第32話 天斗と担当編集の裏の顔 その二



 シアは、こっちでは本名の”アレクシア=シュトラーセ”ではなく、”月城シア”として名乗っている。だから紗季さんがシアの本名を知ってることも驚きなんだけど、もしかしたらシアが自分から言ったのかもしれないし、そこまで衝撃は受けなかった。


 問題は次に綴られた”彼女は危険です”という文言の方で、それはいったいどういう意味なのか。


 普段のシアを見ていれば、物騒なことを呟くことはあるけれど、テンションの高い子だな~くらいしか思わないはず。


 でも、もしもシアの正体を知っているのなら、どうして知っているのだろうってなる。


 シアが不用意に漏らしたってこともあるだろうけど、この前夢原に言ったって聞かされた時に、けっこう厳しく注意したから、それから数日しか経ってないのに自分から正体をばらしたなんて思えん。シアも三歩歩いたら忘れるニワトリじゃあるまい。


 それに自分の正体がバレることの危険性はシア自身が一番理解してるだろうし。


 ならば紗季さんが最初からシアの正体を知っていたってことになるけど、紗季さんとシアは今日が初対面だしなぁ。


「え、えっと、どういう意味ですか?」


 とりあえず、意味が分からないという風に惚けてみる。


 が、俺のことを見透かすようにじっと見ていた紗季さんは、一つため息をつくだけだった。


「なるほど、やはり彼女のことは知っていたのですか。今日一日見た限りでは洗脳されているという線もなさそうですし、これは少々厄介ですね‥‥‥」


 今度こそ俺は驚きの表情を隠せなかった。思わず瞼を大きく開いて紗季さんを見つめる。


 確定だ、この人はシアの正体を知っている‥‥‥っ!?


「どう、して‥‥‥」


 絶句している俺に、紗季さんは言葉を返すではなく、何故か自分の頭に手のひらをかざした。


 そして紗季さんが何かを口元で呟いたかと思えば、次の瞬間、俺は更なる衝撃の渦に飲まれる。


 なんと、紗季さんの手のひらに、シアが来てからちょくちょく見かけるようになった魔法陣のようなものが現れたと思ったら、紗季さんの身体をエフェクトが包んだからだ。


 その光景を見て、言葉が出ずに固まってる俺に、さっきよりも顔色がよくなった紗季さんが一歩近づいてくる。


「酔い覚ましの魔術です。——さて、天斗さんは彼女が吸血鬼であると知ったうえで匿っているのですね?」


「は、はい‥‥‥」


 未だに混乱冷めやらぬ脳みそで、紗季さんの質問にしどろもどろに答える。


「では、その危険性も感じていますね?」


「まぁ‥‥‥」


 元々あった洗濯機を破壊してたし、あれを人に向けたら殺すことなんて簡単だろう。冗談なのか本気なのかわからないけど、世界征服もできるとか言ってたしな。


 もしかしなくても、俺のようなファンタジーものの小説家が考えるような大規模破壊魔法とかも使えるのかもしれない、確かにそんなの危険すぎる。


「吸血鬼は強い魔法適正に強靭な身体を持ちます。それゆえに、傲慢知己で人を人とは思わぬ残虐性を持ち、己が醜い欲望を満たすために好き勝手に振舞う最低な存在です。天斗さんのようにロマンを感じるのは分かりますが、現実は違いますよ」


 淡々と、そう説いてくる紗季さん。まるでそれが当然のように伝えてくる。


 だからこそ、俺には納得できないことがあった。


 傲慢知己で人を人とは思わぬ残虐性‥‥‥シアが? 己が醜い欲望を満たすために好き勝手に振舞う最低な種族‥‥‥シアが?


「‥‥‥そんなわけないだろう」


 確かに、傲慢で残虐な面を持っているのかもしれない‥‥‥けど、それだけじゃないはずだ。ちゃんと他者を思いやる優しいところもあることを俺は知ってる。そうじゃなきゃ俺はとっくにこの世にいないだろうし。


 己が醜い欲望を満たすために好き勝手に振舞うかもしれない‥‥‥いつだって抱き着いてくるしな。でも、それは最低なんかじゃないと思う。


 そも、紗季さんのいうことは、なにも吸血鬼だけに限った話じゃないはずだ。人間だって、そういう最低な奴はごまんといる。


 だから、紗季さんのまるで一方的な言い方は、シアを知っている俺には納得できない。


「そもそも、あんたは何者なんです?」


 俺がそう問うと、紗季さんは小さくため息をつく。まるで何も知らないくせにって言われたようで少しイラっとした。


「仕方ありません。天斗さんは既に色々知っているみたいですし、中途半端なままなのは危険ですしね」


 紗季さんは自分のバックをから何かを取り出して、まるで警察手帳のようなものを俺に向かってかざしてくる。


 なになに‥‥‥『特級魔術師:草薙紗季』。


「魔術師とは、世の中に現れる怪異や地球外生命体からの侵略。そして異世界からの来訪者などから地球を守る守護者の役割を果たす者です。私はその中の日本代表といったところでしょうか」


「‥‥‥」


 言葉にならないとは、このことだろうか? いったいどんな反応すればいいんだろう?


