第2回
2
陽の光が差したり陰ったりを繰り返す蒸し暑い空気の中、玲奈と桜はこれといった最善案も思い浮かばないまま、学校に辿り着いた。
いつまでも思い悩んでいたって仕方がないから、と話題を変えた桜に玲奈も同意して、昨夜観たテレビの話、最近読んだ漫画の話、来週から上映が開始される観たい映画のタイトルなど、他愛もない話を教室で向かいあって話しているときだった。
「……宮野首さん、矢野さん」
突然ふたりを呼ぶ声がして、教室の出入り口のほうに顔を向ければ、そこにはよく見知った顔があった。
同じ三つ葉中学校の出身で、当時よく村田も一緒に四人で行動していた木村大樹である。
彼は中学校を卒業する際に、親の都合で市の北部の方へ引っ越していったはずだったのだが、村田と一緒にこの高校を受験して見事合格。結局、中学校でつるんでいた四人全員が同じ高校に入学することになったのである。
とはいえ、中学の時は偶然にも三年間同じクラスだったのだが、高校に入ってからは村田も木村も別のクラスとなり、前ほど一緒に行動するということは減ってしまったのだけれども。
その木村が、廊下から首を突っ込みながら、玲奈と桜を手招きしているのである。
玲奈と桜は顔を見合わせ、木村のところまで歩み寄ると、
「なに? なんか用?」
と桜は首を傾げた。
すると木村は教室の中をきょろきょろと覗き込むようにしながら、
「えっと……相原さん、いる?」
思わぬ人物の名を口にして、玲奈も桜も眼を見張った。
まさか、木村の口から相原の名が出てくるとは思ってもいなかった。あまり人と接点を持とうとしない印象の相原奈央と、中学校の頃から付き合いのある木村大樹との組み合わせがまるで想像できなくて、玲奈は思わず、
「まだ来てないけど、どうしたの?」
「あ、いや、その……」と木村は何故か口をもごもごさせてから、「図書委員で伝えておきたいことがあったんだけど、いないならいいや」
「あぁ、図書委員」桜は納得したようにうんうん頷いて、それから嘲るようにケラケラと笑いながら、「なんか神妙な顔してるから、てっきり相原さんに告りに来たのかと思ったじゃん!」
「――えっ!」
瞬間、目を丸くして頬を赤く染める木村に、玲奈も桜も、
「……えっ」
「……あっ」
と再び眼を見張って、木村の顔をしげしげ見つめた。
木村は視線をどこへやればいいのかきょろきょろと泳がせて、耳まで真っ赤に染めながら、心底困ったように狼狽えていた。気のせいか、手も足も震えているように見える。必死にそれを抑えようとしているようだったけれど、木村はそのまま目を瞑って、
「あ、いや、そういうわけでは、ないんだけれど――」
そんな木村に、玲奈も桜も一瞬目配せしてから、
「あ、いや、うん。なんか、ごめん」
謝る桜に、玲奈も両手を合わせて、
「そ、そうなんだ、木村くん、相原さんのこと」
「あ、あぁ、いや、でも頼む、誰にも言わないで! 相原さんにも!」
「い、言わない、言わないけど……ねぇ?」
「ねぇ? って言われても、それは、まぁ、うん」
何とも言えない空気がその場に流れて、しばしの沈黙が訪れた。
木村の色恋など、これまで四年ほどの付き合いの中で、一度も話題になったことはなかった。中学校の頃の記憶だと、普段は本ばかり読んでいて、恋愛ごとには本気で興味なし。例え桜が恋愛話を木村に振ったとしても、心底興味などなさそうに聞き流しているような感じだったはずなのだけれど…… 今の木村の反応は、あの頃の木村とは全く違い、本当に色恋に目覚めてしまったような印象を玲奈に与えて、いったいどう声をかければいいのか解らなかった。
桜に視線を向けてみれば、桜も「えぇ、マジか……」といった表情で木村を見ている。
そんな長い沈黙を打ち破るように、慌てたように木村は視線を無理やり戻して、
「――あ、そ、そうそう! そんなことより、一昨日の大雨、凄かったよね!」
「お、一昨日? そ、そんなに降ったっけ?」
桜に問われて、玲奈も記憶を辿ってみる。
確かにここ数日、曇っているか雨が降ってばかりいたけれど、大雨というほどの大雨が降ったという覚えはまったくなかった。昨日の帰りもそれなりに雨は降っていたが、いつもと変わらない普通の雨、といった感じだったと思うのだけれど――
そんな玲奈に、木村は「あっ!」と小さく口にして、
「そうだった、一昨日の大雨はうちの方だけだったんだ」
「へぇ。木村ん家、確か麻北区の方だったっけ?」
「そうそう、あっちとこっちの天気、微妙に違うんだよね」
「あ、そうなんだ」と玲奈も頷き、「そんなに降ったの?」
降った降った、と木村は大きく何度も頷いてから、
「凄かったよ。夜遅かったけど、雨の音の所為で目が覚めちゃったもんね。部屋から外を見てみたら、川も増水しててさ、このまま振り続けたら氾濫するんじゃないかって思ったから」
「そんなに。大丈夫だったの?」
「まぁ、本当に一時的なものだったから」
「それなら良かったね」
「うん、まあね」
その時、HRの開始を告げるチャイムが校内に響き渡った。
一斉に生徒たちが動き始めて、自分の席に戻るものや木村のように他のクラスから来ていた生徒が教室を出ていくなか、
「あ、チャイム。そろそろ僕も戻らないと。相原さん、結局来てないね……」
「まぁ、何か判ったらあとで教えるよ」
桜は言って、木村の背中をバンッと叩く。
「い、痛いって! なんだよ!」
「あんたと相原さんがどこまでの仲なのか知んないけど、頑張ってね!」
「よ、余計なお世話!」
木村は叫ぶように口にして、耳を赤くしながら、自分の教室へ戻っていったのだった。
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