本格化への一歩



 夏休みの半ば、とある事情から輝と野々華にプラス一人が入り浸るようになった。そのプラス一人と言うのは輝の兄、隼人はやとだ。

 そのとある事情とは、隼人が美優希にFPSゲームでコテンパンにされたのである。

 輝と野々華と美優希、毎週ローテーションで自分の家に集まる。目的は遊ぶ為、午前中は一緒に勉強して、午後からは外に遊びいくかゲームするかの二択だ。

 野々華の母親、岡田真純ますみは一義の元上司で会社立ち上げ時に部下となり、輝の母親、朝野涼子りょうこは立ち上げから三年目の中途採用で一義の部下である。

 真純はライティング部門の部長、涼子は一義の当時のイラスト制作を丸ごと引き継いで、素材制作部の部長である。

 運動会では三家族で集まってお昼を食べる等、家族ぐるみの付き合いがそこそこあり、親公認の関係であった。

 夏休みの上旬、いつものように輝の家に集まった三人、その日はたまたま隼人もおり、隼人がパソコンでゲームをして、三人は携帯ゲーム機でゲームをしていた。


「そこ、右に敵がいるよ」

「え、うわ、いた」

「次左から二人、その次正面、車の陰から一人」

「うっそだろ・・・」


 瀕死状態で生き永らえた隼人、ムキになる性格でもないので、そのまま指示を出してもらうと、明らかに成績が上がった。


「美優希ちゃんすごーい、何で分かるの?」

「んー、パパに教えてもらってるから」

「対戦ゲームだよ?そんな分かるものなの?」


 野々華の言い分は最もなのだが、美優希が答える前に隼人は声をかけた。


「ちょっとやってみ?」


 マッチングレートに乖離がある隼人と美優希、そうなると無双に無双を重ねて圧勝し、MVPにまで輝いた。

 その後、何度か交代でやって見るが結果は同じ、輝に『情けない』とまで形容されてしまった。


「キルレいくつ?」

「2.1」

「は?」

「パパが2.3」


 キルレ、とはキルレートの略で、キルデス比とも言い、一試合の中で倒した敵の数を、一試合中に自分が死んだ回数で割ることで算出される。最終的には、死ぬまでに敵を何人倒せるかの平均値として算出され、強さを示す一つの指標だ。

 この為、キルレがちょうど1であれば一般的な強さ、普通ということになる。

 今やっているFPSゲームでキルレが2と言うのは、一人で二人の相手ができるということもであり、超えると無力化できるということになり、それだけで人数有利を取れるということにもなる。

 勿論、キルレだけでは強さを計ることはできない。体力が減った敵を倒せばキルになるので、自身が死ななければキルレは上がっていく。

 なので、必要なのはダメージデス比、体力がちょうど百なので、キルレが2以上でダメージデス比が二百を超えていれば文句なしの強者ということになる。

 このゲームは大会も存在し、プロの平均はキルレ2.5オーバーでダメージデス比は二百五十オーバーである。マッチングレートがそこそこ広いので、これが指標になっている。

 ただ、本当のことを言うとスコアデス比と言うのもあり、スコアは試合への貢献度に直結するので、これも高くないといけないのだが、このゲーム特有の値で、他のゲームと比較できない。その為に一般には話題に上がらず隠れてしまっている。

 プロのスコアデス比平均は3いかないくらい。


「お父さんはプロ並みってことになんだけど」

「「!」」

「そうなの?」


 この成績についてはスポットを当てていないので、e-sportsの自由研究をやった美優希でも分からない。

 隼人とてキルレだけでそうは言えないと思い直し、時間の合う日に美優希の家にやってきたのである。

 成績を見る前に一義のアカウント名を見て絶句、成績を見て絶句、弟子にしてくださいと土下座までやった。

 本名が一切表に出ないので、謎の人物ということになっているのだが、このゲームに置ける日本人プロの半数は、Corsair氏を恩師としていると言う事が有名で、Corsair氏と言うのは一義の事なのだ。


