村へ帰る準備をする①

「おはようございます」

「あ、ミーリア、おはよう」


 俺は結局アリアのベッドのそばで椅子に座ったまま寝た。

 アリアが服を離してくれないので、服も着替えられていない。

 旅装束だから、いい加減着替えたいんだが。


「アリアはまだ目覚めませんか?」

「まあ、色々と大変だったみたいだからな」


 アリアは昨日下水道で気を失ってからまだ目覚めていない。

 ネックレスに記録されていた映像を見た感じ、一昨日に王都に来てからかなり大変だったようだし、仕方ないか。


「そういえば、ミーリアはもう着替え終わってるんだな。まだ朝早いだろ」

 

 ミーリアは着るのが大変そうなドレスを着用し、うっすらと化粧もしているように見える。

 村や旅の途中では動きやすい服装だったので、こういう格好を見るのは新鮮だ。


 村ならもう活動を始めている時間ではあるが、まだ朝早いのに、何かあるんだろうか?


「辺境伯様は昨日から動いていたようなので、おそらく、今日には何かしらの動きがあると思います。昨日は色々あったので旅衣装のままお会いしましたが、今日は時間に余裕もあるので、ちゃんとした格好でお会いしようと思っています」

「そうなのか」


 昨日、ミーリアが辺境伯様と話をした後、この部屋にやってきた。

 そこで、どういう話をしたのか少しだけ聞かせてもらった。

 ミーリアが辺境伯様と交渉してくれた結果、アリアは辺境伯様の養女になるらしい。

 どうやら、俺が渡した魔道具は役に立ったようだ。

 ミーリアの話だと成功する可能性は高いそうだ。


 しかし、昨日のうちから動いているとは。

 その情報をまだ朝早い今の段階で手に入れているミーリアもなかなかだ。

 俺には真似できない。


「やっぱり貴族社会は俺の肌には合わんな」

「ふふ。レインは結構ズボラですもんね」

「……そこまでではない、と思う」


 確かに朝起きるのは遅いし、寝癖も直すのが面倒でそのままにすることもある。

 だが、ズボラというほどではないんじゃないかと思う。

 多分。


 俺が色々と考えていると、ミーリアが生優しい目でこちらを見ている。

 ダメだ。

 反論しても勝てる気がしない。


「……うっ」


 俺たちが話をしていると、アリアが寝ているベッドから呻き声が聞こえてくる。

 どうやらアリアが目を覚ましたらしい。


 ミーリアはベッドに駆け寄ってアリアの顔を覗き込む。


「アリア? 大丈夫?」

「すまん、アリア。うるさかったか?」

「ミーリア? レイン?? どうしてここに??」


 どうやら、まだ意識がはっきりしていないらしい。

 目を覚ましたアリアは焦点の定まらない目であたりを見回す。


 そこが見知らぬ場所であることに気づき、頭に手をやる。


「確か私、王都で武闘会に参加して、ルコっていうメイドに騙されて、下水道で……スライムは!?」


 アリアはガバリと上体を起こす。

 そのまま辺りをキョロキョロと見渡す。


 俺の服をギュッと握っていることから警戒しているのだろう。

 ミーリアは子供をあやすようにアリアを抱きしめる。


「安心してください。アリア。スライムはレインが倒しましたから」

「あ。そうだった」


 やっと気を失う直前のことを思い出したのか、気が抜けたように体をミーリアに預ける。

 ミーリアはアリアの背中を優しく摩った。 


「まだ疲れが抜けきってないようですし、横になっていた方がいいですよ」

「……そうする」


 ミーリアはアリアをベッドに横たえる。

 ミーリアが優しく布団をかけると、アリアはウトウトしだした。

 やはりまだ眠いようだ。


 コンコン


 その時、入口がノックされる音が聞こえてくる。

 アリアはベッドから跳ね起きて俺の後ろに隠れる。


「だ、だれ?」


 アリアの声は震えていた。


 異常な反応に俺もミーリアも驚きに目を見開く。

 声だけじゃなく、さっきから俺の服を掴んでいたアリアの手は、ブルブルと音が聞こえてきそうなくらい震えている。


 俺はその手をギュッと握ると、少しだけ震えが収まる。


「少し外で話してきますね」

「頼む」


 アリアの尋常ではない様子を見て、ミーリアは今は人と会わすべきではないと思ったようだ。

 扉の外に出ていく。


 ミーリアが出ていくと、少しずつアリアの震えは収まってくる。


「大丈夫か?」

「ごめんなさい」


 アリアが弱々しく話す。


「別に気にすることないさ」

「ちょっと、……怖くて」

「……そうか」


 ここまでのことを考えれば、無理もないのかもしれない。

 ここ数日で他人の悪意に晒されたのだ。

 命の危機だってあった。

 他人が怖くなるのもあり得るだろう。


「辺境伯様が呼んでいるそうですが、アリアは大丈夫そうですか? ダメそうなら私一人でお話ししてきますが」

「だ、大丈夫、行くわ」


 部屋に戻ってきたミーリアの言葉に、アリアは立ち上がろうとする。


「あれ?」

「おっと」


 しかし、ベッドから出ようとすると、その体はふらりとよろめく。


「はぁ。はぁ。ごめんなさい。すぐに準備するから」


 荒い息を吐きながら、なんとか立ち上がろうとはするが、体に力が入っていないようだ。

 顔も赤く、額には汗が浮かんでいる。


 この症状は聞いたことがある。

 古代魔術師文明の知識じゃなくて、前世の知識だ。


 心に傷を負った人がこういう状態になることがあるらしい。


 どちらにしろ、この状況のアリアを辺境伯様の前に連れて行くのは無理だろう。


 ベッドから出ようとしただけでこれなのだ。

 部屋から出ようとすれば卒倒してしまいそうだ。


 俺は震えるアリアを優しく抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る