3-p04 コマ撮りするぬい
「こまどりあにめ」
「最近、流行ってる。ぬいの写真でアニメを作るんだ。おれもやってみたい」
「あー。まあ、いいんじゃねえの」
と
「『ぬいが歌ってみた』っていうコマ撮りアニメを撮りたい。兄さんがちょうどギターを持ってるし」
「おお。これ改造しねえと音鳴らんけどな」
「いや、改造してもギターの音は鳴らねーだろ。ちっさすぎて、物理的に無理」
とシンタローが口を挟んだ。
「そういうPVみたいのは、アテブリでいーんだよ」
なんだかプロっぽい用語が出てきた。
「アテブリ?」
「ぬいが歌ってみた」動画の作り方。
1 ~歌を用意します。~
シンタローのギター伴奏でぬい二人が歌う。それをパソコンで録音する。シンタローの部屋にはそういう用途の機械が色々あった。
ヒデアキが最後にストップボタンを押して、
「すごい……プロみたいだ……」
と感動している。
プロなんだけど……と言おうとしてシンタローはあることに思い至り、
「お前たち……」
とぬいを見下ろした。
「声の人がいたよな」
「ああ」
と千景。シンタローが続けて問う。
「今の歌で動画作って、ツイッターに流そうとしてる?」
「うん」
と碧生が頷いた。
「なんか問題が起きそうな気がする」
「「なんでだ」」
碧生と千景が同時に問う。
「声が同じだから。アレだ、権利の問題?」
シンタローは自分でもよくわからないままそう答えた。
碧生がちょっと困った顔をした。
「声真似動画とかもあるけど、ダメだろうか……」
「まあ、そういう考えもなくはないけど……ヒデアキが撮ってツイートしてることになってんだろ。お前たちの歌い方、普通の中学生の声じゃねえよ」
「俺たちは、ぬいだからな。他の声になりようもねえな」
と千景がどっちでもよさそうな顔をした。
2 ~ぬいの動きを撮影します。~
ぬいサイズの小さなマイクスタンドに、マイクがセットされる。千景がさっき即席で工作したものだ。撮影用だからマイクとしての実用性はない。「もうちょっと時間があれば……」と千景は作りながら悔しがっていた。
お揃いのギターを抱えて、ぬいがマイクの前に立った。
ヒデアキがカメラを構えた。
「動画で撮ればいい?」
と確認され、碧生が答えた。
「いや、写真で連続で撮ってくれ。コマ撮り用のアプリでムービーにできる」
「そっか。せっかくヌルヌル動けるのにねえ」
「ツイッターにアップする。ぬいがヌルヌル動くのは、世の中的にはマズい」
ここでも歌同様、全力を出してはいけないという謎の難しさがあった。
「口あいたりするのは、いいんだっけ?」
「それは、大丈夫だ。アプリでぬいの表情を変えられたりもするから、不自然じゃない」
落としどころが悩ましい碧生の隣で千景が、
「ホントはヌルヌルなのに、わざとカクカクさせるってのも皮肉な話だぜ」
とシニカルな笑みを浮かべた。
ミュージックスタート。
結局、さっき録音した歌ではなく、公式に販売されている音源から千景と碧生が歌に参加している曲を選んで、それに動きを合わせて、「歌ってみた」風の映像を作ることにした。
千景と碧生がゲームの挿入歌に合わせて歌う様子を、ヒデアキがカシャカシャと写真撮影する。
3 ~動画編集ソフトで動きと音を合わせて、書き出します。~
パソコンの動画編集画面をぬい2体と人間2人が覗いている。
画面の中は千景と碧生が歌うコマ撮りの映像だ。ぬいの体は小さいから、画面に写った姿がちょうど等身大だった。
♪ほしの〜ひかり~とどかないばしょ~に さいたゆめのはな〜♪
「おー! ほんとに歌ってるみたい」
とヒデアキは無邪気に喜んでいる。
「次は碧生の分のギターも用意したいところだな」
と千景が言って空飛ぶタオルに乗って浮き上がり、シンタローに告げた。
「卒論、ちょっと手伝ってやってもいいぞ。機材とか借りた分な」
碧生は動画が気に入ったらしく、編集を終えて書き出した動画ファイルを自分の小さいスマホにコピーして、
「アップする前にナツミに見せてくる」
いそいそとシンタローの部屋から出て行った。
***
四十九日の法要が終わり、日々は粛々と過ぎて秋が深まっていく。