「え、なに、俺のサンドバッグになる気なの?」


 サンドバッグ、これはこのゲームのクラン、ハチノスミカで行われた一義の為のトレーニングマッチを指し、不貞行為発覚で苦しんでいた一義の為に、クランメンバーがトレーニングマッチで一義にボコボコにされると言うものだ。

 初めはその程度だったのだが、クランマスターではないがクラン屈指の強者だったので、その内、お返しとして戦術指導も行うようになり、サンドバッグはいつしかクランの強化合宿のような位置づけになっていた。

 ハチノスミカはゲーム屈指の最強クランとまで言われるようになり、サンドバッグを他のクランとも行うようになり、やがてそこから多くのプロが生まれた。

 プロが生まれるほど生易しい物でもなく、プロの人数の倍の数が心を折られて、止めて行った者までいる。ただ、止めて行ったものは、プロが生まれて当然だったと懐古し、心は折られたが楽しくもあったと口をそろえる。

 強くなる意思がある程度強くないと参加できなかったからでもある。


「プロに成りたいんです」

「成れなかったら一生FPSできない体になるけど大丈夫?」

「それは・・・」

「君の実力からプロに成るってそう言うことだよ?」


 成績しか知らないからこういうことを言っている。

 そもそも、e-sportsに置けるプロは兼業が絶対だ。これはサポートの確立が遅れているからに他ならない。

 いいチームに入ることができ、成績を残せればこの限りではないものの、現状辛いと言うほかない。また、辞めた後どうするのかの問題もあり、e-sports業界はまだまだ若い。

 つまりなるにはゲーム以外にもかなり高い能力が求められる。


「これから君に三つの条件を出す。クリアできるのなら、目指してもいいだろう」

「それは何ですか?」

「一つ目は学校の成績、トップテンを維持する事。二つ目はバイトとして雇ってあげるから、動画作成とオフィスソフトのノウハウを学ぶ事。そして練習メニューを作ってあげるから、キルレ2以上、ダメージデス比二百以上、スコアデス比2.7になる事。年内にできれば本格的に動いてやる」


 隼人と一義の面談の様子を覗き見ている三人は、e-sportsの自由研究を思い出して、妥当だとは思い至っている。


「やります」


 とりあえず実力を確認しよう、と言う事で隼人のプレイを確認した一義は、可能性を見出した。

 対応はできていないが反応ができている、勘が鋭いものの勘に頼りすぎ、エイムの変な癖がある。

 対応できることと反応できることは別問題だ。これは勘に頼りすぎているところを理論で裏打ちしてあげれば改善するし、エイムの癖は矯正してあげればいい事である。

 光っているのは勘の鋭さだろう。

 不測の事態に対する対応の良さこそが勘の鋭さ、これが抜けているとプロに成れても成績は残せない。


「とりあえず、学校の許可がないとバイトはできないだろうから、それは二学期が始まってからでいいよ。一先ず、毎日午後一時、平日は会社に、土日はここに通って見せろ」

「分かりました」


 勿論仕事でいないときに来られても、互いに困るだけなのでその日は来なくていいと伝えた。

 それで、三人とプラス一人が一義の家に入り浸っているのだ。その代わり、お昼をご馳走しなくてよくなったので、三家族とも気が楽になったのは言うまでもない。

 朝野夫妻は条件を聞いて安心したのか、口を出してくることはない。

 地元の高校だが実績の高い普通科しかない進学校で、偏差値も高く、成績トップテンは同学年全体の約三パーセントなので競争も激しい。現状の隼人は七十位前後を行ったり来たりしており、現状に満足しているのが我慢ならなかったのだろう。

