第6話 燐
「君を見つけた人がいただろう? 彼は怪我をしていたけれど、殺す気だったのかい?」
犯人でないことは確定したが、患者にはもう一つ容疑がある。初任務の猫探しで現場に遭遇してしまった、可哀想な局員に対する暴力行為についてだ。その意思があったのならば、罪も当然重くなる。
しかし患者は首を振った。
「違う。僕を見て犯人だと勘違いしたみたいだったから、これは良くないと思って脅そうとしただけだ。たまたま刃が当たったおかげで無抵抗だったし、刃を突きつけて脅せば黙るだろと思ってな」
人に刃を向けることには抵抗はないようだが、同時に殺意もないようだ。
「となると、君相当運がないね」
「ああ、ないな」
患者の言をまとめると、命令されて男に会いに行くとその男は死んでおり、それを第三者に見られて犯人扱いされ、慌てて脅して逃げようとしたところで足を撃たれ、その後反対の足を罠に挟まれたということになる。今まで閉じ込められていたことも鑑みると、その運のなさは相当なものだった。相手の局員も不運だっただけに、両方被害者と言えなくもない。
とはいえ、これで患者の容疑は完全に晴れただろう。その襲われた方の局員もここに呼んで話を聞くことになっているが、余程面倒くさい性格でなければ納得してくれるはずだ。
クローフィはふむ、と一度考えを巡らせ、患者自身の核心を突く質問へと切り替える。事件についてはもう十分だろう。
「そうそう、まだ名前を聞いていなかった。呼びづらいし教えてくれるかい? 先に言っておくと僕はイル・クローフィ。呼び方は任せるよ。で、こっちは息子で助手のレヴァン」
にこやかにそう聞いたが、患者はすぐには答えなかった。事件については軽く話してくれたが、自分のこととなるとやはり答えづらいらしい。
そうでなくても、目が覚めて見知らぬ覆面の男と胡散臭い医者に囲まれていたら誰でも警戒するというものだ。それを察してかレヴァンも会話に加わる。
「私たちは見るからに怪しいですが、あなたの治療をするくらいの善心は持ち合わせていると思っていただければ」
「その後利用するつもりなんじゃないのか」
「君は自分にそこまで利用価値があると思っているのかい? 金と時間をかけてその足を治してまで利用する、それだけの価値が」
「…………」
「ともかく、あなたの”ご主人様”よりは遙かに信用に足ると思いますよ」
そこまで言ってようやく観念したのか、小さな声で「
「燐ちゃんね。よろしく」
「”ちゃん”?」
さらりと”ちゃん付け”をするクローフィに、燐が眉根を寄せて訝しむ。
「だって君、女の子でしょ?」
当然のことのように言うクローフィ。レヴァンは驚きの声を上げかけて慌てて口を抑えた。自分が見た目と話し方で判断したことが失礼だと思ったのだろう。だが、
「女には”ちゃん”を付けるのか?」
燐が訝しんだのは性別についてではないようだ。
「うん? 君たちにはそういう概念はないのかい?」
「さあ。少なくとも僕は知らないな」
「そうなのかぁ……。レヴァンメモしといてね」
「してます」
「ちなみに男の子には”くん”をつけるんだよ。まあ、一応そうなっているというだけで、誰をどういう呼び方にしようがその人の勝手かな。燐ちゃんが嫌だったら言ってくれればいいよ」
「いや、別に。どうでもいい」
「ドライだねぇ」
クローフィは自分でも軽くメモを取りながら楽しそうに笑った。この状態であれば爽やかな好青年といった感じなのだが。
「さて――」
軽くコミュニケーションも図れたところで本題に入ろうとした彼らの元に、一本の電話が入ってきた。レヴァンがデスクまで取りに行く。何事か話した後「迎えです」とだけ言って部屋を出て行った。
「迎え?」
燐が不思議そうに聞いて、
「君も知っている人を呼んだんだよ。君たちのことを知ってしまった訳だし、話を一緒に聞いて貰わないとね」
クローフィが笑顔で答えた。
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