村へ帰る準備をする④
「誰か来たみたいだな」
扉をノックする音が聞こえた。
どうやら、誰かきたらしい。
アリアはノックを聞いて体を硬らせる。
どうやら、まだダメみたいだな。
俺が立ち上がり、扉のところに向かう。
「あ、私が――」
「いいよ。ミーリアはその格好じゃ出れないだろ」
ミーリアの服はアリアの涙でドロドロだった。
その格好で誰かと会うわけにはいかないだろう。
あの服って結構高そうなのに、大丈夫かな?
「あ! ごめん、ミーリア」
アリアはミーリアの服を汚していたことに今気づいたらしい。
急いでミーリアから離れようとする。
だが、ミーリアはアリアを逃すまいとギュッと抱きしめる力を強くした。
「いいんですよ。そんなこと気にしないで。申し訳ありませんが、レインにお願いしてもいいですか? 多分執事の方が資料を持ってきてくださったのだと思います」
「資料? まあいいや。もらってくるよ」
何の資料だろう?
とりあえず、受け取ればいいか。
俺は、部屋の外に出る。
部屋の外には俺たちをこの部屋に案内してくれた執事さんが立っている。
「すみません。ミーリアは少し服を汚してしまって」
「(朝からお盛んなことだ)……そうですか」
執事さんは一瞬表情を歪める。
すぐに元に戻ったので、気のせいかもしれない。
「こちらが資料になります」
「ありがとうございます」
執事さんは手に持っていた書類を俺に渡してくる。
結構な量の紙の束だ。
中身を見ていいものかわからなかったので、俺はそのまま受け取る。
「何かあればお呼びください。こちらの部屋の近くは客間で人がいませんので、ご存分にご利用ください」
「わざわざご配慮ありがとうございます」
執事さんは頭を下げて下がっていく。
多分、アリアのことがあるからこの辺りの部屋を開けてくれたのだろう。
辺境伯様には頭が上がらないな。
俺はそんなことを思いながら部屋に戻る。
「なんか、かなりの量の資料をもらったけど、これ何?」
俺が部屋に戻ってミーリアに資料を渡すと、ミーリアはパラパラと資料の中身を確認する。
なんか、字ばっかりで読みにくそうな資料だ。
「村の資料です。アリアが辺境伯さまの養女になったので、外との関わりが増えるかと思い、用意してもらったんです」
「えぇ?」
アリアは目を見開く。
驚きのあまり涙も止まってしまったようだ。
そういえば、アリアが養女になるとかいう話をしていたときはアリアは寝ていたっけ?
俺は昨日ミーリアから聞いたけど、いきなり聞かされたらそれは驚くか。
「そういうことになったらしい」
「え? 待って? そういうことってどういうこと?」
アリアは答えを求めてミーリアと俺を交互に見る。
説明を求められても俺もよくは知らないのだ。
「アリアは今は疲れていると思うので、詳しいことは村に帰ってから話します。この先の武闘会は不参加としていただいたので、今は疲れをとって、夜に王都から出発しましょう」
「え? もう?」
俺も驚いた。
そんなに早く王都を出る必要があるのか?
「えぇ。フレミア家とのいざこざもあったので、出来るだけ早く王都を出た方がいいかと」
すっかり忘れていたが、アリアの生家といざこざもあったんだった。
悪いのは向こうだが、こっちが悪くないからといって、逆恨みされないとは限らない。
それを回避するためにも、早く王都を出た方がいいのだろう。
「私は市場で旅に必要なものを買ってきますので、アリアとレインは出発の準備をしてもらっていいですか?」
「わかった」
「え? わた……」
俺はアリアの口を塞ぐ。
今は口を出しちゃいけないやつだ。
アリアは俺の腕の中で暴れているが、今は我慢してくれ。
「ふ、二人で準備をしておくよ。だからミーリアは市場をお願い」
「よろしくお願いしますね。では、私は着替えてきます」
ミーリアはそう言い残して、部屋を出て行く。
その背中は心なしかウキウキしているように見える。
「……ふう」
「ど、どうしたの? 市場ならみんなで行けばいいじゃない?」
アリアは不思議そうに聞いてくる。
少しだけ前のアリアに戻ってくれてほっとする。
だが、まだその瞳には不安の色が見える。
自分が何か間違いを犯したと思っているんだろう。
そんなことないのに。
俺は苦笑いをしながら答える。
「実は、ミーリアは市場を見るのを楽しみにしてたんだ。どうやら、ブレスレットが売れなかったのがショックらしい。市場調査をするって言ってた」
「え? あれ? どうして?」
村に辺境伯さまの執事長がくる前にジーゲさんとミーリアは色々と商談をしていた。
そこであのブレスレットを売ろうとしたらしいが、思ったような値段がつかなかったそうだ。
かなり悔しそうにしていた。
「なんでも、軍事物資になるから、あまり作らないように言われたらしい。効果が強すぎるって」
「あー」
正確にいうと、値段自体は予想より高く全て買い取ってもらえた。
だが、魔術の効果を上げるようなアイテムは軍事物資になるから、市販することはできないと言われたそうだ。
よく考えてみると当たり前だよな。
この世界で魔術と言えば攻撃魔術なのだ。
その効果を上げるものっていうことは攻撃力を上げるものだ。
あのブレスレットは日本で言うと、銃の命中力を上げるレーザースコープや爆弾の強さを増す火薬みたいなものだ。
市販できるわけがなかった。
「そういうわけで、次のヒット商品を探して、市場調査をするつもりらしい。一緒に行ったら多分大変なことになる。アリアもミーリアのことはよく知ってるだろ?」
「一緒にいかない方がいいかもしれないわね」
アリアは納得したようにベッドに横になる。
アリア自身は被害を受けていないが、暴走したミーリアに巻き込まれたリノとキーリの姉妹のことはアリアも見ていたはずだ。
アリアの体調が不安だっていうのもある。
実際はミーリアもそのことを思って一人で行くと言ったんだろう。
こんな状況だ。
必要なものを買って軽く市場を見回って帰ってくるだろう。
……多分大丈夫。
俺は一抹の不安を感じながらも、帰り支度をするために立ち上がった。
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