ノーリミットアビリティ

@kiriti

第1話

とある国のとある街。

 日を避けるかのように作られた暗く狭い路地裏。微かに漂ってくる何かが腐ったような匂いが街を覆っている。

 ある者は壁に寄りかかりスリのカモになりそうな人間を物色し。ある者は卑しい顔をしながら薬はいらないかと声を掛け。ある者は地べたに座り込みながら、職をくださいと書いたぼろぼろの木の札を片手に物乞いをしている。

 子どもも大人も男も女も関係ない。そこにいる誰もが血色の悪そうな肌に骨が浮き出ているようなガリガリの身体をしていた。


 その道の中心を、彼らと同じようなぼろきれのような服ともただの布ともいえるような物を着た一人の少年が堂々と歩いていた。

 しかし、年齢相応の小さなこの少年には彼らと違う点があった。

 それは、彼がちゃんと食事をしていることが分かる血色が良さそうな肌色、それに少なからず足や腕にちゃんと肉が付いていた。

 そして何より、その右手には果汁が滴っている食べかけのリンゴがあった。

 シャクリ。

 そんな音を立てながら少年はリンゴを齧る。

 周りの人達はその少年には目もくれず、自分が生き残るために動いていた。少年は彼らを横目に見ながら特に目的もなく歩いている。

 しいて言うなら、彼らと同じように獲物を探している、というところであろう。


 そんな時だった。

 ドンという衝撃と共に背中に衝撃が走り、少年はたたらを踏んでしまう。


(いってーな)

「ぐおっ!?」


 少年は背中に走った軽い痛みに顔を顰め、内心で舌打ちをする。

 しかし、少年にぶつかった男の方はそれだけではすまなかった。

 すぐ後、辺りに響いた耳をつんざく様な破砕音が響く。 男がもっていた壷が少年にぶつかった拍子に落としてしまい、地面に当たって砕け散ったのだ。


「なっ!? 俺の大事な壷が! 誰だ、俺にぶつかったのは!」


 男は振り返りながら叫ぶ。

 だが、少年はその男の怒声を気にすることなく男の横を素通りしていく。


「てめぇ! 今俺にぶつかっただろ! お前が壊した壷の代金、弁償しやがれ!」


 どうやら男は当たり屋だったようで、見知らぬ男に壷を弁償しろと迫っている。

 しかし、その目線は実際にぶつかった少年ではなく、少し離れた場所を歩いていた別の男に向いていた。


「あ? てめぇが一人で勝手にこけただけだろうが!」


 そして、何故か近くにいた少年とは別の、ただ壁に寄りかかっていただけの男に詰め寄っていった。

 詰め寄られた男は腹をたて、掴みかからんばかりの勢いで壷を落とした男に詰め寄っていく。


「っざけんな! てめえがぶつかったんだろうが!」


 壷を持っていた男もこのままでは引き下がれないらしく、ケンカ腰でガンを飛ばしながら更に詰め寄っていく。

 そしてとうとう我慢の限界が来た詰め寄られた男が殴る。それに応戦するように殴り合いが始まってしまった。

 一方で、少年は後ろで始まった殴りあう音を背に歩いていく。

 だが先ほどと違って行く当ても無く歩いているわけではない。ぶつかった拍子に手に持っていたリンゴを落としてしまったので新しく口に入れるものを取りに行くのだ。

 暫くして裏路地を抜け、出店が並ぶ大通りに出る。


(どれにしようかな~)


 お店に並ぶ果物を物色しながら歩く。

 そして、いい感じに熟れたリンゴを見つけると特に周りを気にすることなくそのリンゴを手に取る。そのままリンゴに口をつけ、先ほどと同じように道を歩き始めた。

 もちろんお金を払ったわけではなく、店主に許可を取っているわけでもない。

 だがしかし、店主は目の前で行われた異様な光景を咎めることはない。


 これが少年にとっての日常だった。

 誰に意識されることもなく誰かを意識することもない。

 生まれたときからもっていた特性。

 物心がついた時から一人だった少年は、この特性を使って生きてきた。

 誰かに頼ることはしない代わりに誰も助けない。持っている物全てが盗んだものだ。しかし誰にも咎められたことはないし、捕まえられるどころか追いかけられたことすらなかった。

