第4話 脅威への対峙

第4話 脅威への対峙



 人気ひとけの無い街でG的な何かに追いかけられていた自分はどうにも記憶喪失らしくて前後不覚というかその状況に到るまでの記憶は全く無かったのだけど、追いかけていたのは実はダンゴムシのような何か(以下バケモノ)であってG的な何かではなく、辿り着いた赤い広場は合成樹脂っぽい謎素材で不気味。そこで手に入れた剣が実は剣じゃなくて剣っぽい打撃武器な棒切れのようなものであり、引っこ抜いたといっても特に武器が喋り出したりすることもなく自分が新たな力に目覚めるわけでもなく、少しばかり拍子抜けしたというかでも別に期待していたわけでもないし当然の成り行き。でもバケモノは大口開いて襲い掛かってくるし使い方に慣れるまで練習する暇も無いしわりと切羽せっぱ詰まってたし、もうなるようになれと勢いのままにバケモノ駆除のために振り回そうとしててみたり、棒の重心を飛んでくる相手に命中させるって言葉にするのは簡単でも実行するのは結構むずかしいんだなっていう事実を確信したり、武器を自在に振り回すことができないってことは武器に振り回されるってことなんだなって気が付いたりもした。飛び掛ってきたバケモノに当たって思ったより重かったことに気付いたけどなぜかいきなり爆裂四散やら行方不明やらで意味も不明。実は本当に当たったかどうかなんてよくわからなかったけど攻撃した自分のほうが意味不明で思い悩んでいるうちに超高速で近づいていたらしい猫耳と尻尾着けた不審者的な猫耳の人から剣を突きつけられて、しかも自分が持ってる剣モドキとは違って本物。本物切れそうというか切られそう、理不尽なんですけど。ちなみに猫耳の人はでっかい背負い袋を背負って「ニャ」とか語尾に付けてるけど恥ずかしくないのかな、と思いましたマル



 おおよそここに到るまでの経緯を要約ダイジェストにしてみた。


 いや、自分が何者かという質問の答えは未だ自分の記憶に無い。

 でも指し当たっての問題は記憶云々うんぬんよりも単純な事情である。

 よもや武器を向けられたまま落ち着いて回想できまい、という話だ。


 なにゆえ武器を向けられているのか理由はサッパリ分からないけど。

 かといって対応を間違えて斬られるというのも避けたい。

 ようやくバケモノとの追走劇(ただし追われる側)が終わったばかりである。

 しくも訪れた急激な変化のせいで理解がまるで追い付かない。


 時の流れや状況の変化というのは目まぐるしいものかもしれないけど。

 やばいくらい支離滅裂しりめつれつな思考は当事者の理解の無さゆえか。

 今だって、猫耳の人と相対している理由は分からないままだ。

 いや、この対峙たいじは猫耳の人の都合で強いられているようなものだろう。


 とにかく脅威なのか脅威では無いのかくらいはっきりして欲しい。

 むしろ武器の存在意義を考えるとバケモノの時より危険度が高いのかな。

 かなり緊迫した空気のような、でも割とそうでもないような気もする。

 しかし何故か今も危機感が働かない。そういう性格なのだろうか自分。


 なににせよ状況の原因も事の経緯も相手の要求も分からないのは問題だ。

 何にせよ一切の会話が無い。お互いに無言のまま、瞬きすらも無い。

 とにかくこういう場合、下手に動いて相手を刺激するのは危険だと思う。


 いつ近寄ってきたのか分からない、というより気が付いたらこの状況である。

 うん、これは足が速いのか。足音がしないのか。両方か。ニンジャかな。

 まあ何にせよ相手はスゴウデのタツジンで、自分では手も足も出ないに違いない。

 でもこの状況で殺されてないなら、殺す気があるとも考えにくい。


 いや、それより抜き身の剣を向けないでほしいんだけど。危険があぶない。

 ちょっと対等な状態とは言えないから、意見するのも躊躇ためらわれる。

 お互いに抜き身の武器を手にしていると見えなくもないこともないけど。


 うん。実情とは違うことは回想の乱れっぷりからお察しいただけると思う。

 なにしろ相手の武器は鋭く尖っている。刃が付いている。本物の凶器である。


 こちらが持っている刃も切っ先も無いナンチャッテ・ソードとは格が違う。

 よって斬り合いになったら大変だ。本物の剣は斬れるけど偽物の剣は斬れない。

 いや、それは一方的に斬られるだけじゃないか。斬り合いとは呼ばないから。

 この刃の無い剣があまりに頼りなくて、安心できる材料は見つからなかった。

 そう考えると下手な刺激は厳禁だ。でもなんで刺激する事が前提なんだっけ?


