死神ラウラさん

@hityan777

第1魂の願い:宝くじ一等を当てて借金を返したい

夕方。繁華街を一人の中年男性が帰路へと向かう。


男の名前は樋頭 孝輔(ひがしら こうすけ)。学生時代に勉学も忘れてゲームに没頭し、社会人になってからソシャゲの課金ばかりを繰り返し、薄給の事務職に就いておきながら、借金を親に肩代わりしてもらいながらさらに課金を繰り返すという、自転車操業を繰り返すダメ人間の典型例だ。

その上、ギャンブル癖も酷いので、今月も借金の返済に追われている身でありながらありもしない確率の望みにかけて宝くじを購入していた。


自宅に帰ると、実家なだけはあり、母親である浩子(ひろこ)と姉の未希(みき

)が孝輔の姉の子供の育児に追われながら孝輔を出迎える。

「おかえり、仕事ご苦労様だったね。今日は無駄遣いとかはしていないよね?」

孝輔は値上がりを続けている今でもタバコを一日二箱も吸っている上、今日も暴飲暴食で無駄遣いをしていた。が嘘を吐いた。

「いや、それどころじゃないよ、借金を返し終わらないと」

「ならいいよ、さっさとご飯を食べるのよ、外の箱に入っているから。温めて食べなさい」

「わかった」


母親は孝輔の借金による出費で家計や貯金がひっ迫していたが、孫の育児とあって仕事で多忙な姉夫婦に給料を分けてもらうために協力を申し出た。

だが、年金を受給し始めた年齢の身体には、想像していたより育児は辛酸だった。

せめて孝輔が育児を手伝ってくれれば――そんな母親の願いも空しく、孝輔はタダ飯を食らう割に育児には非協力的だった。

お陰で育休で帝王切開をした分の体調の回復をしなければならない姉が育児に追われ、しまいには育児には疎い祖父である父親の鉄朗(てつろう)までもが育児に駆られていた。


そんなことを振り返りながら浩子は育児で作る間も奪われた料理の代案で買ってある定食弁当サービスの箱から弁当を取り出している孝輔を見て育児による寝不足でいらだちを覚え、愚痴を漏らし始めた。

「タダ飯を食べさせてもらえるだけありがたいと思いなさいよ、ホント早く借金を返しなさいよ、さもないとその内家を出てもらうから」

「ホントだよ、この電気泥棒飯泥棒が」

姉の未希も愚痴を漏らしていた。二人共育児で精神が限界だった。

「わかってるって」

そう言いながら温まった弁当を電子レンジから取り出しながら孝輔はそそくさと自室へ逃げていった。


自室で人気ゲーム実況者の配信を観ながら孝輔は自身の追いつめられた状況に焦りを感じていた。

「クソッ、俺だってなんとか返り咲くチャンスがあれば・・・宝くじでも当たれば良いのに・・・」

このままの生活を続けていればいずれ自己破産は目に見えていた。そうなれば孝輔は実家を追い出され、思いの生活が成り立たなくなってしまう。

「悪魔だっていい、誰か俺の望みを叶えてくれる奴はいないのか・・・?」

「悪魔ではないけれど、対価をくれるならその望み、叶えてあげるわ」

「・・・!?誰だ、お前・・・」

自分しかいないはずの自室に突如現れた声に驚きながら振り返ると、ベッドの上には肌寒い季節にはそぐわぬ黒いワンピースを着た女がくつろいでいた。

「ラウラよ。あなたから見れば死神かしら。」

「へえ・・・俺もとうとう幻覚を見るようになったのか。おしまいだな」

「今のあなたから見れば幻覚みたいなものよね。信じるか、信じないか。真実に気付くのは契約次第だけど」

「望みを叶える、とか言ったな。なら宝くじの一等でも当たるのか」

「ええ。望みの分だけ対価は大きくなるけれど」

「そんなモノ、借金を返したくて悪魔にすがる程追い詰められていた俺だ。死んでも構わない」

「あら良いお客さん、なら契約成立ね。あなたの望みを口にするといいわ。ああそう」

「?どうした」

「望みにも字数制限があるから、なるべく内容の表現は少なめに、ね。チャンスは一度きりだから」

「わかった」

孝輔の思考は先の思いやられる生活をなんとかしよう、の一点張りだったので、速攻で口にしていた。

「俺の望みは、宝くじ一等を当てて借金を返したい」

その瞬間、孝輔は自身の心臓に鋭利な刃物で刺された感覚を覚えた。視線を落とすと、鎖の付いたナイフが刺さっているのが見えたが、数秒もしないうちに身体に飲み込まれていった。

