!早く出てきなさい……」

 先輩は電柱の陰に隠れて悪態をついている。

「幽霊なのに隠れるんですか?」

「気分よ!気分!」

 僕が気付いて「足、無いんですね」と聞くと「何言ってんの、幽霊よ私」と先輩は呆れ「暑くて脳が溶けたのね」と哀れんだ。

 スラリと伸びた背と健康的な手足はスポーツ全般に愛され、さらに成績優秀でバイリンガルで生徒会長という完璧超人である先輩だが、思考様式は古風である。うむ。先輩っぽいな、と僕が納得したとき、先輩がぽつりと呟いた。

「私さ、殺されたのよね」

 僕は何とも返せずに、

「押されたわ。悪意と殺意で」

 先輩の背中を見た。溶けていた僕の脳はやっと形を思い出していく。

「でさ、犯人は必ず現場に舞い戻るわけ」

「だから?」

「ここで待ってて、打ん殴る!」

 嬉しそうに拳を握り締める先輩は、紛れもなく先輩であり。

「で、犯人の顔は?」

「わかんない」

 少しむっとした顔も。キラキラした瞳も。ただちょっと透けていて、ノイジーで。それでも。

「でもまー、第六感?ホラ、私今第六感そのものだし」

「朝を待って聞き込みしましょう。先輩に恨みを持つ人は多いはずだし。あと事故のときの状況。警察にあるのかな?先輩、幽霊なんだし、消えたりして探って……できない?甘えてないで何とかしてください」

「急に色々失礼な感じになったけど」

「……行きますよ」

 こらえられなくて、僕は先輩に背を向ける。

「ちょっと」

 後ろから、いつもの先輩の声。からかうような。

「背、伸びた?」

 もう、伸びたって、しょうがないんです。

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