第2話 低層社会の諸現実

破壊の限りを尽くした第3次大戦がもたらしたのは、全世界的な地上荒廃だった。

"東西再分裂"――それが招いたのは、皮肉なことに東も西も無い世界。

地上居住を諦めざるを得なかった人類は、地下世界に未来を託した。

ここ第147番地底都市「サターン」は、"螺旋隧道型地下構造体"――言うなれば螺旋トンネル状の地下都市で、当初は全30層、人口2万人を抱えていた。

閉鎖空間にあって、煤煙の問題がある工業は衰退。

現在では、都市を地下水流入による水没から守るための生命線である4台のポンプすら満足に整備できないという有様だ。この場所は、もはや限界を迎えている。


この都市には、最上層から順に第1層、第2層……ときて第5層までの通称「上層」と、第6層から第16層までの「中層」、第17層以下の「下層」という区域が存在する。

この上下は即ちヒエラルキーの上下でもあり、主に上層には権力者や金持ちが、中層には庶民、下層には貧民が住まっている。

上層、中層の壁面から流れ込んだ地下水が下層に向かってチリゴミを巻き込んで流れていくので、下に行けば行くほど衛生状態も悪く、更にポンプの調子が悪い時には最下層部が頻繁に水没する。住環境の良し悪しもこの上下に依っており、貧民は常日頃から惨めな生活を強いられる。

自らの立場を日々自覚し易いという、これまた為政者はじめ金持ち達にとっては悦に浸りやすい構造ではあるが、そんな自己満足に付き合わされる下層民の悲哀といったらないだろう。

要するにこの都市は腐っている。


来週末には、都市延命のためにポンプの稼働率を落とし、それとともに社会の暗部である最下層、第26層から5層分が中の人間共々沈められる予定である。

10年前、第30層から第27層までが閉鎖された際にも、事前通知無し、退去する暇など与えられず、大勢の下層民が見殺しにされたことがある。

このまま通常稼動を続けて、近いうちに上層まで全滅するか、それとも一部の下層民を犠牲にして、都市の延命を図るか。

そんな究極の選択を突きつけられて、当然のように権力者達が選んだのは後者の方だった。

曰く、最下層は都市の暗部であり膿であるから、犯罪率低下と閉鎖都市にあって喫緊の課題である食糧問題の解決を狙って、いっそのこと住人もろとも沈めてしまえ、と。

都市築造から50余年、構造物も社会も腐った末路がコレだ。


「まったく、反吐が出るぜ」

喫茶店で独りごちる。

思っていたより声が通ったらしく、周りの客が揃ってこちらを向く。カウンターの右3つ隣で本を読んでいた常連らしき皺の濃い爺さんが、射殺さんばかりの眼光で睨んできた。

俺はいたたまれなくなって、そそくさと店を後にした。

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