 まさかそんなマンガみたいな設定をいたって真面目な顔で紗季さんみたいな人が言ってくるんだが。


 普通なら何を馬鹿な、いつまで中二病を拗らせてるんだよ‥‥‥ってバカにするところだけども。


 俺はシアという存在を知っていて、しかもちょうど現れるところを見ている。信じられないけど、そういうことも本当にこの世界にはあるんだな。


「‥‥‥っ」


 やばい、なんか興奮してきたかも! まさか地球にそんな裏設定があるなんて! 紗季さんが魔術を使うところはさっきみたし、ということは俺も魔術を使うことができるのでは!? しかも、異世界転生や転移などをしなくとも、この世界で!


 今まで妄想の粋を出なかったあんなことやこんなことがもしかしたら自分の手でできるのでは!? と、さらなる妄想の羽根を広げてると、紗季さんが呆れたようなジトッとした目を向けてくるのに気づいた。


「‥‥‥もう長い付き合いです。あなたの考えていることはなんとなくわかりますが、今はあの吸血鬼のことでは?」


「——っは!? そうだった! シアは紗季さんが言うような最低な存在じゃないですよ。納得がいきません」


「確かに、吸血鬼の反応があって来てみれば被害が特に見当たらず、しかもあんなに馴染んでるとは思いませんでした。吸血鬼もバカじゃないので潜伏するために天斗さんを洗脳してるとも考えましたが、そんな気配も全く感じませんでしたから」


「それなら——」


「しかし、危険な存在なのは間違いないでしょう」


「‥‥‥」


 そう言われると、何も言えなくなってしまう。俺だって紗季さんが懸念してることはなんとなくわかる。


「今は天斗さんが彼女の手綱を握っているようですし大丈夫だと思います。けれど、彼女があなたの言うことを聞かなくなり、その力を無造作に使えばどうなります? 街一つなど簡単に消し飛びますよ。そんな危険な芽は守護者として見逃すわけにはいきません」


「でも、それなら‥‥‥俺がしっかりこれまで通り見張っておけば‥‥‥」


「その言い訳が苦しいことはあなたも分かっているはずです。それに、もし仮にそれができたとしても、異世界からの侵略を是とする可能性を残すわけにはいきません」


「異世界からの侵略‥‥‥」


「えぇ、今はまだ大丈夫ですが、そのうち彼女の影響を受けてこの世界にやって来る者も出て来るでしょう。そのときどうするんですか?」


「それは‥‥‥」


 グッと、拳を握り締めて俯く。


 俺は、異世界人も吸血鬼もシアしか知らないから。さっきも言ったが、人間がみんな善人でないように吸血鬼もみんなシアみたいな人格じゃないはずだ。


 だから、紗季さんが言ったことの可能性が絶対に無いとは断言できない。もしもそんなことが起こった時に自分が何をできるのかもわからない。


 俺が何も言い返せずにいると、紗季さんはまた一つため息を落して、解決策を提示してくる。


「天斗さん、あなたの気持ちもわからなくはありません。今日、私が二人の様子を見た限り、お互いに小さくない絆を育んできたのでしょう。だから理性で納得ができても、感情が納得できない。‥‥‥なら、忘れてしまいましょう」


「‥‥‥え?」


 この人、今なんていったんだ? 忘れてしまいましょう? ‥‥‥え?


 思わず、うつむいていた顔を上げると、紗季さんは少し沈痛そうな表情をしていた。


「私は忘却の魔術が使えます。それで天斗さんの彼女と出会ってからの記憶を無くせば、あなたは何も知らない一般人に戻れますから。それが一番あなたのためです。安心してください、彼女のことは穏便に元の世界に返しますから」


 そう言って、紗季さんは右手を俺に向けて掲げる。


 そこからまた複雑に絡み合うような紫の魔法陣が現れた。


「——っ!?」


 本気だ。この人は本気で俺の記憶を消そうとしてる。それが非人道的であると分かっていても。


 紗季さんの目をみて、それを悟った俺は全力で逃げ出した。


 シアと過ごした記憶を消す‥‥‥? ——そんなの嫌だ! 嫌に決まってる!


 シアと出会って、一緒に暮らすようになって、まだほんのひと月程度。


 けれど、そのひと月は一人暮らしの五年間よりもずっと濃い時間で。


 誰かと過ごす時間が、とてもかけがえのないものだと気づかせてくれた。


 おはようと言う喜びを、ただいまと言ったらおかえりって返事がくる嬉しさを、おやすみと言える安らぎを、思い出させてくれたシアのことを絶対に忘れてなるものか!


「‥‥‥ごめんなさい。私がもっと早く対処できていれば」


 後ろから、小さく紗季さんのそんな声が聞こえてきて。


 振り返れば、もうすぐ目の前にその魔法陣は迫っていた。


「——シアっ」


 自分の胸に刻み付けるように叫んだ彼女の名前は。


「——天斗っ‼」


 どうやらちゃんと、届いたみたいだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ふむ、なんだかラブコメじゃなくなったような‥‥‥まぁ、主人公たちが思い通りに動いてくれないことなんていつも通りですしねw


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