第63話 翌日のシアと歌姫アリア
翌日のこと。
「シアー? ちょっとごめんね」
「はいっ!」
学園も終わり、今日も今日とてテキパキと仕事をしている彼女を呼び止めたベレトは、次のことを聞いていた。
「あのさ、エレナの父君が主催する晩餐会のことなんだけど……挨拶回りはどうしよっか。なんか結構な人数が来るってことも聞いて」
「どうしようかとおっしゃいますと?」
「えっと、これは言いにくい話なんだけど、他貴族の顔と名前が一致しなくてさ? なんか粗相をやらかしそうで不安っていうか」
(悪い噂のせいで敬遠されていたからか、ここの記憶を探ってもパッとしないんだよなぁ……。今さらだけどもっと勉強しておくんだった……)
心の中で一人ツッコミを入れ、助けを求めるように視線を送れば……まんまるの瞳を細め、頼り甲斐をも感じれる可愛い笑顔を見せてくれた。
「その件でしたらご安心ください! 挨拶回りの際は私がお側についていますから!」
「挨拶したい貴族がいたら、シアが事前に情報を教えてくれるってこと?」
「ですっ」
プレゼントしたネックレスが跳ねるくらいに大きく頷く彼女。
大きな自信を持っていることが窺える。
「おっ、それは心強いよ。ありがとう。それじゃあ頼りにさせてもらうね」
「お任せくださいっ! えへへ……」
褒められて、嬉しそうに微笑んだシアは、小さな歩幅でスススッとさらに距離を縮めてくる。
なにをしてくるかと思えば、そのまま背伸びをして「ん〜」と頭を突き出してくるのだ。
「はは……。仕事中だから少しだけね」
口には出していないが、なにを求めているのかはわかっている。
手を伸ばして黄白色の髪に触れると、艶のある髪を優しく撫でていく。
今日のシアは今朝から甘えん坊だった。特に甘えん坊になっていた。
褒められると、自らこのようにアクションを起こしてくるくらいに。
(やっぱり昨日の一件が大きく関わっているんだろうな……)
手を動かし続けながら、夜更けのことを思い返す。
二人きりの空間で、『やはり私はベレト様以外の方にお仕えしたくないです……。この先もベレト様をお支えしたいです……』
と、自分に体を預けながら、将来を見据えた告白を伝えてきたことを。
そんな告白を了解するように、手を繋いで部屋まで送ったことを。
全ては卒業後の話だが、あの会話がキッカケとなり、『してほしいことをしてもらう』の、甘えが出たのは間違いないだろう。
(本当、シアは俺でいいのかなぁ……。16歳でこの顔立ちだから、これからもっと綺麗になるだろうし、仕事の幅だって大きくなっていくだろうし、性格だって見ての通りで……)
虐めてしまった過去があるだけに、自分にはもったいないと感じるのは言うまでもなく、この先、彼女に釣り合うだけの異性が必ず現れるはず。
(って、なに考えてるんだか……)
勇気を出して伝えてくれた想いを
撫でる手を止め、今度は横顔に手を添わせてシアを見る。
(とりあえず卒業するまでに、シアに釣り合うだけの男にならなくちゃ……。シアと別れるのも悲しいし、それに……)
他の男に取られるのは……なんて気持ちも正直ある。
一人の世界に入り、頭の中でいろいろ考えを巡らせていれば——。
「あ、あ、あの……。あのあの、ベレト様……」
「ッ、ごめん! ちょっとぼーっとしてて」
呼びかけの声でハッとする。
頬に手を当てたまま、おさな顔を凝視してしまっていた。
されるがままで、顔を真っ赤にしながら慌てているシアにすぐ謝り、手を離す。
「……」
「……」
訪れるのは静寂。そして、シアは口元に手を当てて石のように固まっている。
まるで、誤解から頭が真っ白になっているような……。
「ん? え? ……ちょ!? キスしようとしてたわけじゃないからね!?」
「ひゃいっい!? も、もちろんわかってます!」
「いや、絶対誤解してたでしょ。噛んでるし」
「わ、わわわわ私の身分でそのような
口がパクパクしている。確かに流れからすれば誤解を受けても仕方ないかもしれないが、主人としてそんな見境のないことをするわけにはいかない。
「そ、それならいいけど。そっ、それにしても……えっと……」
主人と侍女の関係が継続しているだけに、こちらも半ばパニックである。
なんとか話を逸らして冷静になろうと、頭をフル回転させ、なんとか見つけ出す。
「……あっ、そうそう! 話は変わるんだけどさ、今回の晩餐会に参加するアリア様ってそんなに凄い人なの? 学園でエレナからいろいろと話を聞いたんだけど」
「そ、それはもちろんですっ! アリア様のお歌で公爵家の権力をさらに強めたと言っても過言ではありませんから」
「へ、へえ。ちょっとシアからも話聞いていい? 相手の方が立場が上だから、挨拶はしておかないとで」
「わ、わかりました!」
そうして、お互いがクールダウンできる話題に切り替わる。
上品。お淑やか。端麗な容貌。公爵家の宝。なんてワードが飛び、『全てにおいて非の打ち所がない』という締め方をしたのは、エレナと同じだった。
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