第37話 リストラされたサラリーマンじゃないんだからさ

「夜遅くでも外はあっついなぁ…」



 日が落ちれば多少は涼しくなってるかと夜の町に散歩に出たが少し後悔している。本当は夜の海辺がよかったが、歩いて行ける距離でもないので夜の町で妥協。


 読んでた小説に影響され、非日常を求めて夜の町を彷徨うなど完全に中二病とか高二病の所業である。


「何やってんだろ俺…」


 冷静になるとアホらしくなってきた。夏休みだからか、まだ日付けも変わってない時間だからか意外と人がいて非日常って感じもしない。


「次はもっと遅い時間にするか、いっそ泊まりで海が近いとこに行こうかなぁ」


 次があればの話だが。似た内容の小説でも読まない限り次はないと思う。


 実にアホらしい時間の使い方をしたが、まだまだ夏休みは長い。課題も終わってるし思い付きで行動するのもいいだろう。だって暇だし。


 歩いていると公園が見えたのでちょっと休憩。自販機でジュースを買い、ベンチに座って空を仰ぐ。気にしてなかったが、こうして見ると星が綺麗だ。


 しばらくそうやって星を眺め、どれが夏の大三角だろうと見上げていると隣に誰かが座った。


「何をしているんですか?」


「夏の大三角を探してる」


「星座がお好きなんですか?」


「いや、そういうわけじゃない。空を見上げたからなんとなく探してる」


「そうなんですか。ちなみにあの辺りにあるのが夏の大三角です」


 視界の端にほっそりとした指が見えた。あれがデネブ、アルタイル、ベガとどこかで聞いたことのあるフレーズで教えてくれるが、正直ちゃんと理解できたか自信はない。


「教えてくれてありがとう。あまり自信ないけど」


「どういたしまして。ここからではあまりよく見えないので理解し辛いですよね」


 礼を言いながらようやく彼女のほうを見る。おそらく俺と同年代くらいだろう。腰に届きそうなほど長い髪は艶やかで清楚という言葉が似合いそうだ。白いワンピースを着て麦わら帽子を被れば完璧だと思う。


 なんでそんな少女がこんな時間に一人で出歩いてて、俺の隣に座っているのかは知らんけど。


「ジュースでも飲むか?教えてくれたお礼だ」


「ありがとうございます」


 彼女の好みを聞いて自販機でボタンをポチッ。彼女に手渡しつつさっき買った自分の物の蓋を開ける。…ぬるくなってるわ。


「………」


「………」


 しばらく並んでベンチに座りながら無言でジュースを飲む。なんだこの状況。


「飲み終わったし俺は帰るわ。あんたも気をつけて帰れよ」


「家にはちょっと帰り辛くて…。ウチは母子家庭なんですけど今日は母が男を連れ込んでて…」


 帰ろうとしたら反応に困る話を聞かされた。


「こんな時間に一人で空を見上げてる人がいたので同類なのかと思ったんですけど違うんですか?」


「俺は散歩してただけなんだが…」


「そうですか…」


 家に帰れない事情があると思われたらしい。リストラされたサラリーマンじゃないんだからさ。その場合も夜には帰るか。


「友達の家に泊めてもらえば?」


「今日はみんな都合が悪くて…」


「漫喫」


「一回泊まったんですけど眠れなくて…」


「………」


「………」


「ウチは無理だぞ」


 社畜の両親も帰ってきてるだろうし、妹もいる。連れてく気はない。


「いえ、流石に初対面の男性の家に行く気はないですよ。援交も神待ちもしたことないです」


「ならよかった。じゃ!」


「こんなか弱い少女を置いていくんですか?」


「意外と余裕あんの?」


 帰ろうと思ったけど引き留められた。どうして欲しいんだよ。


「ジョークですよ。一晩くらい寝なくても大丈夫です。それに幸い夏ですし、仮にここで寝落ちしたとしても風邪をひいたりはしないでしょう」


「………」


 見捨てて帰りづれぇ。本気で言ってんのか?


「……しょうがねぇ」


「?」




 首を傾げる彼女に構わず電話をかける。あいつまだ起きてるかな?


 


 

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