第26話 龍蛇の女王
九人の魔王軍幹部の一人、 ヒミカ。
雪の様な白い和服を身に纏い、見た目も性格も古風な雰囲気が特徴の魔族である。
己が使役する龍や蛇の魔族、『龍蛇族』をあらゆる場所から喚ぶことを得意としている。
『龍蛇族』は、人の腕に巻き付いて締め付ける小さな蛇から、魔王城の屋上へと伸びあがるほどの長さを持つ大蛇、多くの帆船を沈める巨大な龍まで、その種類は様々である。
そんな龍蛇族を、ヒミカは己の
『龍蛇の女王』とは、龍や蛇を使って戦うからそう呼ばれるのではなく、
龍蛇族を倒して配下に納めた程の強さを持つ事から、そう呼ばれる様になったのである。
────ジャホン国 ヒミカ城──────
―ザァァ…
ヒミカ城を後ろから抱き締める様に立つ大きな桜の木がざわつき、花弁を落とす。
何十本もある枝の内、城壁に添って湾曲していた八本の巨大な枝が腕を広げる様に城から離れ、その形を変えていく。
その内の四本の枝は、
岩山の様なゴツゴツと尖った鱗で覆われた胴体と頭部、前に長く突き出た口に無数の鋭い牙を生やし、喉を振るわし唸る『龍』へと変わり、
残りの四本の枝は、
表面を大理石の様な、なめらかで光沢がある堅い鱗で覆われ、台形の頭部で広く開かれた口から上下二本ずつに生えた鋭い牙を見せる『大蛇』へと姿を変えた。
静かに佇む大樹から、動く龍と大蛇へと化した怪物の八つの巨大な頭が城の壁や天井を突き破って城内に入って来る。
怪物の長い首と巨大な頭が動く度に他の枝が揺れ動き、咲き誇っていた桜の花弁を落としていく。
怪物の八つの長い首が、ヒミカの周りを川の様に柔らかな動きで
「…『オロチ』」
ヒミカが、その怪物の名を呼ぶ。
( また、とんでもないもんを出してきたな…。 神話の怪物じゃねーか)
頭上を通るオロチの巨木の様な太く長い首を見上げる。
巨大な怪物が城内に入ってきたことで、屋内の圧迫感が半端ない。
「こりゃ…、なんとも狩りがいがありそうな龍蛇族っすね」
固い表情で苦笑いをするブラインの頬に汗が流れる。
「さあ、次はこの子達が相手です。頑張って足掻いてみてくださいね。 」
ゆっくりと落ちる一片の桜の花弁を摘まむヒミカ。
凶悪な形相をした八つの首を持つ怪物を従え、舞い降りる桜の花弁の中で立つその姿は、恐ろしくも妙に神秘的に見える。
「…まだそのような怪物が控えていたか。 まったく、楽しませてくれる。」
ヒミカに大広間の外まで殴り飛ばされたレシンが、のそりと起き上がる。
「あら、結構強く殴ったつもりだったのですが…、思ったよりも丈夫なんですね。」
「あの程度の打撃など、問題無だ」
本当にダメージが無いのか、しっかりした足取りでレシンが大広間に戻って来た。
(あれ、ん?なんかレシンの体の周りに…)
レシンの様子が先程までと違うことに気づきつつ、既視感ある光景に目を凝らす。
レシンの体の周りには、狼煙の様な緑色の魔力が顕れていたのだ。
(あれは、森で俺に襲いかかった時と同じ!?)
以前に家老の体を乗っ取ったレシンを追いかけて、森で攻撃されそうになった時の事を思い出す。
あの後、レシンの技について知ろうとリオンの記憶から検索したが、
どうやら魔力で体を纏って身体能力を上げる魔法らしい。
(なんかヤバそうだな… あのもわっとした魔力で体を纏ってからレシンの強者感がさらにアップした気がする。)
「リオンよ…」
(おぉッ!? 突然呼ばれたからびっくりした!)
