【コミックス発売記念短編】ジルおじさんのその後
【前書き】
今回はコミックス発売記念の短編です。
個人的に気に入っているキャラのジルおじさん視点になります。
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「お義父さん。この帳簿お願いします」
「わかった」
ジルは娘婿から受け取った書類を未整理の山の一番上へと置く。
ここに来てからほぼずっと計算作業ばかりをしている。
帰って来るまでは仕事を頼みたいというのは隣国で生活しているジルを呼び出すための方便かと思っていた。
娘婿ではなく孫娘からの手紙だったし。
だが、忙しいというのは嘘偽りない事実だったらしい。
実際に来てみて一人では到底こなせない量の仕事の山を見た時は冷や汗が流れた。
しかもその全てが信頼できる人間にしか任せられないような重要なものなのだ。
適当に人員を増やして対処するわけにもいかない。
信頼できる人間なんてそれこそ家族くらいしかいないからな。
だが、結果的に言うと仕事があったほうが肩身が狭くなくてよいかもしれない。
(まさかここまで大きくなっているとは)
昔、ジルが切り盛りしていた店はジルが娘婿に引き継いだ当時より十倍以上大きくなっていた。
娘婿はジルより商才があり、やる気もあった。
そのため、ジルは早くに隠居して珍しいものの仕入れがてら行商人の真似事をしていた。
結局、アルテリア様に命を助けられ、恩返しにと思い辺境に住み着いてしまったため、仕入れはほとんどできなかったが。
そして、どうやらここまで店を大きくしたのは娘婿ではなく孫娘らしい。
孫娘は娘婿以上に商才があったようだ。
現在、孫娘が経営の実権を握っており、ジルより商才があった娘婿ですらお飾り店長と化している。
しかもその権力はこの店だけじゃなく、この街にも広がっているらしい。
無駄にプライドの高い商業ギルドのギルド長が孫娘にペコペコと頭を下げているのを見た時は腰が抜けるかと思った。
レインと同じ年の孫娘にだ。
レインといい、孫娘といい、若いもんはほんとにすごい。
(私も負けないように頑張らないといけないな)
ジルはそう思い、資料の山を切り崩しにかかる。
「そういえば、お義父さんの前にいた国と我が国の戦争が再開されるらしいですね。私の知り合いは今回は参戦しないそうですが、お義父さんの友人は大丈夫ですか?」
「なに!?」
だが、ジルの手は娘婿のよこした意外な情報で止まることになった。
「あれ? 知らなかったんですか?」
「初耳だ。詳しく教えてくれるか?」
ジルは娘婿から最近隣国との間にあったいろいろなことを聞かされた。
最近、隣国に人質同然に嫁いでいった姫が逃げてきたらしい。
その姫が隣国の内情がグダグダになっていると伝えたことから戦争の話が始まったそうだ。
その姫によると、国がごたつき始めたきっかけは隣国の辺境を守っていた優秀な貴族が出奔したことだった。
その結果、隣国は魔の森に軍を当てる必要が出てきた。
その隙をついて、姫は逃げ、こちらの国は攻めることにしたそうだ。
ちょうど春になり、魔の森が活性化する時期に合わせての進行にしたのは、その貴族が対 魔の森のノウハウを伝授しないまま出奔してしまったので、魔の森の対処が一番大変になるこの時期が一番攻めやすいと思われたからだ。
だが、ジルの興味があったことは隣国の情勢ではなかった。
(そうか。レインは自由になったのか)
辺境を守っていた優秀な貴族というのは間違いなくレインのことだろう。
その貴族が出奔したということは、レインがあの仕事をやめて自由になったということだ。
(訪ねてきてくれなかったことは少し寂しいが、仕方なかったのだろう)
今頃、隣国の貴族たちは血眼になってレインのことを探しているはずだ。
下手に関係があることがばれればジルにも危害が加わる恐れがある。
はっきり言ってレインたち対魔貴族の果たしていた役割は大きい。
両方の国で生活したことがあるジルにはそれがよくわかる。
この国では国軍の半分が魔の森の対処に当てられている。
しかも、魔物は追い返すのが精いっぱいで、魔石なんかの資源は取れない。
当然、軍は維持費がかかるので、その費用が税金として重くのしかかってきている。
ほかの税をすべて足しても魔の森対策の税金の半分にも満たないのだからその多さがわかるだろう。
神聖ユーフォレシローリウム人民聖王国は税金が安いというイメージを持たれているが、ただ単にこの魔の森対策の税金がないだけだ。
それ以外の税金はむしろほかの国よりも高いくらいだ。
(こうして帳簿をつけているだけで圧倒的な差が感じられるくらいなのだから、実際はもっと大きな影響が出るだろう)
金銭面以外に、軍事面でも影響はかなり大きいはずだ。
神聖ユーフォレシローリウム人民聖王国はもともと侵略国家なので、周りの国との折り合いは決して良くない。
今まではそれを圧倒的な軍事力でねじ伏せてきていた。
(あの国の軍事力は圧倒的だったからな……)
ほかの国は半分の力を魔の森に割かなければいけないところを自分の国だけは外国に対して全力が出せるのだ。
単純計算で他国の倍の軍事力があることになる。
その上、ここらへんの国の中で人民聖王国は頭ひとつ突き抜けて大きい。
普通、あの規模になると、狩逃した魔物の対処が追いつかなくなり、国が分裂したりするのだが、対魔貴族が魔の森から出てくる魔物を全部狩っていたのでその辺もなんとかなっていた。
(そういえば、農業が強いのも対魔貴族のおかげだったか)
魔の森に大きく食い込んでいっていたことで、農業生産力も他の国の五倍以上になっていた。
魔の森の近くに住んでいたジルにはそれが対魔貴族のおかげだったとわかる。
あの土地では作物の成長があり得ないくらい早かったからな。
小麦が一日で収穫できているのを見た時は何かの冗談かと思った。
その食料を輸出することで、関係をもっていた国もたしか多かったはずだ。
(神聖ユーフォローレシウム人民聖王国も、もうおしまいかもしれないな)
対魔貴族が無くなれば凡庸なただの国に成り下がる。
他国との関係が悪いので凡庸以下か。
(しかし、レインは今何をしているんだろうか? あいつのことだから無事だろうが、あいつは少しずれている部分があるからな)
「お義父さん? どうかしましたか?」
「……いや、そろそろ仕事に戻ろうか。どんどんさばかないと夕食が取り上げられかねん」
「そうですね。昨日もノルマが終わるまで夕食にありつけませんでしたし。さっさと終わらせましょう」
ジルは恩人の息子の無事を祈りつつ、店の作業に戻った。
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【あとがき】
おかげさまで明日(4月7日)にコミックス1巻発売します!
Web版と変わっている部分もたくさんあるので、漫画版の『追放魔術師のその後』をぜひ楽しんでください。
私の書下ろしの小説も載っています。
レインが魔術に出会った時の話です。
まえがきでも書きましたが、今回は個人的に気に入ってるジルおじさん視点の短編です。
好きなキャラなのですが、今後登場することもなさそうで……。
実はコミックス書下ろしの短編にも登場させようとしてたのですが、尺が足りず泣く泣くカットしました。
与えられた尺の中で書くのって難しいですね。
ですので、どっかでジルおじさんを書きたいと思っていたのでこの機会に書いてみました。
明らかに挿入する場所が悪いので、しばらくしたら『閑話 愚王たちのその後パートⅡ⑤』の後ろ辺りに移動させます。
本編の続きは鋭意作成中ですので、もう少々お待ちください。
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