「あなたの望みが叶ったら、対価を受け取りに来るから。それまでは楽しんで暮らすと良いわ」

「ああ、ありがとう。まだお前を信じ切れてはいないが、のんびりさせてもらうよ」

話し終えると、ラウラは起き上がり、窓に手をかけると、そこから飛び降りた。


「あ、おい!」

急な展開に声が出た、と思ったら孝輔はベッドの上で目を覚ましていた。

「なんだ、夢か・・・妙に生々しい・・・」

そうして孝輔は新たな自堕落な1日を始めようと、起き上がることにした。



時は流れ、2週間後の金曜日。

孝輔は昨日始まった宝くじ交換の為に、宝くじ売り場に中身の当選も確認せずに来ていた。

「これの交換、おねがいしてもいいですか」

「いらっしゃいませ。すぐ確認しますね」

孝輔は夢での内容が半信半疑だった為、いつもと違い、食い入るように当選金確認のモニターを見ていた。

一枚、二枚と。ペースは速めだが確認枚数が更新されてゆく。

流石に確認枚数が後半に差し掛かったため、(ただの夢だったか)と感じていた孝輔はモニターから視線をそらし、店員に話しかけていた。

「いやー、今回も当たらないかもですねー」

「いつかはあたりますy・・・って、当たってますよ!」

「え?」

孝輔が改めてモニターを見直すと、そこには「高額当選あり」「銀行に券を持参してください」との表記が。

孝輔は心臓が飛び上がるほどの興奮を抑えながらおそるおそる確認する。

「ちなみに・・・何等が当たったとか分かります?」

「・・・ええ。一等ですお客様。おめでとうございます!」

(うぉし!やった!夢は夢じゃなかった!)

売り場の確認証を受け取った後孝輔は昼休憩中にも関わらず、仕事場に戻ると、上司に体調不良を素振りも見せず伝え、早退しながら大急ぎで銀行へと向かうのであった。

銀行にて券と確認証を渡し、当選確認を待つ事小一時間。

当選金を一部現金にて受け取った孝輔は大急ぎでカードの残債を処理するように振込を行い、自宅へ向かった。


「ただいま」

玄関をくぐると、育児に追われていた浩子が出迎えた。

「おかえり。こんな早くにどうしたの。体調が悪いの?」

「ああ。訳あって早退した」

「何、またゲームのために早退したとかじゃ無いんでしょうね」

癇癪が出かけていた浩子を孝輔は慌てて諌める。

「違うって。借金を返すんだよ」

「どうやって。今そんな大金用意できる訳ないでしょ」

(よし来た!)と思いながら洋輔はカバンから借金分より多めに入ったのを小分けした封筒を何束か取り出すと、浩子の前に並べた。

「良かったら確認して。四捨五入でいいから。余った分は返してね」

浩子は孝輔が何かまたとんでもない借金をしているのかと思い、訊ねていた。

「この金、どうしたの。銀行の袋だけど、まさかローンを組んだんじゃないでしょうね!」

「違うちがう。宝くじに当たったんだよ。だからこんなに早くかえってきたのさ。」

「孝輔・・・!よくやったわね・・・他の借金も全部返したの?」

「ああ、一等だからね。ついでに家のリフォームとかやりたい事も全部やろう」

「・・・ありがとう。でも、職場でみだりに話したりしないようにね。ズル休みしたんだから」

「わーてるって。今夜は祝いに美味い出前、頼もうや!」

「ええ、そうね。美希ー!起きなさい、孝輔が借金返終わったわよ!」

ダメ息子がこれから一人前になれるだろう、と心の底から喜びながら、浩子は育児で疲れて寝ていた美希を呼び起こした。


数日後、ふと孝輔は昼食を食べながらふと夢の内容を思い出していた。

(確か対価を払う、とか言ったよな俺。本当に死ぬのだろうか)