 こちらは架空創作物に登場する主人公様ではないのだ。

 まあ斬られたら普通に死ぬだろうし、刺されてもだいたい死ぬだろう。

 っていうか前にも思ったけど治療を受けられない状況下の怪我は致命的だ。

 たしかに人はいつか必ず死ぬものなので、死は避けられない宿命とも言える。

 人は己の運命を己の意志では曲げることはできないのだから。

 そう考えると世の中とはままならないものである。

 だが自分はまだ死ぬべき必然に巡り合ってはいない。

 つまり、今は死ぬべき時ではないということだ。

 とりあえず死んでみようか、なんて試してしまう人はいないだろう。


 何だか難しいこと考えようとして自分でもよく分からなくなってきたな。

 でもその内容は一貫して単純シンプルだ。自分自身が一番大事って事だ。

 言い換えれば生き延びた直後に死にたいとは思わないだけの話である。

 うん、安全とか保身って素敵すてきな言葉だと思う。


 などと考えていたら、猫耳の人の尻尾の毛が立っていたり猫耳が微妙にピクピクと動いて向きが変わることに気が付いた。何アレ、マジヤバイ。どうやって動いてるの。未だに剣とか向けられている気もするけど、そんなことよりも触って確かめてみたい。保身とか安全とか確かに大切だけど、もっと大切な事ってあると思う。触ってもいいかな。ちょっとだけだから、先っぽだけだから。ねえダメかな? ダメ?


 先程から何やらうなりはじめて考え込んでいる猫耳の人。

 見ているだけでも興味深い。特に尻尾が気になる。動くたびに気になって仕方が無い。つられて自分まで余計なことを考えて唸ってしまいそうになる。これは別の意味でも危険なのではないだろうか。主に絵面的な意味で。


 そんな事を考えている間に、猫耳の人は何やら納得して剣を鞘に収めてしまった。


 こちらが頭の中で状況整理おさわりを行っている短い間に、いったいどんな心境の変化があったというのだろうか。

 まさか心の中を読まれたとでもいうのか。

 でもそれはそれで反応がおかしい気もする。


 何かを確認したことで問題が解決した、とか。

 指名手配犯による変装の痕跡の確認、とか。

 つまり警察組織による巡回、職務質問?

 まあ、無いよね。そういう解釈は無理があるかな。

 むしろ逆に、猫耳の人が何かしらの問題を抱えているならまだ理解できる。

 人に武器を向けずにいられないのが性分なら問題だ。共感は出来ない。


 とりあえず武器をすぐ使える状態で持つのがこの界隈での常識なのかな?

 この界隈って何の界隈なのかよく分からないけど。

 バケモノが普通に存在する危険地帯だから無難な解釈ではあると思う。

 もしかすると相手こちらがバケモノではないことを確認していたのかも。

 え、ということは人型のバケモノも存在する可能性がある?

 見た目が人型で、人と同じ行動をするバケモノはバケモノなのだろうか?

 むしろ自然の化学変化で偶然に人と同じ構造になる物質があったりするの?


 いや、それなら潜伏中の犯罪者や武装集団への警戒と考えるほうが自然だ。

 たとえば殺人鬼、強盗団、テロリストとか、その辺かな。

 いずれにせよ武装して警戒を要すべき対象とか余程の案件だろう。


 でもそうするとやはり自分が警戒された理由が思い当たらない。

 こちらの得物である剣は剣だけど剣ではない。

 どちらかというと棒切れであって、ひかえめに見ても剣モドキだ。

 もはや遠目に見ても武器と判別できない程度には棒切れしている。

 ちょっと猫耳の人の思考過程が気になるところだ。


 いったい何があって脅威と勘違いされたのかが分からない。

 ということは、何かがなかったから剣を向けた可能性もあるかもしれないな。


 こちらに無くて、むこうにあるもの。

 そう考えて真っ先に思い当たるものはある。それも明確なものが。


 猫耳である。


 でもちょっと待って欲しい、原因は本当に猫耳だろうか。

 もしかすると原因は猫耳ではないかもしれない。

 何かが間違っているような気がしないでもない。

 だって普通の人に猫耳は無い。たぶん無い。無いんじゃないかなと思う。


 もし身体的特徴が原因で剣を向けたのなら、剣を収める理由が無い。

 いや、もしかして、理由が無かったけど出来た、という可能性も?

 今、まさに頭から猫耳余計なものが生えている、とか?


 まさか、そんなこと、ない、よね?


 おそるおそる自分の頭頂部を探る――よかった、生えてなかった!


 怪訝な表情をされたけど、自分にとっては大事おおごとだ。

 猫耳が人の頭に生えたら、それこそいち大事だいじだろう。



 猫耳の有無はさておき、ここまで会話が無いのも困る。

 言語というものは単なる情報伝達のためだけに使われるものではない。

 集団の形成と運用を円滑に行い、維持するために介在される道具でもあるのだ。

 会話成分が不足すれば、関係性の維持すらも不確実な推測に頼らざるを得ない。


 まあ簡単に言えば感情的な意味でも挨拶とか大切ってことだと思う。

 でも今さら挨拶するのも何か違う気はしている。

 どれだけ言葉を尽くしても微妙な感情まで余さず相手に伝える事は不可能だ。

 頭の中の脳内物質的な諸事情など、本人ですら完全には把握できないだろうし。

 脳内物質と神経系との相互作用を事細かに成分調査するのも非現実的である。

 人と人とが真の意味で分かり合うことはできないということかもしれない。

 心の底から誰かと通じ合うことなどありえないのか。悲しいね。

 つまり猫耳や尻尾をで回す妄想は垂れ流し放題で問題ないってことかな。

 なぜか思考の趣旨が変わってしまった気もするけど、大した問題じゃないだろう。


 いや、そんなことよりもこの状況である。

 どうすればいいのこの空気。自分は今いったい何を求められているの?

