第10話 ジャホン国

 超巨大大陸、『パンゲラ大陸』。


 東の国、西の国、南の国、北の国に大きく王国が別れ、大陸の中央には魔王城が建ち、城下は魔族が住む土地となっている。


 俺とヒミカ、クロエの三人は巨大蛇に乗り、


東の国の端にある、東の島国 『ジャホン国』に向かっていた。


 かつては、東の国の一部であった大きな島だが、 東の国から独立して、第五の国と呼ばれる様になった。


しかし独立して間もなく、ヒミカが率いる魔族の軍団により占領されたのであった。


 占領後は、『魔族のために働くなら、戦争に参加せずとも独立国としての形を保ってもいい』


という契約を交わし、ジャホン国という国の形をそのまま残した状態でヒミカの軍団を駐留させ、多くの魔族が移住し、魔王軍の領地の一つとなった。



 「ふふっ、この服は、ジャホン国から取り寄せたんですよ。」


 和服の袖をヒラヒラと振って見せるヒミカ。


「へえ~、変わった服だなと思ってましたが、素敵です!」


「せっかくですし、クロエさんの服も仕立ててもらいましょう。」


「わ~い、やったぁ」


 ヒミカとクロエ、女子二人が服の話をして盛り上がっているその後ろで、


「……………(うぃ~)」


俺は乗り物酔いをしていた。


(この蛇、思ったより移動速度速いし、クネクネしてるんだもん!)


 蛇が体をクネクネと動かす度に、脳と内臓が左右に揺らされている気がする。


(吐きそう…)


「海が見えましたわ。 もうすぐ、ジャホン国に着きますよ。」


 東の国の都など人間軍と鉢合わせする場所を避けて回り道をし、森林をかき分け、山を越え、そして海に出る。


 蛇は沈むことなく、さながら水上バイクの様に、海面を割けて水飛沫を上げながら海を渡って行く。



 しばらくすると、陸地が見えてきた。


「ちなみにジャホン国には、私の血印がある通行証がないと外からは入れません。」


 ヒミカはそう言って、和服の胸元から一枚の紙を出す。


 この世界の文字で書かれた紙の端には、赤黒い円で囲んだ星の印がある。


「それが無いと追い返されるのか?」


「いいえ。国民は皆優しい方ばかりですから、そういう事はしません。 ただ、国の門番をしてくれる子がいて‥」


そうヒミカが説明しようとすると、


 ―ザバアアンン


 っと、大きな水飛沫を上げて、海から巨大な龍の様な怪物が姿を現す。


(…わーお。)


 そのあまりの大きさと厳ついビジュアルに、驚きで思考が固まる。


俺達が乗ってる巨大蛇は、俺、ヒミカ、クロエの三人を乗せて運ぶ事が出来、且つ多くの魔族が住む魔王城の最下層から体を伸ばして屋上に顔を出せる程の大きさを持つが、


今現れた龍の怪物は、その俺達の乗っている蛇より遥かに大きい。


長く堅い鱗に覆われた体は、島国の領海より外を隔てる長い城壁の様であり、


俺達を見下ろすその佇まいは、巨大な塔が突き出てきたかの様に高くそびえ立つ。


ゴツゴツとした頭部はまるで、岩山が持ち上げられているのかと錯覚してしまう程、厳つく…


とにかく、でかいっ!


(まるで万里の長城にスカイツリーが建てられて、それを下から見上げてる気分だな。)


「通行証を持たない侵入者は、追い返したりはしないで、この子が 食べちゃうかも知れませんね。 ふふっ。」


 ニヤッと含み笑いで言うヒミカさん。


「…ふん、なるほどな。」

(あばばばば…)


「あばばばば…」


 精一杯平静を装う俺の隣で、巨大龍の怪物を見上げながら、クロエが泡を吹いていた。




 陸地に上がると、和装した男性が出迎えてくれた。


(あっ…この男、人間だ。)



 魔族からは、´´近づいては危険だ´´と、そう本能的に感じてしまう気配の様なものがある。


 背中の翼を畳んだクロエやほとんどの魔王軍の幹部、今まで会った魔族の何人かは普通の人間と変わらない容姿をしているが、魔族独特の危険な気配を醸し出していた。


 しかし、出迎えてくれたこの男性には、その気配を感じられないため、すぐに人間だとわかったのだ。


「ヒミカ様、お帰りなさいませ。 そちらは、リオン様と、その部下の方ですね。ようこそいらっしゃいました。 勇者一行の件は、伝令にて伺っております。」


 お辞儀をし、丁寧な対応をする男性。


「ヒミカ軍団の隊長達とジャホン国の家老達、皆様すでに、集まってお待ちしております。 …一人遅れてる者がいますが。」


「わかりました。 私達も、すぐに向かいます。

では、お二人とも。参りましょう。」


「どこにだ?」


「私のお城の大広間ですわ。 そこで、来る勇者を向かえ撃つ作戦会議をしましょう。」


「…わかった。」


(また会議か。 今度は、ちゃんとした会議になりますように。)