(本当に死ぬなら返済し終えた瞬間に死ぬんではなかろうか、まだ死んでいない、と言うことはアレは本当にただの夢で、実際に払う必要がないのなら金を自身の趣味なんかに使ってもいいんじゃないか)

休みにPCショップに行って、ゲーム用の新しいPCでも発注しよう、と考えながら孝輔はダイエット用に買った海藻サラダを貪った。


休日、孝輔は意気揚々とPCショップの扉をくぐった。

「いらっしゃいませ」

店員が孝輔に声を掛けてくる。いつもだったらハイエナが、と感じてしまうものも、今日は大船に乗った気分で話しかけた。

「予算が準備できたんで、最新のパーツを揃えたPCを組みたいんですけど」

「予算はどのぐらいですか?」

足元を見られている、と普段感じてしまう質問も今日は悠々と答えられる、と感じた孝輔は、度を超えた予算を口にした。

「500万で。一つはゲーム用なんだけど、余った予算でマイニング用のPCを組んで欲しい」

「ごごご、500万ですか!?・・・ありがとうございます!!ではすぐにお見積りを作成いたしますね!」

一瞬言葉が詰まっていた店員が歓喜の色で店裏に引っ込んでいくのを見届けた孝輔は、突如、背後からかけられた声に戦慄する。

「ハァイ、そろそろ対価をいただく時間よ」

「!?」

大金が懐に入って浮かれていた孝輔を地獄に突き落とすが如く、その声は孝輔の耳に響いた。

「お前、いつの間に・・・」

「何言ってるの、願いを叶えたら、対価をいただくのはお約束でしょ?」

「・・・・そうか、ならこのまま幸せなうちに頼む。俺も悔いのないうちがいいからな」

PCをこれから手に入れるはずで、この段階で諦めが付いていた孝輔に、ラウラは違和感を覚えた。

「あら、普通の人間ならこの段階で悔しがって、尚且つ一縷の望みを掛けて命乞いをするというのに、やけにあなたは素直なのね」

すると孝輔は満足そうな顔でその口を開く。

「なに、このまま生きて自身の人生に新たな悔いを作ったり、お袋にこれ以上迷惑をかけるくらいなら、最善の方法で終わらせたい、と前から思ってたのさ。今まで俺はどうやって上手く自然に早死にできるかをひたすら考え続けてたからな。かれこれこの命題は親が死ぬまで解決しない、と思っていたからむしろ好都合だと思ってる。ラウラさんだっけ?こんな夢みたいな最高の機会を俺に与えてくれて、ありがとうな」

「・・・・」

ラウラは何を思ったのか、20秒ほど孝輔を凝視していた。

流石に孝輔も絶句されたのか、こいつよっぽどの変人だ、と引かれたんじゃないかと思って声を掛けた。

「・・・なんか予想していたものとは違う対価になってしまいそうだな。スマン・・・」

だが、開いたラウラの口から出たものは、孝輔の予想とは裏腹のものだった。

「あなた、それを本心から語っているのかしら?今あなたの魂の曇りをみたけど、あなたから対価をいただくのは1個だけじゃ足りないようね。それにタイミングも今が最善とは言えなくなった。ここに私がいる意味はなくなったわね。」

