第69話 晩餐会③

 ベレトがこの会場について10分が経っただろうか。

 ——賑やかだったこの場が、徐々に静かになっていく。


「お顔を出されましたね」

「あれが歌姫様か……」

 絨毯の上を堂々と歩き、歩くごとにふわふわと揺れるプラチナブロンドの長い髪と、大きな膨みのある胸。

 眉は細く整い、丸みを帯びたピンクの目。小ぶりの鼻に赤に色づいた唇。

 童顔で、低い身長ながらもその佇まいや雰囲気は、エレナに引けを取らないほど大人びている。

 この会場にいるほとんどの者が……白の生地にライトベージュの蝶の刺繍入ったドレスを美しく着飾ったアリアに目を奪われているほど。


 そんな公爵家のアリアは、壇上にいるイルチェスタス伯爵とその夫人に挨拶を始めた。


「……一つ聞きますが、よこしまな視線を向けていませんか。アリア様に、あなたが」

「え? そ、そんなことないよ?」

 一瞬、ドキッとしてしまうベレトだが、開けた胸元に視線を向けたのは一瞬だ。


「疑いを持ってしまう返事ですね。噛んでいるので」

「ま、まあ、粗相を犯した時の心配があるから、それどころじゃないよ」

「……それならいいですが」

「心配ありがとね」

「そのような意味で言ったわけでは……」

 照れ隠しだろうか。

 自身の胸元を見るように顔を下げ、首を横に振ったルーナである。


「あ、そう言えばさ? アリア様の従者が見えないけど……どうしたんだろう?」

 パッと顔が思い浮かばないが、専属侍女がいるという記憶はぼんやりとある。

「恐らくですが、お歌のご披露について主催側の方とお話しされているのではないでしょうか」

「ああ、なるほど。確かにそんな役回りは従者のお仕事だもんね」

「……あの、あなたはアリア様の専属侍女に目をつけているのですか」

「え?」

「意識を向けられているようですから」

 ジトリ、と眠たげな瞳を向けられる。

「お綺麗な方でもあり、優秀な方ですから不思議なことではありませんが」

 気のせいだろうか、責めたような視線を向けられているような気がする。声にも若干の棘があるような気がする。


「さすがに引き抜こうとか考えていないよ? 俺の中じゃシアが一番の侍女だし」

「……」

(あ、あれ? なんか言葉間違えたかな……。『そんな意味じゃないのですが』みたいなオーラがあるような……)

 無表情のルーナであるため、真意は掴めないが、そんな気がする。


「って、ルーナがそれを言うのは皮肉じゃない?」

「な、なにを言いますか……」

「まあ……なにを持って皮肉なのかは教えないけど」

「……教える必要はありません。むしろ教えないでください」

「ぁ、伝わってるのね……」

 実際、伝わらないはずはないだろう。彼女は学園一の才女なのだから。


「意外そうにしていますが、わかりやす過ぎです。先ほど、わたしのことを褒めてくれたじゃないですか、あなたは」

「あ、あはは……。そ、それもそっか」

「……」

「……」

 気恥ずかしい空気に包まれ、会話が止まる。

 無言のまま二人して見るのは、伯爵との挨拶が終わり、こちら側に向かってくるアリアである。


「……お節介を言いますが、あなたはそろそろ心の準備をしておいた方がよいですよ」

「ん? 心の準備って?」

「アリア様にご挨拶をする準備です。偉い立場から……というのは最低限のマナーですから」

「それもそうか。俺が最初にいかないと、周りが気を遣うのか……」

「その通りです」

「笑顔作るの苦手なんだよなぁ。これを言っても仕方ないけど」

(って、俺がトップバッターじゃん……。周りも絶対、アリア様に挨拶したいだろうし、一番注目を浴びるやつじゃん……)

 シアに助けの視線を向けるも……持ち前の明るさ、顔の広さ、コミュニケーション能力を駆使して、侍女やその主人への挨拶回りに勤しんでいる。

 さすがにこの状態で呼び出すことは忍びない。ひとまず、個人で挨拶に向かうべきだろう。


「あ……。ルーナ。挨拶に行く前に一つだけ」

「はい」

「アリア様への挨拶が終わったら、俺、ちょっと別行動を取るね」

「ど、どうしてですか」

「単純な話だけど、ルーナと挨拶をしたいって思ってる貴族がたくさんいるから」

「……」

「最初のうちから特定の人物を独り占めするのは印象が悪いし、なにより、ルーナが周りと関わる機会を潰すわけにもいかないしね。人脈を広げたり、親睦を深めるための晩餐会でもあるし」

 シアと共に入場した時、一人で佇んでいたルーナだが……それは高嶺の花という印象を持たれ、どう接してよいかわからなかったからだろう。

 身分は低いルーナだが、おめかしをした姿はエレナに負けていないほど美しく、綺麗なのだ。


(一人ぼっちになるのは嫌だけど、甘えるわけにもいかないしなぁ)

『挨拶をした』という前例を作ったことで、ルーナへ挨拶するそのハードルが下がったのは間違いないだろう。

 事実——。

『早く挨拶したい……』

『俺にも挨拶させてくれよ……』

『いつまで話してるのかな……』

 なんて気持ちのこもった視線がいくつも伝わってきているのだ。


「さてと、それじゃあ俺はアリア様にご挨拶してくるよ。晩餐会楽しんでね、ルーナ」

「ま、待ってください」

「うん?」

 一歩、歩き出そうとしたその時、引き止められる。


「……ずっと、別行動を取るのはだめですよ。わたしと一緒に夜風に当たりにいく……その約束をしているのですから」

「もちろん。休憩したくなったら遠慮なく呼んでね」

「わ、わかりました。あなたも晩餐会を楽しんでください」

「ありがとう」

 その言葉を最後に、ベレトはアリアの元に進んでいく。

 途端、ルーナに挨拶をしようと動き出す貴族も見えた。


 そして、このタイミングで台車に乗った数々の料理が一列で運ばれてくるのだ。

 使用人を束ねるように先頭に立つのは、アリアやルーナ同様に、美しく綺麗な赤髪のエレナだった。




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