 だがしかし、その日だけはちょっとだけいつもと違っていた。

 それは街中で昨日まではなかった噂話だった。

 なんでもこの街に一目で分かるほど裕福な格好をした金髪の髪をした少年が、お供をたった二人しか付けずにやってきたらしい。

 三人とも奇妙な格好をしているが、金目のものを誰もが目に見えるところに身につけて堂々と道の真ん中を歩いているそうだ。


「本当なら相当な馬鹿だな」


 と、少年は鼻で笑う。

 この街の治安はお世辞にもいいとは言えず、むしろ最悪といっていい。

 盗みや恐喝、人攫いからや脅迫は当たり前。たった二人しかお供を連れず子どもが街中を歩くなんて自殺行為以外の何者でもない。


(暇だし、ちょっくらアホな坊ちゃんの無様なさまでも見に行くか)


 他にすることもない。

 馬鹿な人間が何をされようと同情なんてしない。寧ろ娯楽の一つといってもいい。特に裕福で少しも苦労したことがないような人間が絶望に晒されるのを見てると心がスカッとする。

 そんな暗い思いを胸に、噂のお坊ちゃんを見に行くために聞こえてきた大通りに駆け足で向かった。


 この街で生まれこの街で育ってきた少年は裏路地に至るまで把握している。少年がいた場所から最短距離で到着する。

 周りは既にその噂で持ちきりだった。

 しかも聞くところによるとお供の忠告も聞かずに小さな路地に入っていったようだった。


「おお……」


 つい呟いてしまった。

 大通りであれば悪くてもスリや先程少年があった様な当たり屋くらいだ。

 しかし人目がほとんどない裏路地は昼も夜も関係がない。

 多少見られていても見て見ぬ振りをされておしまいだ。

 荒事には関わらない。誰が何をしても気にしない。この街の住人の暗黙の了解だった。

 聞こえてきた噂から特定した路地に入り、彼らの後を追う。


「人が少ねぇな……。しかもこいつら……」


 裏路地なのだから人が少ないのは当然なのだが、今日に限っては特に少ない。

 その理由は、等間隔に刃物をちらつかせた柄の悪い男が道を塞いでいるからだ。

 彼らは一様に脚や腕に蛇の刺繍を入れている。その模様はこの街に暮らしている者ならば誰でも知っているような悪い意味で有名な集団だ。

 彼らこそ、この街最大のマフィア集団でありこの街の元締め、ゴッソファミリーだ。

 この街でも特に悪逆非道の限りを尽くす最悪のマフィアだった。


「こいつらが動いてんのかよ……。終わったな」


 彼らの隙間を縫いながら少年は呟く。

 流石に少し同情してしまう。彼らはきっと骨の髄までゴッソファミリーに吸い尽くされるだろう。

 しかも相手の金持ちのお坊ちゃん、噂によるとジン様と呼ばれていたのを聞いた。そのジンは相当高価なものを身につけて歩いているらしい。たった三人を攫うには明らかに異常な数の戦力と徹底して他の人間に邪魔されないようにしている。ゴッソファミリーの頭、ゴッソ・ネスロイはこの街中のゴッソファミリーを集めているようだ。


「ま、自業自得だがな」


 それでも、何も知らないのに危ない場所に足を踏み入れた彼らが悪いと一笑にふす。


 暫く裏路地を歩いていくと、今度は逆に人が増えてくる。だがもちろん普通の一般人ではない。彼らも体の一部に蛇の模様が刻まれている。ジン達が近いのだろう。


 そして、それに比例するように少年の肌が粟だつ。


(……なんだ?)


 今までに感じたことのない心の震えに、少年は足は段々ゆっくりになっていき、とうとう少年は足を止めてしまう。


「……」

(なっ……、なんなんだこれ!?)


