04.誰が迎えに行くかで剣を抜く公爵家

 エインズワース家――オリファント王国で唯一の公爵家であり、最高位の貴族だ。あらゆる面で王国を支える重鎮だった。分家のテルフォード侯爵は宰相職に就き、同じく分家のブレスコット伯爵は騎士団長を務める。文官武官共に最高位をエインズワースの分家が占めるのは、他に有能な配下がいない王国の現状が関係していた。


 数年前に大きな戦いがあった。オリファント王国の南にある森から、大量の魔物が溢れ出したのだ。その前線で先頭を切って戦い、勝利を収めたのがエインズワース公爵家だった。通常、王族の血を引く者以外が「公爵」の地位を引き継ぐことはない。


 だが、公爵を名乗れる理由があった。エインズワース家の当主アイヴァンの妻は、マーランド帝国の皇女ジャスミンなのだ。公爵の地位は帝国で与えられた爵位だった。オリファント王国の東は海に接している。南から西にかけ魔物が発生する森、北は巨大な軍事国家マーランド帝国が押さえていた。


 逃げ場のない小国が生き残れた理由は、海産物や塩による利得だ。貿易により得られる利益は国を富ませ、帝国に対しての切り札となった。それは同時に、攻め込まれる要件を満たしたことと同意語だ。豊かな土地と塩を継続的に手に入れようと思うなら、己の領地に組み込むのが早い。


 待ったをかけたのがアイヴァンだった。南の危険な森を領地とする彼は、魔物から採れる魔力石や毛皮などの副産物を餌に帝国を踏みとどまらせた。救国の英雄と呼んでも差し支えない。ゆえに危険な領地と知りながらも、森と接するエインズワース領に移住する民は絶えなかった。民に慕われているのだ。


 その救国の英雄は、届いた知らせに顔を歪めた。


「なんだと?! あのバカ王子が我らが珠玉の姫グレイスに……婚約、破棄? 破棄できる立場かっ、あのクソガキめ。盟約を破棄するぞ」


 王国との間に設けられた盟約を破棄すれば、エインズワースの総力がこの領地に集結する。それを知りながら、つなぎの王子を宛がっただけではなく……娘の面目を潰したのだ。殺しても飽き足りない。口から火炎を噴きそうな勢いで呻く当主に、使者となった騎士は一言添えた。


「あの王子は浮気相手を両手に」


 火に油を注ぐ言葉に、アイヴァンはにたりと笑った。厳つい顔に残る魔獣の爪痕が歪み、より恐ろしさを演出する。


「姫様は気高く美しいまま、毅然と王城を後になさいました。今から迎えを出せば、貿易都市ウォレスで合流可能かと思います」


「うむ、ご苦労だった。しっかり休め」


 労われた騎士達が最敬礼で部屋を出る。見送った途端、部屋の扉を蹴破らん勢いで息子達が飛び込んだ。父によく似た長男カーティス、母親似の次男メイナードは妹グレイスを溺愛している。


「父上、今のお話はっ」


「何ということだ。グレイスが泣いているかも知れません」


 迎えに行きたい! そう主張する息子達に、父は大きく頷いた。


「分かっておる。グレイスの迎えにはわしが出る故、そなたらは領地を守れ」


「これから王家との戦になるのに、当主が陣地を離れるなど問題です!」


「私が行ってきます」


 息子らの反論に、アイヴァンも譲らない。


「何を言うか! わしが行くんじゃ!!」


「……誰でも構いません。いっそ剣で決着をおつけなさい」


 おっとりした口調に呆れを滲ませながら、扉の先で麗しき公爵夫人がとんでもない提案をする。男達は頷きあうと武器を手に中庭に出た。その間に夫人は手を回す。


「決着がつくまでに半日はかかるわね。弟のユリシーズを向かわせましょう」


 中庭では、実戦さながらの剣戟の音が響き渡る。公爵夫人ジャスミンは扇で口元を隠しながら「暑苦しいこと」と微笑んだ。

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