第16話 再期再会

第16話 再期再会



 金属同士がこすれてきしむ音が続く。

 何対もの足が、足を叩き付けるように床を蹴る音だ。

 やつらは背後から執拗しつように追いかけてきているのだろう。


 おそらく床の表面は想像以上に硬いに違いない。

 音から察するに、人の体重が乗った金属製の具足が床材に食い込んでいない。

 足が床ですべらないよう踏ん張って走る必要があるという事である。



 さて、それにしてもこれはどうしたことだろうか。

 いつの間にか音がようになっているわけだけれども。

 といっても、別に何かしらの異常が身体に発生していたわけではない。

 むしろ音が構造物の材質に吸収されて聞き取りづらい環境であった、というのが自分の認識だ。


 そういった細かいことが気になる。

 うまく言葉にできないけど、何か大きな変化が起きている事くらいは自分にも分かる。


 でもね。


 おおよそ既視感のある状況になってしまっているのは何故だろう。

 いったい何をどうすればこんなに走ることになるのだろうか。

 でも、自分は殺意を持って追われるようなことはしていないはずだ。

 よもや追われる側が逃げる理由もないなどと追っている側とて思うまい。


 そもそも自分は逃げているわけでは無い。

 なんとなく死ななければいいかな、くらいに思っているだけだ。

 たとえ追いつかれてもような事態にはならないけれど。

 相手側にもつもりなどないと分かっているわけだし。

 そういった意味では、自分には逃げる理由も意味も無い。無いのかな?


 要するにこれはただの追いかけっこで、遊びのようなものなのかもしれない。


 追いかけているのはたくましい男たち。摩訶不思議ミステリアスなこの肉体にご執心だ。

 言わずもがな、騎士団長さん率いる屈強な肉体派騎士さんたちのことだった。


 なぜだか詳細を語るほどに実情と乖離かいりしてゆくように思える。


 おかしい。なぜだ。実体験上の話しかしていないのに。真実って何だ。



 先程から反響によるものか、騎士さんたちの話し声が耳に入ってくる。

 行動を抑制するような言葉では無いが、連携はとれているのだろうか。

 だいたい『もしかして魔物?』『魔物か』『じゃあ斬っとく?』みたいな感じだ。


 そこまで軽い表現ではないだろうけど、まあ概要は同じだろう。

 こちらを魔物の仲間だと決め付け、存在を抹消するつもりなのだ。


 そして、騎士さんたちの判断がそれほど間違っているとは思えなくて困る。


 これはどうすれば自分が魔物ではないことを立証できるかなどという話ではない。

 悪魔の証明というよりむしろ、実在していた悪魔の安全性の確認だ。

 とりあえず切り捨てて殺せれば安全、殺せなければ危険、みたいな。

 これはそういう感じの話だろう。


 反証する根拠がないというか、自分でもその疑惑を捨てきれないから困る。

 魔物と疑われても仕方がないような、極めつけの物証があったのだから。


 どう考えてもアレは人の中から出ちゃいけない類のものだ。

 うーん、見られたことで何かしらの社会的影響が出ないとも限らない。

 いや出たとか出ないというより出されたと言うほうが正確なんだけど。


 ああ、人の手が入ったか否かの違いだけで結果は同じだよね。

 まあ些細な違いだし、似たようなものかな。


 あの球体がいったい何なのか、未だに何も分からない。スッキリしない。

 まさかあれが生体臓器の代用品だったなんていうこともないだろう。

 支障も後遺症も出ていないのだから、それほど重要な物ではないはずだ。

 結石みたいなものだろうか。いや、結石にしても大き過ぎるけど。


 魔物が既存の動物(人含む)の姿になることはない。猫耳さん談。

 人のパーツを出鱈目にくっつけたような形の魔物なら見た気もするけど、外側だけそっくりな別物を適当に繋ぐだけで出来上がるほど人間は簡単な構造じゃないだろうというのも分かる。


 でも、核である魔素結晶を抉り出したら魔物は存在を維持できないはずだ。

 すると不定形な母体種とかいう奴の仲間なのか、または完全に新しい種なのか。

 ならば魔素結晶が、体内に複数存在しているという可能性もある?


