SF浦島太郎
烏川 ハル
前編
「今日も何も釣れなかった……」
独り言を口にしながら、背中を丸めた姿勢で、一人の青年が砂浜を歩く。
言葉にすると大袈裟だが、彼自身、それほど強く嘆いているわけではなかった。
魚釣りなんて、しょせん暇つぶしだ。仕事を辞めた今、他にすることがないから、近所の海で釣り糸を垂らしているだけ。収入がゼロな分、せめて晩飯のおかずくらい自分で確保できたらいい、という程度の気持ちだった。
もう寒い季節だから、海水浴客の姿は見えない。ただ「子供は風の子」という言葉があるように、小さな子供たちが砂浜で遊んでいた。
「なんだ……?」
彼らは一箇所に群がっており、それが妙に青年の気を引いた。
近寄ってみると、子供たちが取り囲んでいるのは、一メートルくらいの丸い物体。
大きな海亀だった。手足に相当するヒレを、バタバタさせている。
「こいつ、動くぞ」
「まるで人間みたいだな!」
海亀の動きが、子供たちには面白かったらしい。木の棒で突いたり、小石を投げつけたりしている。
それは弱いものいじめに見えて、青年には、正しくないことだと思えた。自分が無職なのも決して正しいことではないが、子供による海亀いじめは、それ以上だ。
「おい、お前たち! やめろ!」
青年が釣り竿を振り回して威嚇すると、子供たちは蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。
残された青年は、助けた海亀に目を向ける。前足のヒレを頭に乗せている海亀は、あの子供たちではないが、本当に人間を彷彿とさせる格好だった。そのせいか、つい話しかけてしまった。
「おい、大丈夫か?」
もちろん、返事など期待していない。完全に独り言のつもりだった。ところが、驚いたことに、
「はい。おかげさまで、助かりました」
と、海亀が人間の言葉で返してきたのだ!
「海亀が喋った……?」
そう言ったきり、絶句して硬直する青年。
「はい、喋りますとも。私の言葉、間違ってませんよね? 正しく伝わってますよね?」
反射的に、青年は頷く。
「それは良かった。ファーストコンタクトがあれでしたから、任務失敗かと心配しましたよ。でも良かった、あなたみたいな人に出会えて。最初の人たちのことは忘れて、ファーストコンタクトのやり直しです」
まるで話好きの人間のように、海亀は饒舌だった。青年には海亀の表情なんて識別できないが、人間そっくりの笑顔を浮かべているように感じられた。
「とりあえず、あなたを御主人様のところへ連れて行きたいのですが……。お時間あります?」
海亀に質問されて、ようやく青年は言葉を取り戻す。
「助けた亀に連れられて竜宮城へ、ってことか? おいおい、浦島太郎かよ……」
口から飛び出したのは素直な感想であり、海亀への返事とは別物だった。
それは海亀にも伝わったらしく、顔をしかめながら、ひょいっとヒレを伸ばす。
「ちょいと失礼。直接、頭の中を覗かせてもらいます」
タッチするだけで心が読める、という態度だった。青年の体に触れた海亀は、思案げな声を出す。
「ふむ。浦島太郎の昔話ですか……。私がこの姿になったのは、単なる偶然です。最初に目にした現地生物の姿になる、というルールに
海亀はニヤリと笑いながら、海の方を指し示した。
「では、あなたの言うところの『竜宮城』へお連れしましょう。ただし私の背中ではなく、これに乗って」
海亀の発言と同時に、水の中からザバーッと現れたのは、直径数メートルの銀色の円盤。いわゆるUFOだった。
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