 入学祝いとは言え、ゲーミングパソコンを買い与えるくらいだ、本気になれるのなら支援してやるくらいの気概はあるらしい。

 輝が隼人を監視して親に報告する目的はあるのだが、一義の家に入り浸る理由は他にもあり、なんと輝と野々華も一緒になって指導を受けているのである。

 理由は美優希が見せた無双で、『それくらいやれればそりゃ楽しいよね』と言うもの。

 隼人は自分のゲーミングパソコンがノートパソコンなので持ち込み、美優希は自分のパソコンで、輝は春香のパソコンで、野々華は一義のパソコンでやっている。椅子が三人分しかないので、隼人は寝室の椅子を移動させて使っている。

 パソコン部屋を作ってからは、春香が化粧で使うのだろうと残したら使わなかった。

 高校から座布団とローテーブルに鏡を置いて薄化粧スタイルを、フランスでの修行中も続けた所為で、落ち着かないし上手く行かないと言って、ローソファーのローテーブルのリビングで化粧をするぐらいだ。

 なので、椅子にも机にも困らなかった。


「野々華ちゃん、もしかして左利き?」

「はい、そうです」

「ふーん」


 一義が何に気付いたのかと言うと、キャラクター操作の正確性と速さだ。

 エイムが完全に追いついてないが、しゃがみ、伏せ、立ち、走る、歩くと言う指示に、この四人の中で一番早く反応でき、間違えないからだ。


「自分のパソコンは持ってるの?」

「持ってないです。でも共用パソコンがあって、マウスは左手用を自分専用で持ってます」

「でも、今は右手マウスだよね。それ両用マウスなんだけど」

「そうなんですか?でも、みんな右手だから右がいいのかなぁって」

「なるほど・・・」


 両用のゲーミングマウスは存在するが、左手用ゲーミングマウスは探すのに苦労するぐらいにない。

 一義は少し考えた後、予備の右手用ゲーミングマウスを渡した。


「左手マウスは不都合があってね」


 WASDがキャラクター移動キー、スペースにジャンプ、EもしくはFキーにアクセスかアイテム取得、シフトとコントロールキーのどちらかにそれぞれ走るしゃがむ、数字キーに所持品の切り替えか使用が、多くのゲームの標準割り当てだ。

 この操作だけならば右手でも可能だが、右手でやると手をクロスしないと、キャラ操作しながら他のキーが触れなくなってしまう。

 また、左手マウス用の操作キー配置が標準化されていない。テンキーがあったりなかったりする上に、左利きは矯正されることもあるので、コストの関係で企業もそこまで取り組めていないのだ。

 違うゲームをやろうとすると、毎回キー配置の設定をしなければならなくなるので、慣らしてあげたほうが身の為だと判断した。


「しばらくは右手用マウスを使って慣れて見て、それだけでエイムは改善するから。左利きはキャラクター操作でかなり有利だから、慣れてきたら返してくれればいいよ。矯正する必要はない」

「ありがとうございます」


 そして輝に関しては別室に呼んだ。

 輝は紛う事なき天才で、凄まじい伸びしろを感じ、隼人に聞かせるとまずいので別室でフォローを入れる。


「別室でごめんね」

「大丈夫です。何かしましたか?」


 少し怯えているのは怒られるとでも思っているのだろうが、そう言うことではない。


「怒ってるわけじゃなくてね。輝ちゃんは隼人君よりも、ここにいる誰よりも可能性を持ってるよ」

「本当ですか!」

「声が大きいよ」

「あ、すいません」


 淡々と後ろから見ていた事実を伝える。

 癖もなく左手はしっかり動いており、エイムは当たり前のように良く、教えたらすぐできるようになる。

 美優希も早くできるようになる方だが、輝はそれ以上だ。

 問題は勘に頼りすぎて理論が苦手な事だ。隼人と兄妹なんだと思い知らされるが、理論を吸収できても伝えるのが隼人以上に下手、そこが違いとなるだろう。

 三人は楽しむ為、隼人はプロに成る為、目指すところが違うので、美優希と野々華に言われた事を話してもいいが、隼人には話さないようくぎを刺した。



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