「歌ってみた」のコマ撮りアニメを出して以降、ヒデアキと碧生のツイッターの更新は滞ってしまった。
碧生はヒデアキのスマホのツイッターを横から眺めて、
「いいねの数、写真とあんまり変わらないな」
と少しだけ残念そうな顔をしていた。思ったより上手くできて、碧生自身は気に入っているのに。
千景が言うには、
「動画だと『たまたま目に入って、いいね』みたいなのは減るからな。それに音をオフにしてると全部は伝わらない。これに付いた『いいね』は、時間をかけてじっくり見てもらった、ありがたみの高い『いいね』だ」
「そうか……そう言われると、そうだな」
碧生は納得し気を取り直した様子だった。そして、
「新曲が出たらまたコマ撮りをしたい」
と次回作への意欲を見せている。
レコステのアカウントをチェックすると新しい情報がツイートされていた。
碧生の誕生日の予告だ。
いつもよりフォーマルな衣装を着た碧生の映画ポスターみたいに綺麗なイラストが、すごい勢いで拡散されている。ヒデアキはそれを目にして、
「碧生君。誕生日、僕と一緒だ!」
と驚きの声をあげた。
「そうだぞ。10月17日はオンラインゲームの日だ」
碧生は前から、ヒデアキと一緒の日だと知っていたようだ。
「前夜祭の16日からバースデーガチャで、おれのSSRを引ける。兄さんと連携攻撃が出せて、結構使える。絶対手に入れろ」
「俺はその次の週。24日が誕生日だからな。多分、碧生バースデーの日に告知が出る」
と千景。ヒデアキは戦慄した。
「24……って、シンくんと一緒。偶然過ぎる……」
「ランダムに選んだ人間が、自分と同じ誕生日の確率は0.27パーセント。レアだけどまあ、たまにはそういうこともあるだろ」
千景は特に気にしていない様子だ。そして、
「24日ってなんの日?」
ヒデアキの質問に、
「あー……なんだろな」
千景はスマホをポチポチと叩いて検索した。
「マーガリンの日」
「千景くん、マーガリン好きなの?」
「いや、オレはピーナツバター派だ。そんなことより、石を貯めろよ。2週連続だからな」
千景に促され、ヒデアキはレコステのアプリを開く。起動中に、
「まあ最悪、課金すりゃいいけど」
と千景が言って空飛ぶタオルに乗ってどこかに行ってしまった。
画面を見ていると、見慣れない表示が現れた。
「あれ? まだメンテ中だ」
「昼間には終わると思ってたのにな」
と碧生も意外そうだった。
「うーん、じゃあ宿題先にしとこう」
立ち上がって、あるものに気付いた。ソファに小さなノートが放り出されている。クッションに半分隠れて見えなかった。
リング綴じのノートで、途中のページが開いたままになっている。
「シンくんのだ」
ノートに手書きで作詞をしていたらしい。
他の大学生と同じようにスマホが大好きなのに、音楽に関しては意外とアナログだ。
文字がたくさん連なって、一部はグシャグシャに塗り潰すみたいに消されていた。同じようなことを何度も書いては消した跡があった。
──お母さんの歌を作ってる。
ヒデアキはそう解釈した。
詞は、はっきりそれとは言わないけど、色々な比喩が思い出に繋がっている。たくさんの痛みが鋭い光にみたいに散りばめられて、なのに涙が出そうなぐらい優しい風景が頭の中に広がった。それはヒデアキが家族だからというだけでなく、これに触れた人は皆きっと、大切な人のことを想うだろう。すっと冷えたようでいて、それでもなんだろう、涙みたいな温度を感じた。悲しみも喜びもそういう言葉の技巧の中に溶かされていく。メロディーが付けばもっと。
思い出した。
そういう音楽を、夏の終わりにシンタローは一人で弾いていた。長い時間かけて、まだ何もないところから探り出すように、組み立てていってた。
ざわざわとイヤな気持ちが体の中を動いて、しばらく出て行きそうもない。
国語の授業の、地獄変の炎が、それから儚く煌めく金魚の姿が、目の前をちらついた。
『人間とは思はれない、夢に見る獅子王の怒りに似た、怪しげな厳かさがございました。』
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