第11話 再会

私は今日何回めか分からないため息をついた。


「フローラ。そんなに緊張しているの?」

ため息を聞きつけたシャルロットが背中をさすってくれた。

「だって…黙って家を出てから…十年ぶりだもの」

「大丈夫よ。こんなに綺麗に成長したって喜んでくれるわ」

笑顔で励ましてくれる従姉妹が頼もしく思える。

———どちらが歳上か分からないわね。


王妃様から私の実家であるロージェル公国へ書簡を送ってから十日。

呼び出される事はあると覚悟していたが、まさか両親揃ってこちらに会いに来るとは思わなかった。

何でも転移魔法を使う魔導師がいるので日帰りで来られるらしい。

———私が城にいた時はそんなに力のある魔導師はいなかったはずだから、その後入ったのだろう。どんな人なんだろう。

ついそっちも気になってしまうのは職業柄なんだろうな。


「ねえフローラ…本当にその格好なの?ドレスを着た方がいいんじゃないかしら?」

「これが私の正装だからいいのよ」

私は白地に銀糸で刺繍を施したローブを纏っていた。

魔女である自分の立場をきちんと示したいのと———ドレスなんて無理だというのもある。

子供の頃は着ていたけれど、この歳で着るとなったらコルセットを付けなければならないのよ?

ただでさえ緊張しているのにあんなので締め付けられたら…それともいっそ気を失ってしまった方がいいのかしら。

「でも絶対ドレスの方が素敵よね…」

不服そうに頬に手を当ててシャルロットが首を傾げる。

「じゃあせめて髪を結いましょう」

「いいわよこれで…」

「ダメよそんな飾りの一つもないなんて!せっかくの素材が勿体無いの!」

剣幕に負けて髪をセットされた所で迎えが来た。

うう…早く森に帰りたい。




「フローレンス…!」

私の姿を見るなり飛びついてきた母は、記憶にあるよりも少し歳を取っていた。

「ああフローレンス…良かった…」

公主という立場も忘れて泣きじゃくる父も…前に比べてお腹が大きくなってしまっていたけれど。

「お父様…お母様…ごめんなさい……」

「いいのよ謝らないで…貴女が無事でいればそれだけでいいの……」

私に向けられる有り余るほどの愛情は、十年前と何も変わっていなかった。

———本当にごめんなさい。

大切な娘が…呪われた魔女の魂を宿してしまったばっかりに、こんな思いをさせて。


しばらく三人で抱き合っているうちに、私に向けられる視線に気づいた。

黒いローブを纏った男性が立っていた。

———この人が魔導師かしら?

三十歳くらいだろうか、黒髪の、整った顔に宿る切れ長の黒い瞳は…どこかで見覚えがあるような?

私と視線が合うと彼は笑みを浮かべた。

その笑顔にふと昔の記憶にある笑顔が重なる。

———え…?まさか…


黒髪の男性は私に近づくと再び笑顔を浮かべた。

「お久しぶりです、〝アデル様〟」

「———ラウル…?」

「良かった、分かってくれましたか」

「え?どうして…?」

私は思わず彼と父親の顔を交互に見た。

「ラウルは一年前から公国の魔導師として働いているんだよ。お前の事を知って彼に相談してみたら、まさかお前の…西の森の魔女の弟子だったというじゃないか」

「公国の魔導師…?凄いじゃない」

私はラウルを見上げた。

あの時は確か十一歳だったのに。

こんなに立派な大人になって———

「…あなたの事だけが心残りだったの。まだ子供のあなたを残して死んでしまったから……」

「頑張りましたよ、貴女に会うために」

ラウルは私の頭に手を乗せると、くしゃりと撫でた。

それは私の前世、アデルと名乗っていた時に、よくラウルにやっていた事だった。

すっかり身長も逆転されてしまったなあ、としみじみしていると、ふいにラウルは私を抱き寄せた。

「ラウル…?」

「公主様にお許しを頂いたんです」

私を抱きしめる、それは知らない男性の身体だった。

「許し?」

「貴女の呪いを解いたら、貴女を私の妻として迎えても良いと」



「は……?」

私は思わずラウルを見上げた。

あまりにも唐突な言葉に理解が追いつかなかった。

「———貴女が死んでから、私はずっと貴女の呪いを解く方法を探していたんです。その手掛かりの一つが公国の図書館にありそうだという情報を得て働く事にしたのですが。まさか今の魔女が公女様だったとは思いませんでした」

ラウルは嬉しそうに笑顔を向けた。

「これも私達が深い絆で結ばれている証ですね」

「え、待って。呪いを解く事もだけど……私を…?」

「娶らせて下さい、フローレンス様」

私の手を取ると、その甲に口づけを落とした。


「———おい」

ふいに身体が後ろに引っ張られた。

「フローラは私の妃だ」

「…ジェラルド様…」

私を引き寄せると、ジェラルド様はラウルを睨みつけた。

「元弟子だか知らないが、勝手に決めるな」


「…そうなんですか?フローレンス様」

冷えたラウルの声に私は首を横に振った。

「勝手に決めているのは貴方の方ではないのですか、殿下」


え、なにこの状況。

何で睨み合う二人の間に挟まっているの?

シャルロットが目を輝かせているけど…。全然良くないからね?

「まあ…昔のアリシアを思い出すわね」

「あら、お姉様の方が大変だったじゃない」

お母様と王妃様が楽しそうに笑いあっている。


もう、何なの?

今の私は森での生活が気に入っているの。

静かに暮らせさえすれば———

「…私は誰とも…」

「呪いが解ければ、貴女は自由なんですよ」

ラウルの言葉が重く響く。

自由?そんなものは…そもそもララだった時から知らない。

それに……

「本当に呪いが解けるの?お師匠様だって分からなかったのよ?」


「———もう少し時間を下さい。あと一歩なんです」

ラウルの真剣な眼差しに、私はそれ以上何も言う事が出来なかった。

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