第4話 だから僕は……

 希望の丘から降りようとするが、階段を踏み外し倒れ込みそうになる。思わず、手を伸ばして地にぶつかるのを避けようとする。

 だが次の瞬間、不思議なことが起きる。

 ぽわっと湧いた青白い光が手のひらに集中し、ボンッとはじけ飛ぶ。地に直撃した光は爆発を起こし、小さなクレーターを作る。

 反動と爆風で弾かれた身体は倒れそうな方向を変え、階段に腰を落ち着かせる。

「なに、今の?」

 階段にできた穴を見て、総毛立つ。

 おそらく彼女に触れたあの光と同質のもの。あれは異質の力。そしてこれも異能の力。

 コンクリートでできた階段をも穿つ能力。となれば、より違った力の使い方もあるはずだ。

 自然と口の端がつり上がる。

「これなら……!」

 僕は手のひらを〝希望の丘〟の木々に向ける。


「修行を始める」


「ちっ! つまんねー」

 魔林まばやし久楽くらは退屈そうに足を机の上にのせる。

「坊ちゃんは休みじゃん」

「やりすぎかも……」

 菟田野うたの和優かずまさが同意する中、呉羽くれは愛海あいなが小さく呟く。そんな彼女に怒りの視線を投げかける久楽。

「あん? なにか言ったか?」

 蛇に睨まれた蛙は、びくっと震える。

「な、なんでもないっ! お、オモチャがいないとつまんないよねっ!」

「ああ。……次のターゲットでも探すか? 和優!」

「へ、へい! それよりもあいつの家に行くのはどうじゃん?」

「あー。プリントでも持っていくか」

 にやりと口の端を歪める久楽。

 放課後になり、久楽はお坊ちゃんこと八神やがみ輝星きあの自宅を訪れていた。

 チャイムを鳴らすと『はい』と暗い声音が返ってくる。

 怪訝に思った久楽が菟田野に投げかける。菟田野も怪訝に思いつつ、意図をくむ。

「あの。おれたち、輝星くんのお友だちでして、今日休んだぶんのプリントを持ってきたんっすよ!」

『そうですか。あいつは帰っていないので、ポストにでも入れておいてください』

「は? 弟さんは!?」

 驚いた呉羽は食い気味に問うが、インターホンは無情にも切れる。

「あ? なんだよ。これ?」

「さ、さあ……?」

 この夕方の時間帯に、声音からして八神の兄であることに間違いない。家族なのだ。それにしてはあまりにも冷たくさっぱりとしている。

 それに戸惑いを覚える三人。特に呉羽は笑って済ませられないといった様子を示している。

「はっ。お坊ちゃんはついに家族からも見放されているんじゃねーか! ははは」

 見下すように笑う久楽。

「でも、これはおかしいっしょ」

「あ? いつからあいつの肩を持つようになったんだよ! 愛海」

 久楽は呉羽の腹に強烈なパンチをぶつける。

「ぐっ!」

 その場に崩れ落ちると「ちっ」と舌打ちをする久楽。

「今日は愛海、お前が付き合ってくれるよな」

「……はい」

 久楽に連行されていくように呉羽は、彼の家に向かっていく。

 菟田野は気配を殺し見守っていた。


※※※


 翌日になり冷え切った朝焼けの中、僕は一人魔林を探す。

 電柱の上から見下ろすと、閑静な住宅街など一望できてしまえる。

「見つけた」

 黒いTシャツにはドクロマークがプリントされている。手には白い小さな棒――いや、あれはタバコだろう。火がともっている。白い煙でむせている少女。

 どくん。

 心臓が早鐘を打つ。

 あの厭らしい笑みを浮かべているのはあいつしかいない。間違いない。あれだけいじめられてきたのだ。その顔を見間違うはずがない。隣には呉羽もいる。あの二人は付き合っているらしいから珍しくもないが。