 最初は心だけだったのが、ジン達がいるであろう場所に近付くにつれて、身体まで震えてくる。これ以上現場に近付くのはまずいと本能が叫んでいた。何か異常な力を持つ人間がこの先にいる。何か恐ろしく得体の知れないものがこの先にある。

 普通ならここで後戻りをするであろう。何故なら、少年がここに来たのは義務ではなく単なる好奇心だ。リスクを負う必要は全くないのだ。

 そもそもこの街では、厄介事には近づかない、関わらないというのは暗黙の了解だった。自ら危険に近付くことは自分の寿命を縮めることに等しいからだ。


 だがしかし……。


「上等だ! 行ってやるよ!」


 子どもならではの気になったことを知るために後先を考えない無謀さと、今まで一人で生きてきたという自負が少年の足を前に進ませた。

 そしてとうとう、ジン達がいるであろう場所から少し離れた建物の角までやってきた。

 ちょうどリンチが始まろうとしているところだったらしい。刃物を鞘から抜こうとしている独特の音と拳銃の撃鉄を起こす音と共に、男達の汚い笑い声が聞こえてくる。

 だが少年にはそれにはそれに対して何か思う余裕はなかった。


(はぁはぁ、い、息が苦しい……)


 行ってやるよと意気込んではいたものの、近付いていくにつれ鼓動は速くなり、何か得体の知れないものに自分が侵食されるような感覚に追い込まれていた。


(これがゴッソのカリスマってやつなのか?)


 少年はゴッソを見たことはなかった。

 しかし、噂では様々な悪が蔓延るこの街で最大の規模をほこるマフィアのボスだけあって、ゴッソは相当頭が切れるらしい。しかもならず者を束ねるだけあって、相当なカリスマもあるという。

 少年はカリスマというのがどういうものなのか知らなかった。だから、今起きている現象をカリスマだと勘違いした。


「はっ、はっ……くそっ! 何だってんだよ!?」


 呼吸の感覚が段々短くなっていく。あまりの異常事態に、目的地を目前にしてここで引き返そうか迷ってしまう。


 しかし……。


「行ってやる! 行ってやるぞ!」


それでもなお、少年は逃げなかった。

 こんなところまで来て背中を見せて戻るなんてそれではまるで逃げているみたいではないか。そう感じた少年は心の底から勇気を振り絞って、大きく二回、三回と深呼吸をする。

 そして覚悟を決めると、ゆっくり、ゆっくりと建物の影から未だ銃声と刃物を振り下ろす重い音と、それに合わせる様に聞こえてくる悲鳴が響くその場所を覗き見る。

そこでは予想通り厳つい顔の男達がナイフや銃を放っていた。

しかし、予想とは違うのは本来リンチする側であるはずの男達が逆に恐怖に怯え、逃げるように後退しているところだった。


(あり得ないっ!)


 その光景を見た少年は心の中で叫ぶ。

 この街に暮らす人間にとって発砲音なんて少しも珍しいものではないし、銃の発砲現場を見たことがない人間の方が寧ろ少ないぐらいなのだ。それは少年も例外ではなく、銃弾が発射されるところを見たのは一度や二度ではない。

 今、少年の目の前ではゴッソファミリーの男達が必死に逃げ惑いながら少年たちとは明らかに違う服装をした一人の男に向かって銃を撃っている。

 その銃弾の幾つは男に向かって飛んでいくが、なんとその男はその腕で軽々と銃弾を弾いているのだ。そして男は一人、また一人とその拳で沈めていく。

 沈んでいる一人に周りの男たちよりも高価な服装に、更に重装備をした男が倒れていた。彼こそがゴッソファミリーの頭、ゴッソ・ネスロイだった。

 ゴッソをやられて統制を崩したファミリーの所属者達は三々五々に散っている。

 しかし、ゴッソは気絶しているはずなのに少年の震えは留まらない。


(ゴッソじゃない? なら、一体誰が……)


 そこで、少年は初めて気付いた。

 恐らく付き人の一人であろう女性の横に輝くような金髪の十歳前後であろう少年がその光景を静かに見守っていた。


(……っ!?)


 間違いない。見た瞬間に直感で分かった。彼こそがジンと噂されていた人物だ。そして、近付いただけで肌が粟立ち、少年の胸に今まで感じたことのないような心の震えを感じさせた人物である。


 そして、ジンを直接見た少年の心に芽生えた感情は……人生で初めて感じた強烈な嫉妬による殺意だった。

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