「家老の貧弱な体に乗り移った時は出来なかったが、あの時貴様に食らわせるはずだった我が絶技を見せてやろう」
「…ほう。その絶技とやら、見せてもらおうか」
(…いや、見たくないです。)
「ヒミカを倒した後、今度こそ貴様に味わわせてやるぞ、リオン!」
「…ふん、くだらん。」
(いやああー、結構です!!)
そんなもん、味わわわわ…されたら味覚障害になるわ!
見たくも味わいたくもない絶技とやらを内心全力で拒否する。
(なんやねん絶技って!漫画かっつーの…って、うわっ!? なんか別の方が眩しい!)
突然光り出した方向に目を向ける。
そこには、ブラインが弓を持っていない方の空いた手から複数の光の塊を出現させていた。
それらが空中に飛び出す。
そして光の塊は炎や風、鉄や雷等様々な種類の魔法の矢へと変わり、バレットベルトの様に連なってブラインを中心に彼の周囲を浮いて回る。
「あの怪物を見たら狩人の血が騒いできたっす。 俺も出し惜しみ無しで、全力全開で狩らさせてもらうっすよ!」
(あのヤバそうな怪物を見て、よく血が騒ぐな…)
物騒な魔法の矢をいっぱい出しちゃって…、
リアルでモンスターをハントする気満々じゃないですか。
(この世界の人間は勇敢だな。もし俺が人間軍であんなのと戦えってなったら……)
そのIFルートを想像してみる。
その間僅か、0.01秒。
(俺なら即行、逃げるねッッ!!)
城を穴ぼこにして入ってきた巨大なオロチを見上げながら、初めて人間軍側じゃなくてよかったと思う。
あんなのと戦わされる哀れな人間軍の二人を見る。
魔力を纏ったレシンと、たくさんの魔法の矢を周囲に出現させたブライン。
『オロチ』を出したヒミカに、各々の技で完全武装をして挑もうとしていた。
「ふふっ、その意気ですわ。 …さあ、来なさい」
来なさい、というヒミカの言葉を合図にブラインとレシンは同時に駆け出した。
それに合わせてオロチの首が動く。
『グルウウオオオオオオオ!!』
『シャァアアアアアアアア!!』
狭くなった城内を破壊しながら、あらゆる方向から龍と蛇の長い首が入り混じって動き、二人に牙を向く。
『シャァアアアアアーッ!』
「—ッッ!」
ブラインは向かって来た二頭の大蛇を躱し、自分の周囲に並ぶ無数の魔法の矢から三本を指の隙間に挟んで取る。
「くらえっす、うらぁー! 」
大きな弓に
矢は二頭に直撃し、爆音と轟音を響かせながら風圧を起こして黒煙を広げる。
(うおおぅっぷ!? 複数の魔法の矢同時使用、爆発と暴風の威力すげえ!)
俺は風圧で吹き飛ばされそうになりながらも、脚に力を入れてなんとか堪えた。
『グルウウオオオオォーッ!』
「ふっ…」
疾走するレシンに、巨大な二頭の龍が襲いかかる。
「図体の大きな爬虫類めが…」
レシンは、畳床が抉れる程強く一歩踏み込むと、
「ごおおおおおーッ!」
目にも止まらない速い拳打を数発打ち込み、巨大な二頭の龍を仰け反らせた。
直撃した際、太鼓の様な打撃音が城内に響き渡り、その威力の大きさを表していた。
『グルゥォ…ッ…』
レシンの攻撃で脳震盪を起こしたのか、二頭の龍がよろめく。
(今攻撃したのか!? 全然見えなかったぞ!)
体にまとった魔力の効果なのか。
動きは今までよりも速くなっており、その上、龍の勢いを止める程に威力も格段に上がっていた。
よろめいてから倒れる二頭の龍を躱して、レシンが再び疾走する。
『グルウウオオオオォーッ!!
