第6話 すり減った感情

 ゴムザは下卑た笑みを浮かべながら、無言でエルを粗末な寝台に押し倒す。


 別に珍しいことではなかった。いつものことだった。二、三日置きにこうしてゴムザはエルの部屋へと夜にやってくるのだ。夫人であるイザベリアもこのことに気づいているようだったが、表立って夫のゴムザにこの行為を非難することはなかった。


 今の生活がゴムザによるものだけで成り立っていることを夫人のイザベリアは、よく知っているのだろうとエルは感じていた。ゴムザの不興を買って屋敷から追い出されたらたまらないとイザベリアは思っているのかもしれなかった。


 イザベリアの自分への対応が厳しいのも、これが原因の一つなのではないかとエルは思っていた。


 今、ゴムザは鼻息を荒げながらエルの上で必死に腰を動かしていた。行為の最中もエルの中には何も浮かんではこない。初めの頃はともかくとして、今では嫌悪感も不快感も既になくなっていた。早く終わればいいのにと冷ややかに思うだけだった。


 やがて、ゴムザは呻き声を発して腰の動きを止める。踏み潰された蛙のような声だとエルはいつも思う。いや、踏み潰された蛙が出す声の方がまだましかもしれなかった。ゴムザが発するその声はどこまでも醜く汚かった。

 そして、事が終わるといつものようにエルに声を掛けることもなく、ゴムザはそそくさと部屋を後にした。


 エルは自分の中で不快感を発しているゴムザの体液を乱暴に拭き取りながら少しだけ溜息をついた。それに合わせて赤色の髪が僅かに揺れる。


 こんな生活が一生続くのだとエルは思う。一層のこと死んでしまいたかった。だが、奴隷が自殺をするとその代償として、自分の両親が高額な賠償金を払う契約となっていた。


 ある意味、死ぬ権利も奪われてしまっているのだった。後どれぐらい自分は生きるのだろうかとエルは思う。あとどれぐらい自分は生きねばならないのだろうかと。


 涙はもう出ない。そんな感情などとっくにすり減ってなくなってしまった。あるのは僅かな不快感だけだった。


 明日も早く起きなければならない。エルはもう一度、ため息をついて粗末な寝台に横たわるのだった。





 「エル!」


 夕食後にエルが食器を洗っていると、背後からイザベリアの鋭い怒声が飛んできた。今日は四六時中、イザベリアはエルに怒鳴り散らしていた。毎度のことだった。ゴムザが夜に部屋に来た翌日は大概、こうして自分に対するイザベリアの言動や態度が荒くなるのだとエルは思っていた。


 背後を振り返ると、そこにはイザベリアが目尻を釣り上げて立っていた。その手には紐状の長い革を持っている。それを見てエルの血の気が一気に引く。


「エル! 庭の花壇に水をあげるよう言ったでしょう! 何でやってないの! あんたはそうやって、いつもさぼってばかりで!」


 イザベリアが甲高い声で喚き散らしながらエルを非難する。


「あれはセシル様が……」


 エルはそう言いかけて後の言葉を飲み込んだ。

 そう。娘のセシルが珍しく自分が花壇に水をあげると言ってきたので、エルとしてはそれに従っただけなのだった。

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