第9話 ちなつとけいし(4)

 八月。愛咲あいさき学園も、夏休みまっただ中だ。


 普段は図書室で宿題をする二人だが、今日は水族館に遊びに来た。





「わぁ……!!」


 二人がやって来たのは、イルカショーが行われる大きなプール。


 ちなつは歓声をあげて階段を駆けおりた。

 けいしは穏やかに笑いながら、そのあとを追う。



「ひろーい! 楽しみだね、けいしくん!」

「はは、だなー」


 普段は怒られてばかりのけいしが、今日は見守る側だ。



「おい、そんなに前に行くと濡れるぜ?」



 最前列近くまでおりたちなつに言った。

 ちなつはくるりと振り返ると、


「でも、せっかくなら近くで見たいじゃない」


 と、側の席に座る。


 荷物は少なく、着替えなどはなさそうだが。

 学校では大人びているが、ちなつもまだ十四歳の女の子なのだ。年相応にはしゃぐことが、たまにはあってもいいだろう。


 けいしは大きなリュックサックを背負いなおし、彼女の隣に腰かけた。






「みなさん、応援ありがとうございます! いよいよ最後の大技です!」


 イルカたちが、パートナーの手の動きに合わせて泳ぎだす。



「もう最後かぁ。何するんだろうね」

「なんだろ……。やっぱでかいジャンプじゃ」



 ジャンプじゃね、と言いかけたけいしを遮って、二頭のイルカが大きくとびあがった。



「わぁ……!!」

「おぉ……」


 二人は、イルカを追って空を見上げる。


 やがて、イルカがおりてくると。




 ざっぶーーん!!




「きゃあっ」

「うわ!」


 大量の水しぶきが、ちなつとけいしを襲った。






「う~ん、想像以上に濡れたな~」


 観客の多くが去ったプールで、ちなつがそうこぼした。

 かろうじて生き延びたハンカチで、まずめがねを拭く。


「だから言っただろ、濡れるって」

「うん、ごめんね、けいしくん。巻き添えくらわせちゃって」



 どこか楽しそうに謝るちなつ。

 珍しいめがねオフの上目遣いに、けいしの心臓がどぎまぎと音をたてる。



「別に、いいけど」



 照れかくしのように言うけいし。



 ちなつが服についたしずくをはらっていると、突然、視界が真っ白に染まった。



「きゃっ!?」



 悲鳴をあげると、けいしの香りが胸いっぱいにとびこんでくる。


(これ、もしかしてけいしくんの……?)


 おそるおそる顔に手をのばすと、あったのは柔らかいタオルの感触。

 顔をのぞかせると、けいしが照れくさそうに頬をかいた。




「風邪、ひかれたら困るし」




 不器用で単調な一言。けれど胸の内の優しさに、ちなつは今包まれている。


「ふふふ。ありがと」


 幸せそうに笑って、ふかふかのタオルにくるまった。

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