第27話 天斗とヘタレ



「勝手なことを言わないでくださいっ!」


 紗季さんに向かって、そう叫ぶシア。


 いつものほんわかした雰囲気を潜めて紗季さんの話を真面目に話を聞いていた夢原も、シアの突然の行動に驚いてる。


 紗季さんも、今まで静かにしていたシアが大きな声を上げたことで少し驚いた表情をしたものの、すぐにスッと視線を細めてシアを見つめ返した。


 シアはそんな紗季さんをジッと見て、更に言葉を連ねる。


「あなたがどこのどなたか知りませんが、天斗はここ数日間、ずっと徹夜をして頑張っていました! 私が止めなければいつまでも寝ようとせずに! それなのに天斗に理不尽な物言いを言わないでください!」


「いや、シア。それでも締め切りに間に合わなかったんだから悪いのは俺なんだよ」


 俺は慌ててシアをなだめる。


 シアからしたら、紗季さんのことも知らないし、いきなり俺が説教を受けて理不尽なことを言われてるように見えるけど、どうしたって俺が締め切り間に合わなかったのがダメなんだ。


 そういったことをシアに説明してみたけれど。


「たとえそうだとしても、これだけは言わせてください!」


 しかしシアは何か納得がいってないことがあるのか、ズビシッ! っと紗季さんを指さして強い口調で言い切った。


「私と天斗のことを妬ましいとか言ってますけどね、私はまだ一度も手を出されてないんですよっ!!」


「‥‥‥はい?」


「ちょっ、シアっ!? 何言ってるの!?」


 本当にいきなり何を言ってるのこの子は!? さっきまで俺が説教されてたのに、突然話がぶっ飛んでしまったんですけど!


 これには紗季さんも追いついていけなかったのかポカンと硬直している。


「いいですか? あなたは根底から勘違いをしてるんです。私は天斗のことが大好きで常日頃から迫ってますが、天斗からは一度だって迫られたことは無いんです。そもそもまだ恋人関係も認めてもらえてないんです。‥‥‥私はすぐにでもそうなりたいのに」


 シアがそう言って俺たちの関係性を言うと、紗季さんは困惑した表情を見せて、俺の方を見て来た。


「どうして恋人関係でもないお二人が同棲しているのか、説明してもらえますね?」


 ということで、俺は改めてシアがここにいる経緯を説明する。シアが吸血鬼であることや異世界からきたことは秘密にして、怪我をして倒れていたところを見つけて介抱したことが切っ掛けだったことや、それからシアがここに来てからの生活のことなどだ。


 そして、それを最後まで聞いた紗季さんは、俺に向かって一言。


「‥‥‥ヘタレですね」


「ぬぐっ」


「色々理屈を並べてるようですけど、ようは逃げてるだけでは? 今時流行りませんよヘタレ主人公なんて」


 ‥‥‥散々な言われようである。‥‥‥というか。


「その歳で交際経験がない人に言われても」(ボソッ)


「——ああん?」


「ひぃっ!」


 そんな紗季さんにぼろくそに言われてる俺たちの隣には、哀れみの視線を俺に向けながらシアを慰めてる夢原の姿が。


「でも、私でもちょっとないと思うなぁ。天斗くんの言いたいことも分かるけど、女の子にいっぱい恥をかかせちゃって。シアちゃんはこんなに可愛いのに」


「そうですよね! 私、可愛いですよね! 最近ちょっと自信を無くしそうで‥‥‥」


「うんうん、シアちゃんは可愛いぞぉ。天斗くんがダメダメなだけだから元気出してね。いい子いい子」


「うぅ‥‥‥千結~!」


 なんだこの状況。俺が悪いんですかね‥‥‥? 俺が悪いんでしょうなぁ‥‥‥。


 でも、しかたないじゃんか! 俺だって男だから悶々とすることだってあるし、シアの無防備な姿にコロッと行きそうになる時はある! お風呂あがりとか!


 それでもいつも鋼の理性で堪えてるんだよ。なし崩し的に爛れた関係にはなりたくないし、シアに身体を許したら何されるかわからないし。そもそも、シアは吸血鬼で異世界人なんだからさ!


 しかし、そう言ったことを言いたくても今のこの状況だとさらにヘタレといわれてしまう‥‥‥。シアのことに関しては紗季さんには言えないし。


 ここは甘んじてヘタレという非難を受けるしかないのか‥‥‥。


「ほら、あの様子はまた頭の中で変な言い訳を考えてるみたいですよ」


「ほんとだねぇ。ヘタレが極まってるねぇ」


「天斗、いつまでも私に恥をかかせないでくださいね!」


 ぬぐぐ……。シアはともかく、紗季さんと夢原の呆れた視線に文句を言いたけど我慢だ。


 というか、夢原にいたってはシアが吸血鬼だってことを知ってるはずだから絶対面白がってこう言ってるに違いない。


 それからしばらく、俺は三人からヘタレだのなんだのとなじられて。


 パンパンと紗季さんが手を叩く音が響く。


 みんなが手を叩いた紗季さんに注目すると、俺とシアの関係がはっきりとわかって誤解が解けたからか、ここに来た時より、幾分か柔らかい声色で話し出した。


「とりあえず、あなたたちの関係はわかりました。先入観で誤解してしまったことは謝ります」


 そう言ってぺこりと俺たちに頭を下げる紗季さん。


「しかし、それなら未だに天斗さんはフリーということですね。私にもチャンスがあるかもしれませんね」


「はい?」


 いや、この人もいきなり何言ってくれてんの? 拗らせてるの?