 前回の件で若干会議がトラウマになりつつも、ヒミカに連れられて城に向かうことにする。


 巨大蛇と浜で別れ、広い森を出てしばらく歩くと、町に着いた。


(おぉ……)


 町は、瓦屋根の木造の町家や暖簾の掛かった店が並び、着物姿や袴姿の人々が通りを行き交っている。


 まるで、


(…昔の日本かよ、ここは‥ )


 時代劇で見た様な風景が目の前に広がっており、さながら江戸時代の町並みが残った観光地を歩いている気分である。


 しかし、やはりここは異世界。


 通りにはたくさんの人間はいるが、その他に、はっきり魔族だとわかる異形の者の存在も確認できる。


 鬼の様な姿の者や、頭に獣耳を生やした者まで、多種多様の人種で、町は賑わっていた。


(この世界に来てから初めて町に来たが、異様な光景だな。)


 古都のコスプレ大会の会場かと思わせる町の光景に目を奪われてると、


「こんにちは~! 『家政婦 茶屋』どうですか?」


獣耳を頭に生やした、家政婦の格好した女性が、紙を差し出しながら声をかけてきた。


 クロエが紙を受けとる。


「へぇ~、変わった衣装の家政婦さんがいる飲食店らしいですよ。」


 紙には、普通の家政婦の格好した店員や、 下がスカートの様な和服姿の獣耳の店員が描かれていたいた。


(リアル獣耳メイド喫茶じゃねえかッ! )


 行きたい! が、


「…今日は遠慮しておこう。」


 無性に行きたい気持ちを抑えて会議を優先する。


(…後で、こっそり行こうかな。)



「ふふっ、 この国は他国の知識や文化を積極的に取り入れて形を変え、独自に発展して来ました。

なので、変わったお店があったりするんですよ。」


 ヒミカが町を見渡しながら教えてくれる。


 並ぶ店を見てみると、確かに変わった店を見かけるが、中には元の世界で見たことがあるような店もある。


(町並みや暖簾のある店、和装した人々、メイド喫茶擬き。やはりここは、俺がいた世界で言う所の『日本』なのだろう。 )


 ヒミカの格好を見た時から、日本に似た文化を持つ国があるのではないかとは思っていたのだ。


 それが、このジャホン国である。


(もう少しゆっくりこの国を見て回りたいが、またの機会にするか。)


 さらに歩き続けると、


「着きましたわ。」


 ヒミカが示す方を見ると、そこには西洋風の魔王城とは違う日本風の城が建っていた。


 城の周りは堀に囲まれ、一本の橋が城の門まで架かっている。


 高い石垣の上に立つ建物は、白い外壁と黒い屋根を組み合わせた格式が高い日本の城に見られる入母屋造になっている。


 そして一番特徴的なのは、後ろから城を抱き締めるかのように枝が湾曲に広げて、桜を満開に咲かせた大樹の存在である。


 城の周りだけを桜の花弁が舞い降りる様になっており、それにより、城を一層美しく魅せている。


(すげぇ幻想的な城だな‥)


「初めて見る形のお城ですけど、綺麗ですね~。」


「ふふっ、ありがとう。 」


 クロエに、自分の城を褒められて嬉しそうに言うヒミカ。


 俺達は城に入り、そのまま大広間へ向かった。


 大広間は和室で一面畳が敷かれ、連接する区画を区切る襖には何匹かの白い蛇の絵が描かれていた。


広間の奥には上座となる上段之間という、床から一段高いスペースがある。


中には既に、この国の家老とみられる人間達とヒミカの部下である魔族達が集まっており、ヒミカを見つけると、各々が声をかける。


「おぉ、ヒミカ様!」


「おかえりなさいませ、ヒミカ様。」


「皆さん、お待たせしました。」


 ヒミカはその場にいる者達と軽く挨拶を交わし、広間の奥へ歩いていくと、床が一段高くなった上段之間に座す。


 皆が畳の上に座り、姿勢を正す。


 静まった広間を見渡し、ヒミカが宣言する。


「ではこれより、迫り来る勇者一行の迎撃作戦会議を始めます。」

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