第4話 みいことおとや(1)

「やー、今日もすごい人気でしたなー。プリンセスみいこ?」


 大きな瞳にいたずらっぽい光を浮かべ、おとやが言った。

 みいこはカップを洗いながら唇をとがらせる。


「プリンセスはやめて。ほんと、あんなのでいちいち騒がれたらたまったもんじゃないわ」

「今日はなんだったんだ?」

「音楽のテスト。ヴァイオリンよ」



 想像するまでもなく、絵画のようなみいこの様子が手にとるようにわかる。おとやは困ったようにあー、と呟いた。


「しゃーねーよなー。みいこほどバイオリンが似合うやつなんてなかなかいねーしよ」

「ヴァイオリン」


 見事な発音で訂正しながら、みいこは怒りとともにベッドに腰かけた。


「世間では珍しくても、ここじゃあ当たり前のことじゃない。あなただって弾けるでしょ?」


 じとっとした視線に、否定できないおとやは肩をすくめた。




 二人は、幼稚園から大学院まである名門、聖ダイアモンド学園――通称アモ学の高等部二年生。


 演劇部のスターにして学園中のプリンセス、みいこ。

 体操部主将兼ラグビー部兼陸上部、各種運動部の助っ人にも入るスポーツマン、おとや。


 学校一の有名人である二人は、学校一有名なカップルだ。


 お互いの私生活を大切にする二人が校内で関わることはほとんどないのだが、では、なぜ有名なのかというと。



「あらやだ、もう六時じゃない。先生方が帰りだしちゃうわ」

「マジ?わぁ、これは今日も記録更新かもなぁ」



 おとやはさっと立ちあがり、ドアの正面にある大きな窓に手をかけた。

 綺麗に磨かれた窓が開け放たれると、九月の優しい風が部屋中に吹き込んだ。


(あ……)


 払われていくおとやの匂いに、みいこは思わず寂しげに立ち上がる。


「おと」


 つい口にだしてしまったみいこが、あわてて口元をおさえる。

 おとやは赤面するみいこに優しくほほえみかけ、




 その額に、そっと唇を落とした。




「え……?」

 呆然と額をおさえるみいこにいたずらっ子の笑みをうかべ、おとやはひらりと窓枠を乗りこえた。


「じゃあな、女子高生みいこ」


 固まってしまったみいこを置き去りにして、おとやはするすると女子寮の外壁をおりていく。


 ――アモ学名物、王子の壁登りである。



 みいこははっとして窓に駆け寄り、二階あたりにいるおとやを見下ろした。



「またね、私の王子様」

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