第2話

   

 遠山博士と太郎助手の二人しかいない、トオヤマ時間研究所。そもそも太郎助手を育て上げたのは遠山博士であり、家族経営の町工場みたいなものだった。

 太郎の父親は、彼が物心つく前に亡くなっている。母一人子一人の家庭を、経済的にも精神的にも支えてくれたのが、他ならぬ遠山博士だった。

 遠い親戚ですらない遠山博士が、太郎の家庭を援助してくれるのは、幼い太郎には不思議に思えた。

「遠山のおじさん、お母さんとどんな関係なの?」

 何度も母親に尋ねただけでなく、それとなく親戚筋にも聞いて回ったが、はっきりした答えは得られなかった。ただ断片的な情報だけが、ぽつりぽつりと耳に入ってきた。

 遠山博士は、学生時代から太郎の両親と親交があったらしい。二人が結婚した後も付き合いは続いており、父親が亡くなった当日も、行動を共にしていたという。

 遠山博士の運転する車が事故を起こして、同乗者の父親が命を落とした……というほど直接的な話ではないが、少なくとも遠山博士の方では、何らかの責任を感じているみたいだ。だからこそ、亡くなった父親の代わりに役立ちたいと考えているのだろう。

 太郎は、そのように結論づけた。


 やがて、太郎が小学校を卒業する頃。

 父親に続いて、母親も他界してしまった。

 当時流行していた感染症にやられたのだ。太郎は知らなかったが、母親は昔から体が弱く、普通の人ならば軽い風邪程度で済む病原体なのに、致命的な症状にまで悪化したのだった。

 遠縁の親戚はいたけれど、誰も太郎の面倒をみようとはしなかった。あやうく孤児院に預けられるところだったが、遠山博士が引き取り手として名乗り出たおかげで、それだけは免れた。

 しかし後々、もしかしたら孤児院の方が幸せだったのではないか、と太郎は感じるようになった。親代わりになってくれた人を悪く言いたくはないが、太郎から見た遠山博士は、一人で怪しげな研究所を営む、偏屈な人物だったのだ。

 遠山博士自身の発明だけでなく、大企業の下請けとして雑多な機械の製作も行う研究所だ。色々な会社と取引できるくらいだから、遠山博士には、一般常識レベルの分別はあるはず。それでも太郎は彼を『偏屈』と感じてしまい、二人きりの生活には妙な息苦しさを覚える毎日だった。


「太郎くんには将来、私の研究を手伝ってもらう必要があるからな!」

 太郎は遠山博士から、様々な知識を詰め込まれた。遠山博士の教え方は上手く、また太郎自身の地頭じあたまも良かったため、高校も大学も一流校へ進学できた。

 生活費や学費だけでなく、勉強まで見てもらった形だ。ここまで世話になっては、遠山博士の希望に従うしかないだろう。

 そう判断した太郎は、大学卒業後、一般の企業に就職することも家を出ることもせず、トオヤマ時間研究所で働く道を選び……。

   

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