奇跡は二度起きる

 土足でアパートに踏み込んでくる棚橋。全身から不気味にポタポタと水滴を垂らし、向かってくる。その目は充血していて、まるで殺人鬼だ。



「た、棚橋くん……嘘でしょ!!」



 リアが駆けつけてきて俺をかばう。

 身をていして必死に守ってくれていた。

 ……だめだ、リアを死なせるわけにはいかないだろ。俺が……くっ、さっき殴られて転んだダメージが全身を駆け巡っていた。しびれて思う様に動けない。



「やあ……リディアさん! 相変わらず君は綺麗だ。白くて美しい……! だからこそ俺のモノにしたい……」


「こんな事は止めて! もうわたしと大二郎に関わらないで!」


「それは無理だよ。俺は君を愛してしまった……。手に入らないのなら、いっそこの手で殺してあげるよ。さあ、一緒に死のう……」



 ふざけんなよ、コイツ。

 学校でも散々だったというのに、逆恨みでアパートにまで土足で踏み入れ、俺とリアの生活をぶち壊しに来るとか……もう棚橋コイツは脅威でしかない。


 しかも、手には包丁。

 完全に殺しに掛かって来ている。



 正直、怖い。怖いけど、でも――リアを守らなきゃ!!



 コイツは敵だ。

 紛れもない敵だ。



 こんなヤツに負けるわけにはいかない。コイツだけには負けちゃいけない。立ち向かえ、俺。なんの為にリアと同棲をしていた?



 ……ああ、そうだ。



 ずっと騙しだましだったけど、俺はリアが好きなんだよ。ずっとこの生活を送っていたい。なのに、この男は……!



「リア……俺は、君だけは絶対に守る」



 気合で起き上がって棚橋の前に立つ。

 包丁を向けられ、俺は恐怖で足がすくみ、震える。……俺は……死ぬのか。このまま刺されて人生を終えるのか。



 ――いいや、違う。



 俺は、リアを守る為にこの命を投げ出す。



 その覚悟が今、出来た。



「おい、棚橋。お前のキンタマ、もう一度潰してやるよ……」


「神白ォ……神白ォ!! おまえええええええええ……!!」



 挑発すると棚橋は発狂。

 包丁をブンブン振り回し、やがて一直線に向かって来る。……あぁ、走馬灯が見えるようだ。これが死に際って事なのか。




 ――――これで、俺は。




 そっと目を閉じ、死を受け入れようとした――その時。棚橋は何か・・を踏んで足を滑らせていた。



 ……この光景、どこかで……。




「……! あの床に落ちているの『おいしい棒・・・・・』か!」



 以前、リアも『おいしい棒』を踏んで足を滑らせていた。……まさか、あれがトラップになろうとはな。普段から好物で良かった。



 激しく腰を打ちつける棚橋は、その衝撃で包丁を手放す。俺は今の内に包丁を回収。更に、エルボーひじを使い、棚橋の股に目掛けて――




「この馬鹿やろおおおおおおおおおお……!!!」




 タマタマを破壊した。




「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………!!!」




 白目を剥いて、泡をブクブク吹かす棚橋。急所へクリティカルヒットしたし、これでもうヤツは……!



「リア、直ぐに警察に通報だ」

「う、うん」



 スマホを操作するリア。

 これで終わりだ……そう思ったのだが。



「……アヒャ、ヒャヒャヒャハ……ムヒャハハハハハハハハハ!!! カミシロ、カミシロ、カミシロク~~~~ン!! まだ、まだ追ってないよォ!! 俺のタマタマは前に潰されて、とっくにペチャンコさ!! オンナノコさ?!」



「こ、こいつぶっ壊れてやがる!」



 しかも、ポケットからバタフライナイフを取り出していた。コイツ、凶器持ちすぎだろ! どれだけ罪を重ねる気なんだ、この男。



「大二郎!」

「大丈夫だ、死んでも守ってやる」

「……でもぉ」



 舌を出し、完全に狂人と化している棚橋はナイフをギラつかせて、ついに向かってくる。万事休す。……今度こそ終わりか!!



 だが、奇跡は二度起きた。



 玄関の向こうから人影が現れると、その人物は猛ダッシュで棚橋に接近。ナイフを持つ腕を容易く弾き、棚橋の喉元に手刀を入れていた。



「――――――ぐァ!?」



 な、なんて動きだ……。

 まるで特殊部隊か何かの人だぞ、あれは。



 いったい、誰が……む!?

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