『奴ら』がやってきた①

「アリシア様。布陣。完了しました」

「ご苦労様」


 ミーリアの誕生日パーティがあった日から数日後、アリシアは敵国との戦争の最前線にいた。

 砦が落とされたため、砦より少し下がった平原であるこの場所が最前線となっている。


 そんな最前線にある陣幕の中でアリシアは部下からの報告を聞いた。

 いろいろあったが、なんとか戦闘に入れるようにはなったようだ。


「本当、厄介なことになったもんだよ」

「全くですね」


 敵国は魔物を使って砦を落とした。

 平原での戦闘で魔物を使うと思っていたアリシアたちは完全に後手に回った形だ。


 実際やられてみると、この砦を攻めるのにはかなり有効だ。


 普通は砦を落とすのには千や二千ではきかないほど多くの兵を用意する必要がある。

 対人用に備えた砦を落とすというのはそれくらい大変なことなのだ。

 そんな数の兵を背後で動かされていればどんな間抜けな軍でも気づくことができる。


 だが、対人用の砦は魔物に対してはそこまで強くない。

 魔物は、人間とは全然違う特性を持っているからだ。


 今回砦を攻めてきたのは隣国ではよくみられる蛇の魔物だった。

 蛇の魔物なら壁を這い上がることができる。

 当然、城壁も簡単に超えられる。


 それに、この砦は対魔物用の備えもされていなかった。

 魔力のこもった武器を持っていなければ魔物に対して満足に対処もできない。

 魔物との戦いで有効な魔術師もそこまで多く砦には詰めていなかった。


(まあ、当然のことだけどね)


 こんなところに突然魔物が出るとはだれも思わない。

 事前にここに魔物が出るとわかっていれば近くの軍を動員できるのだから、準備をする必要もなかった


 だが、今回それが起こってしまった。

 今回、少数の魔物の襲来を受け、砦は大変な事態に陥った。


 そして、魔物の襲来で弱った砦であれば少数の兵でも攻め落とすことができる。

 実際、今回は兵が魔物から避難したため、ほぼ空になった砦を数百の敵兵で落とされたらしい。


 我が国は布陣していた場所の背後の砦を落とされ、挟撃される形になったため、軍は大きく下げざるを得なかった。

 これ以上国土を侵食されるわけにはいかない。

 そのため、本来後詰だったアリシアたちも前線に布陣することになってしまった。


(不幸中の幸いは撤退時、兵にあまり損害が出なかったことか)


 おそらく、砦の奪取作戦はかなり秘密裏に行われたことだったのだろう。

 砦を落としたとの情報が入った時、敵軍にも少なからず動揺が広がっていた。


 今まで平原の小競り合いを何年も続けていたのに、急に敵国の砦を落としたのだ。

 普通は誤報か敵国が流した欺瞞情報であることを疑う。


 アリシアが将だったとしても嘘だと考え、兵は動かさないはずだ。


 結果的に撤退する軍は攻撃を受けることなく今アリシアたちがいる場所まで下がることができた。


「しかし、取られた砦は取り返さねばいけません」

「当然だ」


 今、敵国は砦を落としたことで勢いに乗っている。

 ここで食い止めねばどんどん我が国は侵食されかねない。


(それに、次は魔物と同時に攻めてきそうだしね)


 噂レベルではあるが、敵国が魔物を操れるという情報がこちらにも流れてきている。

 敵国内ではある程度確度の高い噂として広まっているらしい。


 なんにせよ、おそらく次はわが軍が魔物に襲われている隙に攻めてくるつもりだ。


 なんとかして敵国が魔物を使えないようにしたいんだが。


「……教会は動いてくれたか?」

「いえ。教会内でも意見をまとめ切れていないようで」

「そうか」


 アリシアは敵国が魔物を使えなくするように教会に働きかけをしていた。


 教会は回復魔術を独占していることで有名だが、他に、魔物を敵対視していることでも有名だ。

 過激派の中には魔物の魔核を使った魔道具すら禁止すべきという団体もいる。


 魔物を敵国が使ったと噂が出れば動いてくれるかと思ったが、そう甘くはないらしい。


 おそらく、敵国の手の者が動いているんだろう。

 魔物が操れるということを噂レベルに収めているのは教会に敵対視されないようにするためか。


 噂レベルではホントかウソか判断できない。

 教会もデカい組織だから確定しないと動けないしね。


 それでも動きそうな過激派は教会の一部の派閥を使って抑え込んでいるのだろう。

 教会も一枚岩ではないからね。

 こういう時はどうも動きが遅い。


「それに、毎回教会に来てもらうわけにはいかないでしょう。今回も確認を取るだけのためにかなりの額の寄進を請求されたらしいですから」

「ち。また寄進か」


 教会を動かそうとすれば相当な額の寄進が請求される。

 回復魔術を使うのにも寄進、結婚をするのにも寄進、教会はいつも寄進寄進とうるさいのだ。


「何が神の代行者だ。ただの守銭奴じゃないか」

「仕方ありません。教会を敵に回すわけにはいきませんから」

「……ちっ」


 教会は世界中に存在する。

 そして、回復魔術を牛耳っている以上、教会を無視することはできない。


 本当は回復魔術を教会から取り上げたいとどこの国も考えている。

 だが、信仰心の高い者でないと回復魔術を使えないらしいので、教会から回復魔術を切り離すことはできない。


 ポーションで直せないような傷も回復魔術でなら治せるのだ。

 特に、魔物から受ける『魔傷』のような傷は回復魔術でないと治せない。


 なぜか強い魔物から受けた傷はポーションでは治りが遅い。

 回復魔法であればすぐに治るのに、本当に不思議だ。


 何にせよ、魔物を駆逐できない状況では教会を敵に回すことはできないのだ。


 実際、教会から異端者とされ、回復魔術師を派遣されなくなった例はいくつもある。

 中には多くの魔術師や錬金術師を有し、強力な魔道具を持っていた大国もあった。

 その国でさえ教会を敵に回したことで滅んでしまった。

 たしか、ポーションの効かない謎の流行病が流行り、滅んでしまった筈だ。


 魔傷に限らず、ポーションでは対処できないことはかなりある。


(それに、教会は謎が多いんだよね)


 教会が隠していると噂されていることは沢山ある。

 それは都市伝説レベルのものから公然の秘密のようなものまでいろいろだ。


 強力な兵を生み出す方法を持っているだとか、国一つを滅ぼせる呪いがあるだとか裏では密かに言われている。

 例の大国が滅んだのも教会の使った呪いによるものだというものとか。


 アリシアも教会が国を亡ぼすことができるとは思っていないが、大国に何かちょっかいを出したのだろうとは思っている。


 あの組織は自分の思い通りにならないと何をしてくるかわからないのだ。


「本当厄介だね」

「全くです」


 アリシアは今後起こるであろうたくさんの面倒ごとに思わず眉を潜めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る