「・・・・な、お前まさか」

「先にもらう対価が出来たわ。あなたのところにはいつか対価を貰いに来るから、それまではせいぜいその曇りを晴らしなさい、じゃ」

孝輔は今からラウラの行わんとしていることが何を意味しているかを悟り、慌てて止めようとする。

「おい待て、そこまですると俺は立ち行きが----」

「お客様、お待たせいたしました、ラッキーなことにお客様と全く同じオーダーのPCが2台も受け渡し寸前でキャンセルされて処分に悩んでいたところだったんです!!」

去り行くラウラを追おうとした孝輔を塞いだのは、PCショップの店員だった。

慌ていた孝輔も、自身が頼んだオーダーの応対が順調に進んでしまったことで身動きが取れなくなる。

「そ、そうですか。ちなみに自宅まで運ぶにも、車で来てないんだけど宅配便で送ってもらえるかな」

「大丈夫ですよ、5分もあれば決済まで完了させますので、そのままウチの社有車でお客様ごと自宅までお送りいたします!」

「へ・・・?あ、じゃあお願いしてもいいかな」

何かがおかしいぐらいに事が順調に運んでいた。さすがに孝輔も帰宅してからの起きていそうなことを想像し始める。


そうして決済が完了し、ショップの喫煙所で一服した後、社有車に乗り込もうとした時、携帯に一本の着信が入った。見たことのない番号からだった。

「はい、樋頭です」

着信をとった孝輔になんとなく想像していた名称が入ってくる。

「中央警察署の者です、樋頭孝輔さん、でお間違いはないでしょうか。」

「はい、そうです。な---」

ここで孝輔は声を詰まらせた。「何かあったんですか」とでも答えようものならラウラがした「対価をもらう」に自身が関わっていることを示唆していることになる。ましてやこの発言で警察署にでも連行されて、「夢に出てきた知らない女と契約して家族に何かがありました」では信じてもらえないどころかただの精神異常者が犯行をおこなったのではないか?と冤罪をかけられるのは間違いがない。回避せねば。

この閃きが常人ではありえないほどにわずか0.1秒の間に走馬灯のように閃き、次の瞬間には孝輔はくしゃみをしていた。

「な---くしゃんッッ・・・すみません、鼻が・・・」

「あ、大丈夫ですよ」

「もしかして、以前届けた落し物が拾われた、とかですかね?」

「すみません、今回はその様な内容ではなく・・・ご自宅まで戻ることができますか?」

「あ、買い物帰りでしたのでちょうど今から向かうところです」

「分かりました。それではお待ちしております。」

「はい、それでは失礼します。」

「失礼します」

通話を切った孝輔は、とてつもない胸騒ぎと共に、家路につくのであった。


帰宅した孝輔はランプが輝くパトカーの前で検証をしていた警官たちに出迎えられた。

車から降車した時、警官が近寄ってきて口を開いた。

「樋頭孝輔、さんでお間違いないですね?」

「はい、そうです。それでこの状況は・・・」

「ええ。ご自宅の方でガス爆発、と思わしき火事がありまして・・・」

「その、思わしき、というのは・・・?」

「ええ、孝輔さんのご家族の方が、焼死体で発見されておりまして・・・」

「まさか全員、ですか!?親父は仕事に行っていたはず」

「失礼しました、お父様の死因は焼死ではございません」

「・・・・・え?」

「お父様は、職場の方で猟銃でことによる失血性ショック死でして・・・」

「親父だけですか!?」

「はい、お父様のご実家の方も猟銃を持ったものに襲撃されておりまして、あなたのご親族の方は、あなたと同じくお子様の回診に連れていかれていたお姉さま家族とお父様のご兄弟のご長女様一家だけになります」

「そ、そんな・・・馬鹿な・・・叔母も祖母もなんですか・・・・?」

「ええ、残念ですが。お父様のご実家に恨みを持つ者の犯行ではないか、と我々も見解を抱いておりまして、現在捜査に当たるよう指示を出しているところです」

「・・・・」

「捜査の為に良ければお話を聞くことができれば、と思いまして。捜査にご協力いただけませんか?」

「・・・・・・」

放心している孝輔をみていた店員は事の大きさに怯み、そそくさとPCを置いて挨拶をして帰ろうとする。

「ではお客様、パソコン二点はここに置いておきますので。私はこれで失礼します・・・」

「すみません、あなたも樋頭さんの当時のご状況をお聞きできれば、と思いますので、ここで確認させていただいてもよろしいでしょうか」

「え、ええ・・・できることがありましたら・・・」

他の警官に店員が連れていかれるのを見届けた孝輔は、話をした警官に、発見現場へ連れていかれた。

家に入り、発見現場に向かう中、孝輔は焼死、と呼ぶにはあまりにも焦げている様子のない家の中に思わず、(これは何かのドッキリか前のように夢でも見ているのではないか?)と楽観視しようとし始めていた。