 ……どれもなにか違うような気がするな。

 核が複数ある場合も、数が減れば形状を維持できないと聞いた。

 言葉の通りに存在の核心なのだ。魔物はその身体構造すら核に依存している。

 だけど自分の身体は違う。大きな核っぽい何かを失っても、外見に影響が無い。

 わけがわからない。魔物の存在は不自然だけど、自分は魔物としても異常だ。


 あと、皇帝さんは何らかの方法で魔物の魔素結晶の位置を特定していたはず。

 それこそ不可解な物でも見るような、皇帝さんの微妙な表情も見ている。

 この身体にはもう、魔素結晶に似た何かは残っていないと考えても良いだろう。


 もしかして、それが問題なのだろうか?


 人は殺せるし、魔物は消せる。

 生首のまま動く皇帝さんを何とかする方法だって、騎士団長さんの様子を見た限りではきっと何かあるのだろう。


 猫耳さんも、相手が皇帝さんだろうと何とかできるみたいなことを言っていたし。

 だがこの身体を殺す方法は無い。少なくとも現時点では対処法が不明だ。

 いや対処法なんて存在しないかも、という懸念が危機感へと発展したわけか。

 すべてが悪い方向に繋がって、皇帝さんよりも脅威だと判断されたと。

 きっと何かの間違いだと思うんだけど。過剰反応じゃないの。


 未知の存在を警戒するのは、確かに生物としてごく自然な事なのだけど。

 完全には無力化できないかもしれない、という程度なのが実質的な内容だ。


 物理的に自分が単独で魔物退治を実行したことは一度も無かったはずだ。

 量より質に重点を置いていたって武器は剣モドキ一本しかない。

 戦闘能力があって危険だと判断する材料が思い当たらない。


 こういった存在を人の立場から見るとどうなるんだろうと考える。

 たとえ魔物ではないと証明されたとしても、安全性を担保するものは無い。

 ついでに言えば、心肺停止しても行動を制限できないというのは大きな不安材料だ。

 人を傷つけたり妨害するのが致命的な場面なら対処できないということになる。

 生物でも魔物でもなく、そのどちらとも戦う力があり、制御も不可能。

 ダメだ、要点だけ列挙すると早急に処理すべき危険物でしかないな。


「――!」


 どうしよう。これこそが詰んでいるとかいう状況かもしれない。

 ここまでの騎士団長さんや騎士さんたちの行動方針をかえりみれば明らかだ。

 だいたい魔物は斬れ、疑わしきも斬れ、迷ったら斬れ、みたいな所あるし。

 まあ魔物ってのは疑うべくも無く魔物然としてるものなんだけど。

 物理的に元に戻らなくなるまで斬られるとか、ちょっと冗談じゃ済まない。


 猫耳さんだってそこまで過激では……いや魔物への対応は大概たいがいか。

 やたらと苛烈な性格とか性質みたいなものは、帝国共通の流儀なのかもしれない。

 もしかして帝国軍人の行動規範ガイドラインでもあったりするのかな。

 なんで意思疎通できる相手にも暴力的な解決を求めるんだ。賠償を請求したい。


「――――!!」


 おたがいに同じ言葉を理解しているのなら、対話だってできるはずなのだ。

 まずは話し合うことから始めてくれても良いんじゃないだろうか。


 言葉が聞こえるといえば、今になって気が付いた事がある。

 うまく説明できないけど、自分の靴が立てる足音も聞こえているのだ。

 今さら何を言っているんだとか聞かれても、これまた説明に困る。


 強いて言うなら空から通路に落ちて、部屋まで足音も砂も服も靴も無かったはずだ。

 いつのまにか胸に穴を開けられて皇帝さんは首が飛び、足音が戻っていたのだ。

 あとなぜか傷も治って血も消えて、ついでに服や靴が身体から生えてきたり。

 いや本当に、話を短くまとめると何を言っているのか自分でも分からないんだけど。