 異能の力を得た今なら怖いものなんてない。

「この距離からなら狙える」

 手のひらを広げ、その先を魔林に向ける。

「いけ」

 手のひらに集中した光は、爆発に押し出された弾丸のように飛翔していく。距離にしておおよそ八百メートル。着弾まで三秒ほど。

 魔林の動かしていた足が突然の悲鳴をあげる。

「うわっ!」

 支えを失った魔林の身体はその場に崩れ落ちる。

「……なんだ?」

 自分の足を確認すると、膝から下が溶けたようになくなっていた。傷口なんて残っていない。最初から右足なんて存在していなかったように消えている。黒焦げになった衣服と、煤が未だに熱を帯びている。それがなかったら〝溶けた〟という表現はしなかったのだろう。

「うわぁあああああぁああ――っ!!」

 驚きのあまり悲鳴をあげる魔林。痛みはないのか、あるいはパニックになって感覚が鈍っているのかは定かではないが、ひどく混乱している様子が窺える。

 その恐怖と、泣きべそを見られただけでもやった価値があるのかもしれない。

「ざまーみろ」

 だが、思ったよりも騒ぐものだから、周囲の人々が不審に思い足を止めている。だが、隣にいた呉羽は驚くばかりで助けようとはしない。

 なぜだろう? しかし。

「マズいな……。あれでは追い詰めることができない」

 これ以上の攻撃は不可能と判断した僕は日を改めることにした。


 近くの個人経営のネットカフェ。

 ここなら数日いてもバレはしないだろう。

 小遣いからボロボロになったお札を取り出し、店員と二・三やりとりを終える。

 Bの八。

 そこが今日の寝床になる。ドリンクバーでメロンソーダを選ぶと、その部屋でくつろぐ。

「しかし、どうにかして一人にしないとな……」

 魔林を一人にし、復讐を果たす。そのための作戦を考える必要がある。

 ネットで検索していくと、俗に言う裏サイトと呼ばれる怪しいサイトにたどり着く。そこには妄想でリアルな条件のもと、殺人ゲームを楽しんでいる人々が大勢いる。そこから使えそうなものを集める作業を始める。

「へぇ~。こんな方法もあるのか……」

 コンコンとノックの音が響く。

 「失礼します」と言って入ってきた店員は注文しておいたピザやサラダが並ぶ。

 ロックしていた画面を再び開くと、ピザに手をつける。

「……まずい」

 味も香りもしないのだ。まるでゴムでも食べているかのうな食感だけが残る。飲み物も、ただの水。おいしくもない、ただの水だ。

 食事は単なる栄養補給。お腹がすくこともなく、うま味も感じない。それに疲労感もなく、倦怠感もない。

 なんの感情も持っていないかのような日々。それがここ一週間続いていた。

 あの日、あの時。あの少女と出会ってから、僕の人生は変わった気がする。正確にはレオを失った時から変わってしまったのかもしれないが。

 とにもかくにも、僕に与えられた力は魔法のようなもので、遠くにいる対象を攻撃できるものだ。

 攻撃範囲は狭いものの、殺傷力は絶大でまさに見えない拳銃のようなものだ。ちなみにこれを使ってもまったく疲れたりはしない。

 ここ一週間学校を休んでいたのも、この力を使いこなすための時間だった。

 やることは決まっていた。

 復讐。

 これまで馬鹿にし、見下し、蔑んできた者たちへの復讐だ。それに、それを止めようとしなかった教師・同級生も同じだ。他人からしてみたら違うのかもしれないが、僕にとっては同じこと。

 自分は違う。自分には関係ない。自分とは違う世界の出来事。そうして、現実から目をそらし、目の前の被差別者ですら助けようとしない。そんな人が本当に他人を救えるのか? 身近な者を守れるのか?

 僕には守れないように思える。しょせん保身に走る者は、その後も保身に走るものだ。ただの不実な傍観者だ。

 誰も助けてはくれない――のなら、僕自身がどうにかするしかない。

 だから復讐する。

 悪者をやっつける……そんな偽善はいらない。

 悪を裁くのは悪なのだ。どんなにとりつくろうとも人を助けない行為は悪でしかない。


 だから僕は悪人になる。

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