第6回
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あんな話を相原さんにして、本当に良かったんだろうか。話さない方が良かったんじゃないだろうか。玲奈は桜と廊下を歩きながら、そんなことを考え続けていた。桜が相原に話したのは、ほとんどが三つ葉中出身者であれば誰でも知っているような内容だった。あくまで噂話の範疇。そこに桜のきいたという話も含まれているけれど、それすら核心に触れるようなものではなかった。確かなことは何も解らない、都市伝説レベルの話でしかない。それなのに、どうしてこんなにまで不安になってしまうのだろうか。桜も最後に「あまり気にしないでさ、その響紀って人が帰ってくるのを待てば良いんじゃないかなぁ」と相原さんに言っていたけれど、果たして本当に、相原さんは納得してくれたんだろうか。逆にあんな話をしてしまったばかりに、喪服の少女に――
「……大丈夫? 玲奈」
桜に声を掛けられて、玲奈ははっと我に返る。ぼんやり見つめていた廊下から顔を上げ、視線を桜にやった。
桜は心配そうに眉を寄せ、玲奈の手を握りながら、
「ごめん、あたし、余計なことをしちゃったのかな」
「あ、ううん」と玲奈は首を横に振って、けれど目を伏せながら、「正直、私も喪服の少女のこと、相原さんになんて話せばいいのかわからなかったから」
「一応、噂話以上のことはなるべく話さなかったつもりだけれど…… 大丈夫かな、相原さん。本当はこれから一緒に遊びに行って、気分転換ってわけじゃないけど、喪服の女の子のこと、忘れてもらおうかなって思ってたんだけど……」
そんな桜の言葉に、玲奈は目を見張る。
「え? そんなこと考えてたの?」
「そうだよ?」と心外だとばかりに桜は唇を尖らせる。「その場のノリだけで相原さんを誘ってたわけじゃないからね?」
「そ、そうだったんだ…… なんか、ごめんね」
てっきり、本当にその場のノリだけで遊びに誘ったんだと思ってた。桜は桜なりに、その後のケア的なことも考えていたんだな、と感心する。
「べ、別に謝らなくてもいいけど」と桜も焦るように軽く手を振り、「でもまぁ、あんな噂話を聞いて、自ら喪服の女の子に関わりに行こう、なんてことは考えないと思うけどね」
多分だけど、と桜は苦笑するように玲奈にいった。
「そうだね」と玲奈は小さく答え、視線を下にやって、「あれ……?」
ふと肩にかけていた通学鞄から、狐型のぬいぐるみキーホルダーが消えていることに気が付いた。
「コトラがいない」
「えっ?」桜も玲奈の鞄に目を向けて、「ほんとだ。アイツ、どこいったんだろ」
ふたりして図書室のある方へ顔を向けると、廊下をとことこ駆けてくる子犬――いや、子狐の姿がそこにはあって、
「あ、コトラ。何をしてるの?」玲奈は眉間にしわを寄せて、足元に寄ってきた子狐に屈みこんで、「ダメでしょ? 学校の中でそんな姿で……」
するとその子狐――コトラはくんくん鼻を鳴らして、
「す、すみません――ちょっと、おしっこしたくなっちゃって……」
「もう! そういう時は、先にいってくれないと!」
「ご、ごめんなさい……」
そんなコトラに、桜はへらへらと、
「ほんと、頼りないボディーガードだよねぇ」
あざけるように、笑ったのだった。
コトラとの出会いは数年前、それこそ三つ葉中学に入学して間もなくに起きた、あのお化け桜の一件の直後のことだった。玲奈の行動を心配したタマモが、その眷属であるコトラを目付け役として玲奈に寄こしたのである。玲奈が勝手な行動をとらないように、或いは玲奈の身に危険が迫ったときの護衛として。
けれど、
「あの変態のおっさんの時もそうだったけど、コトラ、ちゃんと仕事してんの?」
小馬鹿にするように桜がいって、
「あ、あの時は、あの人があまりにもあやふやな存在過ぎて鼻が利かなかったので――」
「はいはい、そうだよねぇ」と桜はコトラをいじめるようにくすくす笑い、コトラの鼻をつんつん突っつきながら、「その鼻は生霊には効かないからねぇ」
「や、やめてくださ――くちゅんっ!」
そんな桜とコトラに、玲奈は小さくため息を吐いて、
「桜、あんまりいじめないであげて」
「いやぁ、だってあんまりにも可愛いからさ、ついついいじめたくなるよね!」
「……ひどい」
コトラは呟くように言うと、ぽんっと再びキーホルダーの形に化けて玲奈の鞄にぶら下がって、そのまま拗ねたように黙り込むのだった。
「あぁ、ごめんね、コトラ」
その頭を撫でるように謝る桜だったが、もはやコトラは返事をすることもなかった。
「……本気で怒らせちゃったかな?」
「桜が悪い」
玲奈の言葉に、
「……はい」
桜は反省を表すように、深く肩を落としたのだった。
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