だが、現場である台所に着いたとき、孝輔は言葉を失った。

コンロの前に立っている一体の焼死体。確かに、ガスコンロが暴発したならば、こんな焦げ方をしていても知識がなければおかしくはないだろう、と誤解するかもしれない。

だが、問題はそこではなかった。

腰と脚は死後硬直で固まっている、と仮定はできそうだが、コンロの高さから上の上半身が、ほぼ炭化、と言っても過言でないくらい焼けていたのだ。

まるで火葬の温度まで暴発した、と言わんばかりに、天井は煤で焦げていた。

驚くことに、この火力が一瞬で出たことを物語っているのか、天井は煤が付いているものの、そこまでは消失していないのだ。

そして上半身は、まるで原爆資料館で見たかのような、防ぐ間もなくフライパンを持ったまま焦げていた。しかも取手以外は少し変形していた。

近づいてみると、確かに少し溶けてはいるが、浩子の愛用していたメガネのフレームの色が確認できる。

そこまで見て、ようやく孝輔の思考が現実を受け入れ、あまりのショックに耐えられず、吐きそうになった孝輔を警官が腕を伸ばし、支える。

「見ていた限りだと、樋頭さんは何も知らなかった様ですね。ですが、これでまだ終わり、ではありませんので、お気を確かに・・・」

「・・・・母はどのようにして発見されたのですか?」

「台所に面している、お隣の方が、火災報知器の音で異変に気付き、110番通報をされました。通報を受けて向かった消防士が、警報音が鳴っているものの、煙や火の様子が確認できなかったのでご自宅に入らせていただいた際に発見した模様です」

「・・・姉は、姉家族はどこにいますか・・・」

「詳細をお伝えした際、病院で卒倒されたそうで。現在事情徴収に向かった警官が回復を待っているそうです。お子様たちも泣いておられるご様子で」

「そう・・・ですか。では父と叔母と祖母を見に行かねばなりませんね・・・行きましょうか」

「ええ。遺体はご確認後の検死待ちで安置してありますので、ご同行をお願いしてもよろしいでしょうか」

「・・・僕も血の気が引いてますが・・・大丈夫です。お願いします・・・」

現実に耐えきれず、吐きそうな胃をどうにか気合で抑えながら、孝輔は安置所に向かった。

安置所で孝輔を待ち受けていたものは、更に過酷なものだった。

「親父・・・・ばーちゃん・・・叔母さん・・・二人はこれで確認できたのか・・・」

「ええ、この3名は奇妙な死に方をした、と死亡時刻に近くにいた者が証言をしています」

「話を聞かせて、もらえますか・・・?」

「まずはお二方のご自宅にはセキュリティーサービスが入っていたので、防犯カメラの記録映像から観てください」

そして警官から渡されたタブレットにはまだ元気に事務所でお手伝いさんと仕事をしている叔母の姿が映っていた。

急に叔母が立ち上がり、「浩子さん、アンタ何しに来たのね!?」と怒鳴りだした。隣にいたお手伝いさんは何故か「史子さん、浩子さんいます?」と聞いている。そして叔母が「そこにいるがね!」と事務所の入口の方を指して相変わらず怒鳴っていた。

だが次の瞬間、急に色白の人肌を再現したような白い棒が二本画面外から史子の肺の辺りに刺さる。そしてその衝撃に吐血した史子が、「あんた、だいね・・・?」と苦し気に言った瞬間、史子が大量に吐血すると同時に肺のあたりが血で滲み、砕けた肉と骨がが崩れる音と共に崩れ落ちていた。そしていつの間にか見入っている間に二本の棒は孝輔の視界から消えていた。史子の亡骸の傍で、お手伝いさんは状況を理解できずにただ悲鳴を上げ、外で昼休憩をしていたが、中の異変に気付いた従業員たちがなだれ込んできて、「警察を呼べ!」だの「何があった!?」だの叫んでいた。がお手伝いさんは状況が耐えられなかったのか、精神が崩壊して、ただただひきつった顔で叫んでいた。

