第42話 シアと料理
亜美さんも帰ったことだし、見送った俺たちも家に入ってさっそく料理をする準備に取り掛かる。
まずは下ごしらえだな。料理をするうえで一番面倒で時間がかかるのはこれだ。
エコバックから買ってきた食材を出して、冷やしといたほうが良いものは冷蔵庫に入れておく。
今日のメニューはメインをブリの煮付け、肉じゃがとして、シンプルにサラダと白飯、味噌汁って感じで行こうと思う。
料理は時間がかかるものから作るのが基本。だからまずはブリの煮付けか肉じゃがだけど、肉じゃがの方はブリの煮付けと違って冷えても温め直せるから肉じゃがから作ろう。
にんじん、じゃがいもをサッと水で洗って、玉ねぎの皮を白いところまで剥く。
さて、次は包丁で切る訳だけど‥‥‥その前に。
俺はオロオロした様子でこっちを見てくるシアにジト目を向ける。
「‥‥‥なぁ、気が散るんだけど」
「だ、だって天斗が包丁を‥‥‥本当に大丈夫ですか? 左手は猫のおててですからね? にゃ~ん」
「にゃ~ん、じゃないわ! 俺だって包丁くらい持ったことある!」
シアのやつ、実は俺のことバカにしてるのか? そんなに料理の信用無いかね?
これでも一人暮らしになることを決めた時に実家で特訓させられたし、シアが来るまで作ってたりしてたんですが。
なんか腹立ったから、シアにそこで見てろよって言って、改めて包丁を持って野菜たちと向き合う。
にんじんとじゃがいもは乱切りで、玉ねぎはくし切りだな。
「刮目せよ。俺はこう見えて、包丁スキルが高速さばきで連続攻撃の料理男子なんだからな——っ!」
宣言すると同時。
——トントントントントントントンッ!!
右手を残像さえ残さぬ勢いで動かした。
「ええっ!? す、すごいっ! 二本あったにんじんが一瞬で細切れに‥‥‥」
流石にまだ瞑想さばきの秘技は取得してないからよそ見はできないけど、シアが絶句してる様子がありありと浮かんだ。
そうしてあっという間にじゃがいもと玉ねぎ、ついでに牛肉を切り終える。
「お、おぉ‥‥‥天斗、料理できたのって本当なんですね。しかもあんなに早かったのに、大きさもほとんど正確に同じですし」
「そうだろうそうだろう」
まじまじと俺が切った野菜を見たシアが驚きながらパチパチと拍手をくれる。
ふはははは! どうよ、このほれぼれするほどの包丁さばき! 伊達に実家でキャベツの千切り100人前とかやってないんだわ!
こればっかりは俺の特技って胸張れるからな。実に鼻が高い。
「というわけで、今日の台所は俺に任せてもらおう! シアはリビングでのんびりしていてよいぞ!」
誰かにこのスキルを自慢することってあんまりないから、ちょっと調子に乗ってそう言う。
が、シアはエプロンを着けて何故かやる気をみせていた。
「いえいえ! せっかくなんですから一緒に料理しましょう! お手伝いしますよ!」
「でも、いつも作ってくれてるし、たまには俺が」
「だからこそです! もともと私のやることなんですから、お手伝いするのは当然です!」
ん~‥‥‥まぁ、いいか。手伝ってくれるなら二人でやる分早く終わるし。肉じゃがとブリの煮付けだけ俺がやればいいからな。
「分かった。それじゃあ、シアはご飯とお味噌汁とサラダを頼むよ。なんのサラダにするかはシアに任せるよ」
「まっかせてください!」
元気よく嬉しそうにそう言って、シアはさっそく炊飯器にお米を準備し始めた。ここら辺はもう手馴れたもんだよな。
シアには和食は作れないけど、初めのころに白米の炊き方と味噌汁の作り方だけは先に教えて置いた。
俺だって、生粋の日本人。毎日の米と味噌汁は欠かせない。
だからシアに台所を預けるようになって一番最初に教えたんだけど‥‥‥まぁ、洗濯機と同じで初めからうまくいったわけがないよね。
米自体は似たようなものが向こうの世界にもあったみたいだけど、やっぱり炊飯器がネックだったみたいで、結構機械音痴なシアに炊飯器の使い方を教えるのは難儀したよ。
ボタンを押すだけで炊きあがることに精霊がどうのこうのって分解しようとし始めるんだから。
それが今では一切迷うそぶりを見せずに一人で進められてる。‥‥‥なんだか涙がちょちょきれそうだ。
「目元を押さえてどうしたんですか? 玉ねぎが染みました?」
「んや、なんでもない‥‥‥」
「‥‥‥?」
さて、シアのことばっか気にしてないでちゃっちゃと肉じゃがを作っちゃおう。この後ブリも控えてるし。
鍋に油を引いてさっきっ切った野菜と牛肉を入れた後、強火で肉の色が変わるまで炒める。
「よし、こんなもんかな?」
そしたら用意しておいた水と調味料(醤油、砂糖、酒、みりん)それからほん出汁を適量入れて、沸騰したら灰汁をとっていく。
今回は二人分より結構多めに作ることにした。肉じゃがだったら日数が立てば味が染みこんでさらにおいしくなるからね。今日だけじゃ物足りないだろう。
それに、亜美さんからブリを貰っちゃったし何か返さないと。食べ物のお返しは食べ物。タッパーに詰めて今度お礼に渡そうと思う。
「ふんふんふんふ~ん♪」
隣からご機嫌な鼻歌が聞こえてきて、灰汁を取りながらチラリと様子見る。
シアはなにか気分が上がるようなことがあったのか、楽しそうに体を揺らしながらだいこんを切る準備をしていた。どうやら次は味噌汁を作るよう。
そういえば料理中のシアはあんまり見たことないな。
使い方を教えるために一緒にキッチンに立ったことはあるけど、料理をするために一緒に立ったのは初めてだし。
料理中のシアは、俺が言うのも今更な気がするけど、なんというか新妻……?
エプロンを着てるからかとても家庭的に見えて、仕草の一つ一つが柔らかく見える、みたいな。
要するにいつもと違って大人っぽい。……鼻歌歌って体を揺らしてなきゃ。
だいこんを洗い終わったシアが包丁を持った。
おぉ? さっき散々俺に色々言ってきたんだ、シアの包丁さばきがどんなもんなのか見させてもらうじゃないか。
そんな、弟子を見る師匠のような気分で様子を伺ってると。
シアはいきなりだいこんを宙に放り投げた。
「は?」
放られただいこんが頂点で停止した一瞬、シアが無造作に包丁を振り上げる。
思わず目を見張ったその時には、綺麗に短冊切りされただいこんがまな板の上にあった。
……え、何今の。
いや、見たことあるぞあの光景。空中に放った食材を一瞬で切るコックがいたな……アニメに。
まさか……そんな、シアが吸血鬼だからって……えぇ、うそぉ……。
シアは実は、包丁スキルが空中さばきで全体攻撃の吸血少女だったなんて……。
「負けた……」
誰にも負けてないと思ってた包丁さばきが、こんなに身近な人にあっさり負けるなんて……俺のプライドはもうズタズタよ。
「あ、天斗! お鍋取ってください!」
「……はい」
「えへへっ、こうして一緒にキッチンに立つと、なんだか新婚夫婦見たいですねっ♡」
「……そうだね」
「なんかテンション低い!? どうしたんですか天斗ぉ!」
あは、あはは……俺の特技は、所詮儚いものだった……よ。
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