第3部 終章 友達
第1回
1
あれから一週間が経過した。
期末テストが終わり、明日からは夏休みが始まろうとしている。
玲奈と桜はグラウンドに立ち、夏休み前最後の授業である体育の途中、ふと空を見上げた。
梅雨の明けた空はどこまでも青く晴れ渡り、強い日差しが力の限り地に降り注いでいる。
一学期最後の授業ということもあって、担当教諭からは各々好きな球技を自由にしなさい、との指示が出されただけで、当の先生は日陰で何か書き仕事をしている。
玲奈と桜は暑い日差しの中、バドミントンに興じていた。
周囲にはバレーボールやテニスをしているクラスメイト達の姿もあったが、中には日陰に入って談笑している子たちの姿もあって、完全に自由時間のようになっていた。
玲奈は桜と笑いあいながら、下手くそなりにシャトルを打ち合う。
あれ以来、例の死霊たちはぱったりと姿を現すことはなくなった。
梅雨の間に学校で見かけた死霊たちの数もめっきり減り、何事もなかったかのような日常がここ一週間続いている。
悩まされることのない日常の、なんと喜ばしいことだろう。
なにかとセクハラまがいの言動をしてくる桜を除けば、平穏無事な日々。
こんな日がずっと続いてくれればいいのに、と玲奈は願わずにはいられなかった。
そんなことを考えていると、
「あっ!」
桜の打ったシャトルを打ち返せず、ころころとシャトルが日陰の方へ転がっていく。
そこにはぼんやりと立ち尽くした相原奈央の姿があって、
「ごめーん! 相原さん!」
桜が相原に声を張り上げた。
それに対して、相原も軽く手を振って、
「だいじょーぶ!」
大声で答えて、足元のシャトルを拾い上げる。
玲奈はそんな相原に駆け寄ると、
「ごめんね。ありがとう、相原さん」
ううん、と相原は首を横に振り、初めて見るような優しい微笑みでシャトルを手渡してくれた。
この一週間、明らかに相原の雰囲気は変わっていた。
具体的に何がどう変わったのかまでは判らないのだけれど、まとっていた空気が柔らかくなったような気がする。
木村大樹によると、ふたりはなんと付き合い始めたというではないか。
もしかしたら、これもそのおかげかも知れないと玲奈は思った。
それと同時に、玲奈はこの相原奈央という女の子に興味がわいた。
もっともっと、相原のことを知りたいと思った。
だから玲奈も、相原のその微笑みににっこりと笑い返して、
「ねぇ、相原さんも一緒にやらない?」
その途端、相原も「えっ」と眼を見張り、驚きの表情を見せる。
「私と……?」
「うん」と玲奈は頷いて、「一番席が近いのに、今まであまり話した事なかったでしょう? 私、相原さんともっと仲良くなりたいから……」
そう口にして、玲奈は「迷惑かな?」とわずかにうつむく。
ちょっといきなり過ぎただろうか? もう少し仲良くなってから誘うべきだっただろうか?
そんなふうに思っていると、
「――うん!」
相原が、深く深く、頷くのが見えた。
玲奈はそれが嬉しくて嬉しくて、思わず満面の笑みが零れる。
それから相原は「あっ」と何かを思い出したように、
「ねぇ、宮野首さん」
「なぁに?」
「お婆さんに、お礼を言っておいて貰えない? 御守り、ありがとうございましたって」
「おばあちゃんに……?」
玲奈は、どういう意味だろう、と首を傾げた。
何故なら、玲奈の祖母――香澄はすでに肉体を失った死者である。
普通の人ならその姿すら視ることができないはずなのに、その祖母から御守りを貰った……?
「でも、おばあちゃんは、もう……あっ」
もしかして、相原さんも視える人間なのだろうか。
そもそも一週間以上前、玲奈の席の後ろで死霊たちに襲われる相原の姿を玲奈は見ている。
或いは、もしかして、だけど――?
「……えっ? それって、もしかして」
戸惑うような表情の相原に、玲奈は慌てたように手を振って、
「あ、うん! 伝えとくね!」
誤魔化すように、玲奈は笑顔で頷いた。
実際、相原が視える質なのか視えない質なのかはよく判らない。
判らない状態で、変に不安にさせる必要なんて、ない。
そんな玲奈の言葉に安堵したのか、奈央はほっと胸を撫でおろすように、「お願いね」と小さく笑った。
そんなふたりに、「おーい! まだー?」と桜が痺れを切らし、両手を大きく降って呼び寄せる。
「行こ、相原さん」
「……うん!」
玲奈は相原と共に、シャトルを待つ桜のもとへと駆け出した。
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