『奴ら』がやってきた③

「怯むな!」


 アリシアが魔物の出た場所についたとき、その場所は阿鼻叫喚の状態だった。


 魔物が強力だというのもあるが、魔物の使う力が厄介なのだ。

 魔物の赤い目の光を浴びた兵は恐慌状態に陥り逃げ出してしまう。

 アリシアくらいの魔力を持っていれば抵抗できるが一般兵では相当な手練れでないと抵抗できない。

 本来は対策として魔道具を用意するのだが、魔物に有効な魔道具なんかは数が足りていない。


(アリアたちのおかげでかなりの数の魔道具を用意できたけど、やっぱり足りてないね)


 アリシアの軍はほかの軍より多くの魔道具を準備できた。

 それでも、軍全体に配備できるわけではない。

 軍の各所に魔道具を持った人間を分散して配置するのがやっとだ。

 やはり、数人の魔道具を持った兵では魔物の対処をしきれなかったようだ。


 今は魔道具を持った部隊がそろうまで時間稼ぎをしていたらしい。


「アリシア様が来たぞ!」

「勝てる! これで勝てるぞ!」


 アリシアが来たことで軍の士気は一気に上がる。

 アリシアはこの国では名の知れた魔術師だ。

 魔物には魔術が有効だということは有名なので、兵はアリシアが来たことで勝利を確信したのだろう。


 実際、アリシアも自分が目の前の魔物に負けるとは思っていない。

 少し手間取るかもしれないが、あまり被害を出さずに勝つことは容易だろう。


 それは、敵が目の前の魔物だけだった場合だが。


「報告します! 敵軍、動き出しました!」

「来たか!」


 どうやら、敵軍が動いたらしい。

 敵国と内通している第二王子派を最前線に出すことで敵軍が動かないようにできないかと期待したが、さすがに無理だったらしい。


 第二王子派は外交に長けたものが少ないので、そこまで期待はしていなかったが。


 こんな状況だ。

 敵軍の対処は第二王子派にしてもらおう。


(流石に今の状況で自分の被害を抑えるために馬鹿なことはしないだろ)


 良くも悪くも軍部が強い第二王子派だ。

 敗走したように見せかけて敵軍を後ろに通したりはするまい。


 本陣には第二王子もいるのだ。

 本陣まで通して仕舞えば第二王子の面目は丸潰れになる。


「報告します! 森から再び魔物が現れました!」

「くっ!」


 そして、良くない情報は続いてやってきた。


 これも予想の範疇ではあった。

 砦を責めた時には少なくとも十匹の魔物が確認されている。

 数匹が打ち取られたとの話は聞いているが、今回一体しか来ないとはあまり思っていなかった。


 だが、知っているからといって対策が立てられるわけじゃない。

 いくらアリシアといえど、魔物が二体でぎりぎり、三体以上いればおそらく押し負ける。


「アリシア様。お下がりを! 全員アリシア様を守れ!」


 部隊がアリシアを守るように展開する。

 今まではアリシアが前線に出ることで軍に被害は出ていなかった。

 一体であればアリシア自身も攻撃を避けられる自信がある。


 だが、二体以上になればアリシアに攻撃が通るかもしれない。

 もし、アリシアが傷つき、戦線を離れることになったら最悪だ。


 まだほかの魔術師はこの場に来ていない。

 おそらく、魔物が来たと聞いてしり込みしているのだろう。


 この状況でアリシアが戦線を離れれば魔物を抑えられなくなる。

 そうなれば、魔物は縦横無尽に暴れまわり、このあたりにいる兵を殺しつくすだろう。


 それを避けるために兵には肉の壁になってもらうほかない。

 相当な被害が出るだろうが、アリシアが戦線を離れるよりは被害は少なくなるはずだ。


 アリシアは兵を数字で考えている自分に対して苦々しく思う。

 だが、アリシアにはすべてを思い通りにするほどの力はなかった。


「……すまない。任せる」

「お任せください!」


 兵士たちは決意を固めた顔で魔物に向き直る。

 中には、死に怯え、震えているものもいる。


 だが、逃げ出すものはいなかった。


 アリシアは、せめてもの反撃にと全力の魔術を迫り来る魔物にぶつけるつもりで魔力を練る。

 あまり効率の良いことではないが、それくらいしないと今のこの気持ちはおさまらない。


 だが、魔物は行き先を変え、軍の別のところへと突っ込んでいく。


「どういうことでしょう?」

「わからん。が、向こうも完全に魔物を操れているわけではないのだろう」


 魔物を同じところにぶつけて蹂躙していく方が絶対に良い。


 だが、そうしないということは向こうにもそうできない理由があるはずだ。


(もしかしたら、近くに行かせると同士討ちをしだすのか?)