そこで映像が暗転し、再生停止画面が出てきた。警官が尋ねてくる。

「この後はおばあさまになりますが、見られますか?」

「はい・・・流石にあるものは見届けなければ意味がないので・・・」

「では流します」

そして再生停止が解除された画面には、お手伝いさんと従業員に囲まれながら警官から下の事務所で起きた惨状を聞きながら椅子の上で俯く治子の姿があった。

すると画面左下から見覚えのある姿と共に声が流れた。

「・・・樋頭、治子さんでお間違いないですね」

「・・・あんたが、史子をば・・・」

そして画面上の空間ではなぜか入ってきた人物を見ずに、まるで突然治子が口を開いたことに驚いたかのように、警官も従業員も治子の姿を凝視していた。

「あなたたちのせいで私の獲物の熟成度が下がってるじゃない、孝輔が幸せになったところを刈り取らなければ、対価としては美味しくないのよ。だから死んでもらうわ」

「・・・そうか・・・」

掠れる声で呟いた治子を見た従業員の一人が何かに気付いたように突然叫んだ。

「ここに史子さんを殺した『誰か』がいる!止めろ!」

だがその叫びも虚しく、現われた人物の右腕には純白の大鎌が握られていた。

そして大鎌を横にないだ直後、その従業員と治子の首はまるで鋭利な刃物に綺麗に寸断されたように転がり落ち、床上で弾けた。


瞬で起きた出来事に警官は恐怖を覚え立ち尽くしていたが、気を取り戻し、すぐに無線で応援要請を行い始めた。


そして何故かその場にいた誰もが、『彼女』の存在に気づかぬまま、事を進めていた。

「ここで映像は終わりです。さぞ辛かった、とお思いでしょうが、犯人は光学迷彩を購入できるほどの資金力を持った、あるいは資金提供をしているバックがいるもの、と思われます」

ここで孝輔は確実に『自分以外の全員が、彼女が見えていない』という事実を口にしようとしていたが、それを言えば、確実に事態は悪い方向に転ぶ、と瞬に考え、言葉を紡いだ。

「父の・・・父の最後を、お願いします・・・」

「お父様の同僚によると、休憩中に何かを誰もいないはずの隣席と話していたようで、急にまだ孫の成長をどうたらと叫びながら立ちあがった所を急に腹部から出血して倒れたようです。見ていた医師が、『まるで誰かに刺されたような倒れ方だった、幻覚を見ているようだった』、と証言されています」

「そう、ですか・・・」

項垂れながらタブレットを警官に返却し、死体の様子を詳しく確認しようとした、その時である。

「こんだけで対価に辿り着く、と思ってる?まだ終わらないわよ」

突如聞こえた、聞き慣れた声に振り向くと、そこには『彼女』が、ラウラが腕組みをして可愛く怒ったようにこちらを見ていた。

「悪魔・・・お前、死神じゃなくて悪魔なのか・・・?そうだろ!?そうなんだろ!?」

「あなたは私の下準備が終わるまで寝ていなさい」

そうラウラが口にした瞬間、孝輔の胸から鎖が出てきたかと思うと、鎖が床に引き込まれるのと同時に床に何らかの力によってねじ伏せられ、潰される痛みに孝輔は意識を失っていった。