シャァアアアアアーッ!!』
他の四頭の龍蛇が二人へとその長い首を伸ばす。
城の壁や畳ごとレシン達を食らおうとする勢いで攻めて来るオロチを、二人は足を止めずひたすら移動して躱す。
ヒミカは、オロチが暴れたことで崩れ落ちたキャリーケースくらいの城の瓦礫を二つ、片手ずつ鷲掴みにし、
「ふふっ…、そーれーっ!そーれ!」
豪速球の勢いでそれらを投げつけた。
110マイル以上の速さでぶん投げられた瓦礫のストレートが飛ぶ。
「っってうおおい! 危なねえっす!!」
オロチの猛攻の合間に飛んできた瓦礫をギリギリ避けて、非難の声を上げるブライン。
「ふふっ、ふふふふふ」
かまわず追加で瓦礫を投げるヒミカ。
「だから、危ねえっすって!!」
「ふふふふふふふふ」
(…あれ、半分ただの嫌がらせでやってるんだろうな。)
当たれば文字通りのデッドボールだが。
オロチの攻撃に加え瓦礫が飛ぶ中、
レシンは畳や壁を蹴って跳躍しながらジグザグに移動して攻撃を避けていたが、
「グルウウオオアアアアーッ!」
オロチの一頭である龍がレシンの動きを捕らえ、眼前にまで迫っていた。
「ちっ…、着地するタイミングを狙われたか」
龍はレシンを噛み殺そうと口を大きく開く。
(く、食われるぞ!)
レシンは腕を伸ばし、その洞窟の入口の様な大きく開かれた口から剥き出しになった牙を掴む。
龍は牙を掴まれたまま構わずレシンを押す。
「ぐっ…、おおっ!!」
龍の上下の牙を掴んで数メートル後ろへと押されたが、そこでレシンは龍の勢いを止めた。
(止めた!?マジか…。あの魔力を纏わせる魔法、あそこまで身体能力上がるのかよ)
咬合しようとする龍の顎を、牙を掴んで抑えるレシン。
その体を纏う魔力が膨れ上がる。
鍔攻めり合いの様に、押し合い膠着するレシンと龍。
そこに、他の三つの首が向かう。
「グルウウオオオオォーッ!!」
『シャァアアアアアーッ!!』
「うるさい爬虫類どもが…」
身動きが取れないレシンであったが、
その少し後ろで、ブラインが自身の背よりも大きな弓を立てて構えていた。
「ふっっん、ぬぬぅ…っ!」
その大きな弓をさらに上回るサイズの『光の矢』を
「まとめて射貫け! 『魔獣狩り矢』!!」
全力で引っぱっていた弦を離す。
放たれた特大サイズの光の矢が、ソニックブームの様な光の輪をいくつも起こしながら真っ直ぐに飛んでいく。
それが途中で三つに分かれ、三頭のオロチの首を刺す。
『グルォッ…!?』
『シャァー…ッ!?』
『シャッッ!?』
高速で飛び、瞬時に複数に分かれた光の矢に反応出来ず、
首に矢が刺さった三頭はそのまま光の矢の勢いに押され、各々が左右と後ろの壁へと張り付けにされた。
(三頭同時に仕留めたやがった!?)
「よくやった、ブライン。 爬虫類どもの駆除に手間が省けたぞ 」
レシンはそう言って手に力を込めると、掴んでいた牙を龍の口から引き抜いた。
「グルゥォ!?」
力任せに牙を抜かれた痛みから、龍は僅かに怯んだ様子を見せる。
その隙を逃さず、
「ごおおおおおおーッ!」
レシンは目に止まらない高速の連撃を放つ。
「―ッグボォッ!!」
太鼓の様な打撃音が鳴り、
龍は何度も頭部を打たれて弾かれる様に体を真っ直ぐに起こした後、そのまま前方へと倒れる。
龍が倒れた衝撃で城が揺れる中、
レシンとブラインの視線が真っすぐ俺とヒミカへと向けられる。
「オロチとやらは倒した。 このまま魔王軍幹部を討ちに行くぞ!ブライン」
「了解っす!」
レシンが駆け出し、ブラインが弓を構える。
「そりゃっ、『撃鉄矢』!」
ブラインが鉄の矢を二本連続で放つ。
ヒミカの方に一本と、
もう一本は、
(げぇっ、俺の方にも飛んで来た!?)