 魔物はさっきから単調な行動を繰り返している。

 魔道具での制御はそこまで正確にできないのではないだろうか?


 そう思ってみていると、三匹目と四匹目も別のところへと向かっていく。

 その後にも数匹の魔物がこちらに向かっているが、目的地はすべて違うようだ。


「理由はわからないが、こちらとしては助かる」

「そうですね」


 おそらく、アリシアは一体であれば何とか倒すことができる。

 一体ずつ倒していけば最終的には全部倒すことができるだろう。


「ここ以外の場所には他の魔術師を向かわせろ。私が向かうまでの足止めだけでいい」

「承知しました」


 近くにいた兵に伝令を頼むと、その兵は全力で駆けていく。

 足止めだけであればほかの魔術師も動いてくれるだろう。


(あとは私の魔力が持つかだが……)


 目に見えるだけでも十匹近くの魔物がいる。

 これをアリシア一人で倒せるかは微妙だ。

 だが、魔物を倒したところにいる魔術師を別の場所に引きずっていけば何とかなるだろう。


「それも、皮算用か。目の前の魔物を倒すしかないな。『火球』!」


 アリシアは自ら先陣に立って戦闘に加わっていく。

 さっきのうっ憤を込めた火球の魔術は魔物に直撃し、魔物を大きく吹き飛ばした。


***


「よし!」


 アリシアが魔物に魔術で攻撃を加えると、魔物は空気に溶けるように消える。

 今の火球で魔物を倒せたらしい。


「ふーー」


 アリシアは大きく息を吐く。


 魔物の増援が来てからしばらくかかってしまった。

 だが、一体倒せたということはこの調子で他の魔物も倒していけるはずだ。


 疲労はあるが、魔物にはすでに一人以上の魔術師が対処にあたっている。

 アリシアには及ばないが、優秀な魔術師だ。


 アリシアが合流すれば魔物を倒すこともできるはずだ。


「アリシア様! 隣の隊から救援要請! 魔術師部隊全滅! 救援を求める! とのことです!」

「なに!」


 アリシアは隣の隊を見る。

 そこではさっきまでおとなしかった大蛇が縦横無尽に暴れていた。

 魔物には魔術の攻撃が有効だ。

 遠隔から攻撃できるし、腕のいい魔術師がいれば大きなダメージも与えられる。

 魔物も魔術師からの攻撃を警戒して大きな動きはできなくなる。

 その分、魔術師がいなくなれば被害は大きくなる。


「く。私自ら助けに行く! ここは任せるよ!」

「は!」


 アリシアは駆け出す。


 幸い、魔物が暴れている場所はアリシアが戦っているところからそう離れていなかった。

 アリシアが魔物の暴れている場所についたとき、まだそこまで大きな被害は受けていないようだ。


「増援に来たよ! 『火球』!」


 アリシアが火球を魔物に当てると魔物は不快そうに身をよじる。

 アリシアの火球でも数発当てないと魔物を倒すことはできない。


「シャー!」

「くっ」


 魔物はアリシアの方を見る。


 魔物と目が合い、一瞬アリシアの動きが止まる。

 魔物の魔法のレジストには成功したが、少し危なかった。

 アリシアはすでに一人で一体の魔物を倒している。

 疲労もあるし、魔力だって消費している。


 連戦はかなりきつい。


 疲労している様子のアリシアを見て、魔物はニヤリと笑う。


「くっ! 『火ーー」


 アリシアが魔物に向けて魔術を打とうとした次の瞬間。


 魔物の首が落ちた。


「は?」


 アリシアは一瞬訳が分からず間抜けな声を出す。

 魔物は今の一撃で死んだようで、空気に溶けるようにして消えていく。


 周りを見回すと、他の場所の魔物たちの首もコロリコロリと落ちていく。


 そして、すぐに戦場から魔物がいなくなった。


「な、何が」

「アリシア様! 天誅が。教会の懲罰部隊が現れました!」

「なんだって!」


 思わぬ存在の出現にアリシアは驚きの声を上げた。

 その直後、上空から純白の衣装を着た存在が降り立つ。

 マントには教会の文様が刺繍されている。

 うわさに聞いたことがある『天誅』の装いだ。


(……これが魔物を殺しに来ただけならいいのだが。目撃者も皆殺しにしたっていう噂もあるからね)


 アリシアは冷や汗を流しながら目の前に現れた存在を見つめた。

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