第60話 エレナとルーナと秘密話
その日の放課後。
ルーナは図書室ではなく、とある空き教室にいた。
一人ではなく、エレナと一緒に。
ほんの数分前のこと。エレナはこの図書室に足を運び、彼女に場所を変えようとの旨を伝えたのだ。
「ごめんなさいね。あたしのワガママに付き合ってもらって。招待状の件があるから断りたくても断れなかったでしょう?」
「いえ、わたしもお話ができたらと考えてましたから。本来ならばこちらが足を運ぶべきところすみません」
「ふふ、そんなこと気にしなくて大丈夫よ。あなたなりに気を遣ったことでしょ?」
「はい。ありがとうございます」
二人は通じ合ったように謝罪を交わす。
そして、今回話す内容も互いに理解している分、すぐに本題に入るのだ。
「お昼の件についてのお話ですよね」
「ええ。ベレトとどのような決着をつけたのか確認しておきたかったの。前進することはできたのかしら」
「……あの、そのお返事をする前に一つだけよいですか」
「なにかしら?」
「仮にわたしが『はい』と答えた場合、モヤモヤはしないのですか」
上目遣いで見つめながら、配慮と言う名の前置きを作るルーナ。
想う相手は同じなのだ。
自分ならこうなってしまうとの理由で促した彼女だが、エレナはピンク色の口を手で覆い、にこやかに笑った。
「ふふっ。しないと言ったら嘘になるけど、あなたが頑張った成果だから割り切ることができるわ。仮定の言葉を出した辺り、上手くいったようね?」
「はい。貴女のおかげで晩餐会の途中、彼と一緒に休憩する約束を結ぶことができました。本当にありがとうございます」
ベレトと顔を合わせる前、エレナにあの話をされていなければ、約束を取りつけることはできなかっただろう。
晩餐会の日は一人で休憩を取ることになっていただろう。
大きく頭を下げて謝意を伝えていた。
「ルーナ……。こんなことを言うのは野暮だけど、ベレトを選んで後悔はしていない……? あたしが強引に急かしてしまったから、考える時間とか、ペースとか狂ってしまったでしょう? 冷静になって思ったわ。あの行動は間違っていたって……」
「貴女が惚れた方なのですから、自信を持つべきでは。素敵な彼で、誰に勧めても後悔しないと」
「い、言ってくれるじゃない。アイツと同じくらいに……」
冷静な声から言われる正しい主張。
白い頬を赤くさせるエレナは、口を尖らせながら人差し指で赤色の髪を巻いていた。
「そんなわけですから、後悔もしていません。わたしは貴女の行動が正しかったと思っています。それに、急かした理由も理解しました」
と、ここで眠たげな
「わたしの立場でこんなことを言うのは許されないことですが、あの人の鈍さはどうにかならないのですか」
「ふふふ、あなたと文句の言い合いができそうで助かるわ。やっぱりそう思うわよね」
「あれほど鈍感であるにも拘らず、頭がよく、気遣いができることが不思議で仕方がありません」
『このままだときっとなにも変わらない』そう言われた理由を、彼の鈍感さを理解したルーナ。
そんな彼女に一拍を置き、エレナは自身の考えを口にするのだ。
「多分だけど……ベレトは意識しないように立ち回っているのかもしれないわ」
「ど、どういう意味ですか」
「あたしが言うことは全て想像よ。だから半信半疑で聞いて欲しいのだけど……なにか
「すみません。もう少し詳しくお願いします」
眉に力を入れて難しい顔をするエレナと、熟考のスイッチを入れたルーナは一言一句聞き漏らさないように、半歩ほどさらに近づいた。
「あなたは知らないでしょうけど、ベレトは今と昔で印象も雰囲気もなにもかもが違うのよ。昔は周りを見下している節さえあったわ」
「つまり、人格が変わったとでも言うのですか」
「そ、そうは言ってないわ。ベレトは演技をしていたのよ。侍女のシアを立派に成長させる目的で。ほら、人を成長させるには恐怖心を与えた方がいいって言うでしょ? だから、その関係で」
「なるほど。『自分はどう見られてもよい』との覚悟が見られるので、彼は相当厳しい指導をしてたのでしょうね」
「ええ。悪い噂が広がるのは当然ってくらいに」
「ちなみに演技だと思った理由は」
「ベレトが優しくなった時期は、シアが優秀な成績を続けて残していた時期と被るのよ。これには信憑性があるでしょう?」
「そうですね」
この世界に『中身が入れ替わる』なんて概念はない。
現実的なことを挙げれば、エレナの言う『演技』になる。
「……だから、演技だったとはいえ周りを不快にさせてしまった過去があるから、自分が幸せになっていいのか、みたいな変なことを考えている可能性があるのよ……」
「あの人は誠実で真面目な人ですから、過去を引きずっていることは十分考えられますね」
「間違いなく引きずってるわよ。この前なんか『改めてシアに謝らないと』とか言ってたから」
全てを想像で話しているエレナだが、今までのやり取りの中で結びつけられる点が多々あるのだ。
「それに、ベレトって中身を褒められると嬉しそうにするけど、容姿を褒められても嬉しそうにしないのよ。少し的外れな意見になってしまうかもだけど、周りを不快にさせた過去を気にしているから、中身を褒められた方が嬉しいんじゃないかって」
「あの人ならば、自分の印象を下げるような方法を取らずとも、シアさんを立派にさせる術はいろいろ考えつくような気もしますけどね」
「どの家に仕えても頑張れるようなメンタルを作りたかったのかもしれないわね。中には恐怖で侍女を支配するような家もあるから、その対策を行うなら自分が怖くなるしかないでしょ?」
「っ」
ここでルーナが思い出すのは、シアが男子から言い寄られていた現場……。
どれだけ誘っても頷かないシアにプライドを傷つけられた男が、彼女の腕を掴もうとした時、その手を振り払い、冷徹な目で威圧しながら堅固な姿勢を取っていたところ。
ベレトの指導のおかげであの自衛能力が身についたとなれば、納得できることだった。
「今のベレトと接していればわかるでしょ? シアを本当に大切にしていること」
「そうですね」
「ふふ、まあそんなわけだから
「……い、いきなり恥ずかしいことを言わないでください。わたしは貴女のように強くないのですから……」
当たり前の願いでありながらも、突然のからかい。
エレナに顔を近づけられたルーナは、一歩後ろに下がって耳を赤く染めながら下を向く。
「あなたの照れた顔は初めて見たわ」
「あ、あの、からかうと言いますからね。彼に……あなたの今のセリフを」
「あら? ルーナは大胆なのね。それを言うなら一緒に想いを伝えてもいいけど?」
「も、もう……いいです」
「ふふっ、今のあなたの顔をベレトにも見せたいものだわ」
『わたし達』と声にしたエレナなのだ。それを伝えるのならば、ルーナも含んでいることになる。
この手の話題では、どうしても勝てないルーナ。
そして、彼女に余裕があれば気づいていただろう。
「まあ……本当、お互い頑張りましょうね。想いを言葉にしたのなら、アイツの逃げ道なんてなくなるから」
長い髪で隠した頬を真っ赤にさせていたエレナに。
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