先端が平らで分銅の様な
「ふふっと、ふんっ!」
ヒミカは腕をロングフックの様に振り回して、飛んできた二本の鉄の矢を殴り砕いた。
目の前で鉄の矢が砕け散った時、びっくりして危うく「きゃっ!」て言いそうになったが、我慢した。
「今の攻撃くらい避けてください。 世話が焼けますね。」
ふぅ~…やれやれといった感じに、ヒミカに呆れられる俺。
(無茶言いなさんなや。)
「おいおい、矢って殴って防ぐもんじゃないっすよ…」
驚き通り越して別の意味で呆れるブライン。
走っていたレシンはダンッと畳床を強く踏み鳴らし、その反動を利用して発射された弾丸の如く前へ跳んだ。
猛スピードでこちらに突っ込んでくるレシン。
「…『蛇壁』」
それを阻む様に、どこからか大量の蛇が集まって絡み合い、固まって壁を作る。
それを見ても止まることなく、レシンはダンッと畳を踏み鳴らしてさらに加速する。
魔力を纏うレシンが、レーザービームの如く線となったかの様な直進的鋭い動きで突き進んで行く。
そして、
「行くぞ、我が絶技『猛虎硬爬山』!!
猛スピードのまま、蛇達が絡み合う壁に向かってレシンが突きを出す。
「シャッ――—」
蛇達に断末魔の悲鳴を上げさせる暇も与えない一瞬の速さで、レシンの突きが蛇の壁を突き破る。
再びヒミカの前に迫るレシン。
「おおおおおおおおおお!!」
突き出した拳を引きつつ縦軸に体を反転させながら別の方の手で、爪を立てた形の掌打を突き出す。
ヒミカは咄嗟に腕を前にクロスさせて突きを防ごうとするが
魔力で身体を強化した上、全体重と速度を乗せた突きの威力で後ずさってしまう。
「ふっ…くっ!」
大きな打撃音を響かせながら、突きから発生した衝撃波が広がって屋内を震わせる。
力を入れて踏ん張ったためか、ヒミカの足元の畳が抉れてめくり上がっていた。
レシンは攻撃の手を緩めず、
突き出した掌を後ろに引いて再び体を反転させ、もう一方の手で、爪を立てた形の掌をヒミカのガードした腕に打ち込む。
またもや大きな打撃音と共に衝撃波が広がり、二人がいる一帯の畳が吹っ飛んでいく。
「―おおおおおおおぁっ!!」
「なっ!?」
(あっ!?)
ヒミカの体が僅かに浮く。
それに合わせてレシンが前へ一歩大きく踏み込む。
―ズンッッ
城全体を震わせる力強い踏み込みと同時に、
腕を「く」の字に曲げて鋭く出した肘を突き出してヒミカの
城を震わせた踏み込みの威力の反動がそのままレシンを通過し、砲撃の様な衝撃をヒミカの体内に与えた。
「かはっ…っ!!」
その威力を表す衝撃波で、落ちていた無数の桜の花びらが舞い上がる。
(……っっ!)
吹き上がられた桜の花びらが宙を浮き、
一瞬の静寂が訪れる。
ヒミカは、レシンの肘が鳩尾にささったまま動かず、力なく体をぐったりとしていた。
(え、ヒミカ…まさかやられたのか!?)
「おお、やったすか!?」
俺とブラインが固唾を飲む。
桜の花びらが舞い落ちる中、
「龍蛇の女王…」
レシンが静かに言う。
「討ち取ったぞ。」
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