 つまり、そのくらい色々とあったのだ。短い間に変なイベント詰め込み過ぎである。


「――ぃ、――!」


 とにかく装備も元に戻ったということか。変質者と間違えられる事は無くなった。

 変質者扱いよりもさらに酷い状況に追い込まれている気がしないでもないけど。

 人生設計の見直しが必要だと思う。尊厳のために安全を犠牲に強いられている。

 不思議なことに死ぬほど危険な状態にはならないというか、死なないだけか。


 幸いだったのは、十分な時間があったことなのかもしれない。

 中心部こころに付けられた傷は、時間が自然に癒してくれた。

 胸が張り裂けそうな思いも、いつまでも続くわけではないという事だろう。

 奪われてしまった自分の中心核マイ・ハートだけは元に戻らなかったけどね。

 ……ここまで、だいたい物理的な意味で。


「――から、――――!!」


 こうして復元の過程を思い出すと、いかに人間離れしているのかがよく分かる。

 そのとき復元された服と復元されない装備の違いはよく分からなかったけど。

 何によってその差がついたのか……慢心と環境の違い? いや意味がわからない。


 もしかしてこの服は体表を覆う皮膚とか鱗のようなものだったりするのだろうか。


 ……え、なに、ていうことはコレって衣類ではなく、全裸と同じなの?


 でも仮面とかマントとか水袋とか、新たに身に付けた諸々の品は消えてる。


 何ひとつ残ってないけど、謎の部屋にあった謎の物品群は何だったんだろう。

 もしかすると触れたことで体内に吸収されてしまったのだろうか。

 つまり食べちゃったのか。いやいや、悪食ってレベルじゃねえぞ。

 まさか、得点になったり何らかのパワーに変換されたりしないよね?

 なら次は、制限時間内なら化け物モンスターを食べることが可能です、とか?

 いやいやいや、いくら何でも、ねえ?


「ちょ――、――てるニャ!!」


 うーん、魔物かぁ。

 いや、魔物なのかなあ?


 ……違うよなあ?


 もし自分が魔物なら、猫耳さんが見逃すわけがないんだ。

 おそらく、とっくに猫耳さんに斬りかかられているはずだと思う。

 自分には自分が魔物か否かを判断する方法など知らない。考えも付かない。

 分からないなりに、猫耳さんの感覚を信じればそれで良いのでは無いだろうか。

 だれか他の人の納得とか感情とかはもう、今さらどうでもいいんじゃないかな。


 魔物でもなく、人でもなく、どちらにも似て、けれど全く別の存在。

 物理法則がどうとか、もう猫耳さんのことを人外扱いできない気がしてきた。

 生物ではないのだから、まともな死に方はできないだろう。言葉通りの意味で。

 死に至る傷で死なないというだけの話じゃない。核が無くても消えないのだ。

 もし死にたくなったらどうすればいいのかという話である。どうしよう。

 この世界の果てへ来ていちばん深く考えさせられているんじゃあないだろうか。

 まさしく規格外の化け物モンスターとはこのことだと思う。

 ちょっと困るよね。まあ、べつに今はそれで困ってるわけじゃないけど。



「――――っぇぇえヤッ!!!」



 転ぶ。


 身体が浮き、視界が回る。

 直後、平面に顔面をしたたかに打ち付けた。壁か。それとも床だろうか。

 後ろから足を何かに引っ張られるような感触があったような気もする。

 なにかつまずくようなものでもあったのだろうか?


「っく、空気がスカスカな、だけで追いつけないとか、ちょっと自信なくなるニャ……」


 足元を見る。

 金具。それも先端がフック状になった危険なものだ。

 これは危ないな。普通の人なら頭を打って即死だった。

 こんなところで遊んでいたのは誰ニャ? 玩具は使ったら片付けるニャ!