「むむっ‥‥‥」


「おやおや? もしかして紗季ちゃんも天斗くん狙ってたのかな?」


「そんなの許しませんよ! 天斗は私のです!」


「ちょっ、シア」


 紗季さんの言葉に感化されたのか、シアが俺の腕に抱き着いてきて、威嚇するようにガルルと吠える。


 そんな俺たちの様子を見て紗季さんはケロリと。


「いえ、もちろん冗談ですよ?」


「‥‥‥」


 ‥‥‥いや、ほんとに冗談か? この人、冗談を言うようなユーモアなんて持ってたっけ‥‥‥? そういえば、二十歳になってから、時折紗季さんから送られてくる視線がギラっと狩人みたいになるときが増えているような‥‥‥。


「冗談はさておいてです。とりあえず、アマト先生が締め切りに間に合わなかった事実はかわりません。なので‥‥‥」


 紗季さんは書斎兼仕事部屋の方を指さすと、無慈悲なる言葉を紡いだ。


「今すぐ、原稿を仕上げてきてください。それまで私はここで待っていますので」


「え、いや、帰らないんですか……?」


「待ってます」(ニコリ)


「あ、はい」


 有無を言わさぬ綺麗な笑顔を向けられて、俺は反論することは出来なかった。悪いのは俺なので口答えはできません。


 でもなぁ、夢原はもう知られてるからいいけど、紗季さんとシアを同じ空間に残して大丈夫だろうか?


 まぁ、シアにも吸血鬼って言うことはバレないようにとは常日頃から注意してるから、多分大丈夫だろう‥‥‥大丈夫と信じたい。


 ‥‥‥一応、保険はかけておくか。


「あ、そうだ。夢原に原稿で相談ことあるからこっち来て」


「うん? わかったよ」


 仕事部屋に行く前にそう言って、夢原を手招きする。


「それじゃあちょっと、籠るからシアは後のこと頼むね」


「はい! 頑張ってください! あ、夜ご飯はどうしますか?」


「う~ん‥‥‥たぶん時間かかるから先に食べてていいよ。夢原と紗季さんの分も任せる」


「了解ですっ!」


 ピシッと敬礼を返してくるシアに見送られながら、夢原を伴って仕事部屋にやって来る。


 パチリと電気を着けたら、壁一面の本棚をびっしりと埋めるラノベや漫画に出迎えられ、俺はいつもの定位置についてノートパソコンを起動させた。


「おぉ~、前来た時とラインナップが変わってるね~」


「シアが興味をもった作品とかを入れ替えたりしたからな」


 パソコンのロックを解除しながらそう答えると、何故かくすくすと微笑ましそうに笑われる。


「‥‥‥なんだよ」


「いやぁー、天斗くんの生活はすっかりシアちゃん中心になってるなぁって思ったんだよぉ」


「別にそんなことないと思うけど」


「そうかなぁ? だって、最近サークルにも顔出してないでしょ? それって、シアちゃんが心配だから早く帰ってるんじゃないの?」


「‥‥‥まだ危なっかしいから。一回洗濯機を爆発させてたし」


 なんか、素直に認めるのは気恥ずかしくてそう言ったら、またからかうように笑われた。


「というか、なんで紗季さんを連れて来たんだよ。夢原はシアがいること知ってだろ?」


「う~ん、私も最初は引きとめようとしたんだけどねぇ。紗季ちゃんがなかなか強引で止めきれなかったんだよ。ごめんね」


 困ったように眉を寄せて謝ってくる夢原。


 まぁ、そんなことだろうと思ってたから気にしてない。あの人が決めた道を食い止めるのはかなり骨が折れる。


「とりあえず、シアの正体がバレそうなったりしたらそれとなくフォローしておいて」


「りょーかい! この千結さんに任せておきなさい!」


 本当に頼むぞ! 俺はこれからここに籠ることになるからな。


 そんなこんなで執筆ツールを開き、途中まで書いてある原稿を表示すれば準備完了。


「それで、相談したいところってどこのシーンかな?」


「えーっと、ここのところなんだけど、挿絵を頼むときの候補にしようと思って——」


 耳に髪をかける仕草をしながら、グイっと後ろから顔を寄せてくる夢原から甘い香り漂ってきて少しドキッとしたけど、すぐに意識を切り替えて俺は仕事モードになる。


 さて、どれくらいの時間で仕上げられるかな。


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