第40話 ほら、地雷踏んだ

「で、でもいきなりすべてを投げ出さずとも……そんなことをすればそれこそ今までのすべてが無駄になってしまうのでは?」


 楠木の剣幕に怯んではいるが、お嬢はまだ納得していないらしい。


「どうせいつかはやめるんだし、遅いか早いかよ。それにもう自分の限界は見えた。限界が見え、続ける目的も失った。やめるにはちょうどいい機会でしょ?」 


 不謹慎ではあるが楠木にとって両親の死はやめるきっかけになったのだろう。やめるにやめれなかったみたいだし。


 何事も長くやっているとやめ時を見失うものだ。例えばソシャゲでも長くやっているとやめるにやめれなくなる。飽きてきていても今まで掛けてきた時間を思えば勿体なく感じるし、課金をしていれば尚更だ。


 まあ所詮はゲームと割り切ってやめる者もいれば、熱中していても唐突に冷めてやめる者もいるだろう。


 やめてしまうと今までかけた時間や労力が無駄になると考える者もいれば、ダラダラと続ける方が無駄と考える者もいる。結局は当人がどう感じるかだ。


「そんな…あなたは学校でも期待されてたのに…」


「その期待とやらもはっきり言うと苦痛だったのよ」


 人々は勝手に期待して結果が出なければ勝手に失望する。プロのスポーツ選手に対してでさえそうだ。結果を出すと最初は純粋に称賛されるが、次第に結果を出し続けることを期待され、結果を出せないと非難される。


 当人の気持ちや重ねてきた努力を知りもせず。





 結局はどちらの目線に立って考えるかだ。


 称賛し、憧れ、目標にしていたものを唐突に投げ出されれば困惑し、失望して怒りもするだろう。


 努力していたものでも結果がでない、目的がなくなった、満足した、などすればやめたくもなるだろう。


 どちらが正しいか議論することに意味はない。一つの事柄でも人によって感じ方はそれぞれだし、見方を変えれば意見が変わることなどいくらでもある。だから各々でよく考えて自分が正しいと思う行動をすれば良いと思う。ただそれを他人に押し付けるのはいただけない。


 まだ言い争ってる二人を眺めながらそう思う。結局世の中は選択の連続だ。どれが正しいかは分からず、なんなら選択肢の中に正解がないかもしれない。それでも選ばなければならない時は自分で後悔のないよう選択すればいいのでは?どっちを選んだとしても後悔することが多いけど。


「その辺にしたらどうですか?互いに意見を変えないならずっと平行線でしょうし、一度落ち着きましょう?」


 俺が世の無常を嘆いているとまだ言い争ってる二人を見兼ねたのか星宮が止めに入った。というかなんで帰らなかったんだろう?暇なのか?


「機を逃したというか帰りづらかったと言いますか。あのまま一人だけ帰るのもどうかと思いましたし。部外者ですから今まで空気読んで黙っていましたけどそろそろ止めたほうがいいかと思いまして」


 俺は別に帰ってたとしても気にしなかったが。まあ二人を止めてくれたのでありがたいけど。


「……そうね。一度頭冷やすわ」


「……お騒がせして申し訳ありません。ところであなたは?」


「星宮七瀬と申します。楠木さんとはマブダチです」


「まぶ…?あっ、私は大槻華澄と申します」


 お嬢にマブダチという言葉は通じなかったらしい。首を傾げている。あとお嬢の名前をようやく知った。


「マブダチって…。昨日の夜に初めて出会ったわよね?」


「そんな…一緒に月読さんを打倒しようとした仲じゃないですか」


「だからなによ。しかもあんた途中で裏切らなかった?」


「記憶にございません」


 都合の良い頭してんなこいつ。


「えっと、よく分かりませんがどうして楠木さんの家に泊まるようなことになったのです?」


「家に居づらかったので泊まる所を探していたら月読さんに紹介されまして。楠木さんの好意に甘えさせていただきました」


「なぜ家に居づらいんですの?」


「母親が男を連れ込んでいたので」


 俺の時もそうだったがなぜストレートにそう言うのか。誤解しろと言っているようなものだぞ。


「なんですかそれは!子供を放っておいて男を連れ込むなんて!夫にも申し訳ないと思わないのですか!」


 案の定お嬢が荒ぶってる。言葉通りに受け取るとそうなるけど余計なこと言うなよ。家庭の事情に首を突っ込むとろくなことにならんぞ。


「ウチは母子家庭なので夫はいませんよ」


「なおさらですわ!結婚もしていないのに男漁りなんて穢らわしい!」


「何も知らないくせに勝手なことを言わないでください」



 ほら、地雷踏んだ。




「あなたに女手一つで子供を育てる苦労が分かるんですか?夫婦二人でも大変なのに一人で仕事に家事に子育てを行うなんてかなり大変なのですよ?私の母は生活に不自由しない金額を稼ぎ、出来る限り家事をしてくれ、多くの学校行事にも参加してくれました。自分の為の時間などほとんどなかったでしょう。そんな母に好きな人ができたのです。応援しますし邪魔することなんてありえません。相手の男性もコブ付きなんて嫌でしょうから二人きりになれるよう私が勝手に家を出てきました。母には苦労した分幸せになって欲しいのです。母のことを悪く言うのはやめてください」


「も、申し訳ありませんでした…」


 怒涛のラッシュにお嬢はタジタジだ。事情も知らずに勝手なことを言うからこうなる。同じものを見ていても自分と相手で考えることが違うなんてことはよくあることだ。



 人の気持ちなんて当人ですらも正確に分かるわけないのだから。

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