「おまえアイビスの話を聞いてるニャ!? 聞こえてたら無視すんなニャ!」


 なんとなく猫耳さん口調で考えていたら、息を切らせている猫耳さんが見えた。


 うん?


「コイツおかしいニャ……こんなとこ平気で走ってるし、きっと何かの詐欺さぎニャ」


 やばい、頭を打ったせいでおかしくなったかな。幻覚が見える。

 だってありえないだろう。猫耳さんが息を切らせるとか何の冗談だ。

 なぜか幻覚に合わせて幻聴まで聞こえてくるあたり、妙にリアルだけど。


 ……いやリアルなのか。リアル猫耳さんだ……え、何でいるんだろう?


「まあいいニャ。とにかく凄くヤバイ空気がするニャ。ここもキナ臭いニャ」


 いや、いるよね。それはもう、いるのは当たり前だった。

 たしかに、主人公的にも一連のイベントは外せなかったのだろう……けど。

 シリアスな場面はもう終わったというか、終わらせちゃったんだ。ごめんね。

 まあタイミング外して再会って、ある意味で猫耳さんらしいのかもしれない。


 それに凄くヤバイらしいけど、空気がするとか言ってる時点で意味不明だ。

 うん、よく考えたら安定の猫耳さんだった。猫耳さんが意味不明でヤバイ。

 猫耳さんがヤバイって言った時点でどうにもならない気がするんだけど。

 感覚派の会話はこれだから困る。


「いやでもこれは、この気配……そんな、ありえない、まさか、そん、な?」


 猫耳さんが声を震わせ、言葉を切る。

 目の焦点が合っていなかった。


 ……違う、そうじゃないのか?


 


 目の焦点はどこかに合わせられている。

 こちらから目をらしているのか?

 わずかに視線にズレがある?


 いや、視線は逸れてなどいなかった。

 でも真っ直ぐにこちらを見ているわけでもない。

 すこしだけ後ろへと向けられている。


 何か起きたのか、何かがそこに在るのか。

 気になって振り向く。



 白くて丸い毛玉。

 獣と呼ぶにはその佇まいが不自然。

 人にしてはあまりに小柄で、子供のようにも見える。


 だからそれは、一目では獣とも人とも区別が付かなかった。


 白い毛玉は棒状の何かを片手に持ち、穏やかに立ち上がった。

 毛玉の背は曲がっている。立ち上がってなお、小柄であることは変わりない。


 だが、毛玉の正体が人だと確信できた。

 なぜなら立ったり歩いたりするために杖を突くのは、人間くらいしかいない。



 全身が、白によって覆われていた。


 白髪、白眉、白い髭。色素が失われた白。

 毛皮の服すらも体毛に色を合わせて全身を覆っている。

 だが、やはり目を引くのは白いと白い

 よもや、ぴこぴこと動くそれが、まさかイミテーションの類とは思えなかった。


 他に例を見ないような、否、一人だけしか例を見なかった身体的特徴である。

 似たような例を他に知らない。

 ならばそれは、その一人との近しい関係性を示しているのではないか。

 いや、しかし、に血縁はないはずだけれども?


「鍛錬を忘れておらぬか、アイビス」


 白い毛玉が猫耳さんに声を掛けた。

 毛で視界が覆われてまともに見えていないのだろうか。

 というより白い毛玉から自然に無視されてしまっている。

 こちらの疑問は置き去りだ。まあ確かに質問はしていないけれども。

 猫耳さんは……白い毛玉が現れてからの反応がおかしい。


、なんで、こんなところに?」


 猫耳さんが硬い表情で声を返す。平静を装っているのだろうか。

 だが、焦燥しょうそうとか緊張とか動揺といった感情の波が隠し切れていない。

 また語尾の『ニャ』を忘れているし。


 しかも猫耳さんの尻尾と猫耳の毛が逆立っていて、これはつまり、警戒?


 でも猫耳さんの師匠って? いつから、そして、なぜ、こんな時に?



 いや、それよりも、どうやって、こんなところに?



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