その最中、警官が、「樋頭さん!?どうかされましたか!?そこに『誰かが』いるんですか!?樋頭さん!!!」と駆け寄りながら叫んでいるのがうっすらと見えたのだった。

病院で孝輔が目覚めた時、病室のテレビで流れていたニュースはその後に起きた惨状を全てではないが物語っていた。

全国ニュースの映像には、「個人の怨恨か!?特殊犯罪組織レベルの無差別殺人!」というテロップが右上についたまま、現地から解説をしているリポーターが映っていた。

どうやら孝輔の職場のビルにリポーターが入って行くようだ。だが何故か、入館する前に急に防護服を着た警官から同じ防護服を受け取り、そそくさと着用し始めていた。

そして他のテレビ局のスタッフから計器をビルに向けると、計器のアラームがけたたましく鳴り響き始めた。

「ご覧ください。当ビルにだけ謎の強度な宇宙放射線が当たり、一般人が立ち入り出来ないレベルの放射線が測定されています!」

その瞬間、孝輔の脳裏には上半身だけ炭化した浩子の姿が浮かんだ。

そんな・・・まさか。流石にないはずだ。

そんな孝輔の常識の範疇での想像と、中の惨状は、全くと言っていいほど別物になっていた。

「これは・・・酷い・・・被曝してから被害者たちは苦しみながら絶命していったのでしょうか、床に被害者たちの流血が飛び散っています!」

だがあからさまに飛び散っている、と言うには程遠いものが映像には映っている。

まるで飛び出した内臓を引きずりながら歩いたかのような床に延びている血痕。中には下半身がままならなかったのだろうか、下半身を引きずりながら腕と上半身のみで移動していたような幅の広い血痕も見受けられる。

「午前11時半にビル反対側を通っていた男性の証言によると、『突然、ビル自体が蒼白い光の柱に包まれていたように眩しく輝いた』とのことで、光を見た男性は重度の放射線障害によって現在治療中、とのことです」

「他にも県内で同刻、突如被害者たちが現場で謎の出血が起き、失血死すると言う事件が起きており、中には、町にいた全員頭部が行方不明なまま死亡しているケースもあったようです。現在首から上の部分を警察が目下捜索中です」

「この事件による死傷者は8万五千人にも上り・・・待ってください、今続報が入りました。県外でも全国各地で同時刻に同様の死因で死傷者が出ており、死傷者は9万2千人に上る、とのことです!」

「以上、現場からでした」

そしてスタジオに映像が切り替わる。

「今回の事件の被害者となった方の遺体そばには横線が4本に罫線が1本刺さっている謎のマークがあったそうです。尚、このマークが複数ある被害者もいたみたいで、中にはマークが不完全な形をしたものもあったとか」

「このマークについて、犯罪心理学の専門に長年勤めていらっしゃる、長瀬教授にコメントをいただきました。『このマークが怨恨を持つものが付けたものだとしたら、その者に行われた何らかの回数のカウントだと思われます。このマークが多い者ほど、遺体の損傷率が激しいことが判明している。中には老若問わず、カウントがついている女性は、生殖器官が生物学的にありえない、まるで体内で圧縮されたような潰れ方をしていた、犯人は我々の想像を超えた技術を保持しているテロ組織に依頼をする程、相当の怨恨を持っているし、資産を保持している者なのではないだろうか。』とのことです」

二つの予想の内、一つはハズレなんだよな、しかも殺っているのは人間じゃない、と孝輔は画面越しのニュース番組に対し愚痴を心の中で漏らしながら、続きを観ることにした。

「新たに続報が入りました。事件の被害者の内、籠仔島県警刑事一課と刑事二課の警察官4名と、関連性は不明ですが、警官45名が、一連の通報を受け、現場に急行中、原因不明の暴走事故を起こして死亡していた模様です。え、全員が現職ではない様で、警察官OBも含まれている模様です」

「け、警察官OBも含めて全員乗車していたのですか?」

思わず続報の内容が内容なだけに他のキャスターがメインキャスターに聞き返していた。

「いえ、実際にはそうではなく、現職の警察官が突然、現場に急行中の車両内で錯乱し、あ、映像来ましたね、錯乱時の車内カメラからです」

『俺は悪くない、孫を殺す為だって手紙を送って来たから仕方なく、協力していたまでだ、やめろ、撃つな!』

必死に振り払う様にハンドル片手に助手席に向かって手をもがく警察官。だがその先にはまるでホログラムかの様に身体の中を空を切る手が。そしてホログラムは最早恒例と言うべきか、ラウラである。

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