 この無音無言無表情での見詰め合いは一体何なの?

 あ、歌でも歌えばいいのかな?


 こういう時に提供できる話題が無いのは致命的だ。

 付け加えるなら提供される話題も無いのが絶望的だ。

 何故に剣を鞘に収めたのかと問いかけるのも躊躇ためらわれる。

 じゃあ剣を構え直しますね、みたいな感じで状況を巻き戻されても困る。

 やぶへびとか、好奇心は猫を殺すという言葉もあることだしね。

 ていうか藪も何もつついてないのに相手は蛇より殺傷力が高そう。

 あとこの場合、どちらかと言えば猫的な存在は相手側である。

 さらに付け加えるなら、そのとき殺されるのは自分側かな。

 つまり正しくは好奇心が殺されるから、好奇心殺す?

 よくわからなくなったけど何か言葉の用法を覚え間違えているのかもしれない。

 今はまだその言葉を語る場面ではない、ということか。

 また使うときがくるかもしれないので取っておくほうがいいのかな。

 問題にしている部分はそこじゃいような気もするけど。


 まあ、初対面の相手に精神状態を尋ねるのは利口な判断ではない。

 誰彼構わず出会い頭に正気かどうかを問いかけて回る人はいないはずだ。

 挨拶あいさつ代わりに精神状態を確認していては対話が成立しない。

 まず逆に精神状態を疑われるし、そうなれば社会的立場さえ失いかねない。

 そんな危険を自分がおかす意味も動機も無い。

 なにしろ自分は異常者ではない、はずだ。たぶん。そう思う。

 ええと、実は自分の経歴が記憶に無いのだから自信はまったく無いのだけれど。

 もし過去の自分が残虐非道の快楽猟奇殺人者だったりしても、ぶっちゃけ自分の知らない自分のことなど自分の知るところではない。もし何かの間違いでそんな記憶を取り戻したとしても記憶にございませんの一点張りで押し通してしまう所存である。


 聞く必要がないことは聞く必要がないから聞く必要は無いのだ。

 だから、聞かない。聞き逃す。聞こうともしなければいい。

 余計な荷物フラグ背負わない立てない。余計なイベントしない起こさない

 分からない事は分からないで済ませてしまおう。

 よし、思ったよりいい考えだなこれ。

 むしろ分かる事も分かりませんで済ませてしまう気概こそが求められている。

 思いつきだけど、この考え方はかなっている気がするな。

 うん、こういう方針を整えてこそ賢い選択に繋がるというものだろう。


 ここは無駄なことは一切触れず、相手にならうだけに留めよう。

 そう思って自分も武器を納めようと試みて、ふと気が付く。

 この剣モドキはそもそも収める鞘が無かった。

 それこそ何かを斬らねば収まりが付かぬ、などという事を言うつもりは無い。

 まあその場合でも、刃が無いから斬れないんですけど。

 だからそういう話でもない。


 そも最初から鞘が無いのだ。物理的な意味で。

 なにしろ謎パネルから引っこ抜いた単品ワンオフである。

 本体と鞘とが組み合わせて用意された抱き合わせセット販売の品物では無い。

 いや拾い物だけど。誰かから買ったわけではないけれども。

 むしろ無断で引っこ抜いてきてしまったわけだけれども。


 それ以前にこれ、本当に剣なのだろうか。

 何か別の用途で作られた物品じゃないだろうかという疑惑も継続中だ。

 これを入手した場所と経緯を考えると武器ですら無くてもおかしくない。


 現状では、抜き身で刺さったり切れたりするような危ない形状ではない。

 そう考えると鞘なんて必要ないのかもしれないな。

 ということで腰のベルトに挟み込む。


 でも、剣だろう。剣だ。剣なんだよね。

 どうしようもなく、それは揺るがない。

 これは刷り込みではない。と思う。それは剣と定義されていいはずだ。

 物品の出自は考えないという前提を付け加えれば。


 それ以外にしっくりとくる呼び方が思い浮かばないし、諦めは肝心かな。

 いや他の言葉に置き換える必要はあるのかな。あるかどうかも分からない。

 まず自分自身の感覚を疑うべきか。これが認知症の始まりなのかもしれない。


 これが鈍器として使える事は間違いない。

 そういう意味では武器だ。武器かもしれない。武器なんじゃないかなあ。


 結局、この剣モドキが何なのか、分かる日は来るのだろうか。

 知らないからといって何か問題がないとも限らないわけでもないけど。



 ……なんて思っていたら、猫耳の人が唐突に剣を振り抜いた。



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