リーレイ、下僕を作る2

 男はおずおずと出てきたものの、リーレイと館の入り口を交互に見て震えていた。

そして口を開けばこんな事を言う。


「あ、のー……。入り口を閉めてくれませんか? 吾輩、陽の光に弱いもので……」

「えぇー! めんどくさいなぁ、もう!」


 と言いつつも閉めてあげるのがリーレイである。

プンプンと音が出そうなほどあからさまに怒り、頬を膨らませながらも入り口まで向かってちゃんと扉を締めた。

 それにより館の玄関ホールは、より一層暗い場所へと変わる。

リーレイには別段、苦労するほど暗いわけではない。夜目が利くというほどではないが、全く見えないわけでもない。

この怪しげな男と会話をするくらいは大丈夫である。


 リーレイが扉を閉じると、男は安心して部屋から出てくる。

目の前に立てば、その背丈の高さがよく分かった。リーレイと比べれば頭一つ分は高い。


「君がヴァンパイア?」

「そうですが……」

「あ、そぉ。じゃあ死んでぇ!」

「えぇえ!? ちょ、ちょちょ、待ってください! 何でそんなに!?」


 ニッコリと微笑みながら、取り出しておいたヘアピンを向けた。

たとえそれが可愛らしい装飾品の施されたアイテムであっても、男はこの状況からすれば凶器だとすぐに分かった。

 リーレイの方が圧倒的に小さいというのに、男は身をかがめて両腕で守りながら震えている。


「僕は冒険者組合の依頼で来たんだよぉ。最近の不審死がヴァンパイアのせいじゃないかって言われてぇ」

「ふっ、不審死!? 知りませんよ、そんな事! ちゃんと死なないように吸血を……」

「それってぇ、誰基準でぇ? 人間は弱いんだからぁ、ちゃんと考えて血を吸いなよぉ」

「お、仰るとおりです……」


 リーレイに正論をつかれてしまい、男はシュンと反省する。


「でもそんなにバタバタ殺していくことないよねぇ」

「殺してるつもりは……」

「死んでるんだから同義でしょお。僕に口答えする気ぃ? 低レベルの分際でぇ」

「低……。あ、あの、お言葉ですが、貴方様は一体……?」


 侮辱されても反論しないのは、本能でリーレイが強いと理解していたからだ。

低姿勢を保ちつつ、男はリーレイの素性を尋ねた。

 どう考えても自身の邸宅に忍び込んできた怪しい少年の方が、立場的には不利なはずなのだが。

 男に尋ねられたリーレイは、満面の笑みで自己紹介する。


「僕はリーレイ! この世の最高であり至高であらせられる――アリス・ヴェル・トレラント様の命により、リトヴェッタ帝国の調査に来た、可愛い可愛いお人形さんだよぉ!」

「リーレイ様……。アリス様? に、人形?」


 リーレイの名前を反芻しつつ、見知らぬ名前に疑問を抱く。

人間よりも長く生きていたヴァンパイアだ。リーレイほどの実力者であれば、その知識に残っているはず。

 しかし男の記憶の中に、リーレイの名前もアリスの名前も存在しない。

アリスたちはつい最近この世界に来たのだ、当然だが存在するはずもない。その事実を知るのはごくごく一部の存在だけだ。


「うん。君がヴァンパイアであるようにぃ、僕はお人形なのぉ。ほら、球体関節って言っててぇ、人形の関節をしてるでしょお?」

「いや、でも……えぇ? どういう原理で動いているのですか?」

「さぁ? アリス様から直々に、命を与えられたからじゃないのぉ?」


 言われてみればリーレイも、人形である自分がどうやって動いているのか理解できなかった。

しかしそれを突き詰めるほどでもない。

 今こうして無事に活動できていて、アリスのために貢献出来ているのであれば、それで問題ないのだ。

 だから男の質問にも、真面目に答えてやることもなかった。


「そ、そうなのですね……」

「でぇ、君は~?」

「し、失礼しました。吾輩はドゥプラ・マリュドスと申します。一時期はこのあたりを統べていたのですが、何者かによって封印されまして」

「へぇー。じゃあ居なくてもいい存在なんじゃん」


 スラリと再びヘアピンを構えるリーレイに、ドゥプラは冷や汗をかいた。

これだけ丁寧に接して、無害ですよとアピールしているのにどうしても、リーレイはドゥプラを殺したいのだ。

 それは彼がシリアルキラーというわけでもなく、一応ここには依頼で来ているからである。


「ちょ、勘弁してください。最近目覚めて、空腹のままに人々から、血を頂戴してしまったのです」

「ふーん」

「嘘じゃありません! もう悪いことをしませんし、ちゃんと人に合わせて吸血管理しますから! 殺さないで!」


 とうとうドゥプラは、床に頭をこすりつけて懇願し始めた。

細身の背が高い男が、ブルブルと震えながら少女のような少年に命乞いをするさまは、めったに見られるものではないだろう。

 リーレイは「うーん」と考える。彼自身、軍師などではないため、こういった処遇を決めるということは得意ではない。

であれば、上司に伺いを立てるべきなのだ。


「……まぁいいやぁ。アリス様にお伺いを立ててぇ、君の処遇を決めるよぉ」

「うぅ……」


 未来が不安定なままのドゥプラは、地べたに這いつくばったままいい結果を待っている。

リーレイはすぐさまアリスに通信を飛ばした。

猫なで声で話しかければ、アリスも遅延することなくすぐに通信に応じる。


「アリス様ぁ♡」

『やぁ、リーレイ。順調かな?』

「はぁい! 僕ってばぁ、冒険者になりましたぁ! えへへっ」

『何だと……でかした! その役職は今後絶対に必要になる。失効しないようにね!』

「うっ……はぁい……」


 リーレイの想像以上に、アリスにとっては〝冒険者〟という肩書は重要であった。

特に冒険者を重宝している国・パルドウィンにあたっては、とても大事な職業だ。たとえそれが制圧前でも、制圧後でも。

 冒険者に登録していないアリスにとって、冒険者を連れて回るという行為は必須になることだろう。

〝前回〟の失敗もさることながら、アリスに都合のいい冒険者というのは大切な存在である。


『それで、何かあった?』

「えぇっとですねぇ」


 リーレイはアリスに、簡単な出来事の説明を行った。

冒険者になって受けた依頼が、流行り病の根源とされるヴァンパイアの調査。やってきたヴァンパイアの館で出会ったドゥプラのこと。


『ヴァンパイアか……。興味があるな。殺さずに監視は可能?』

「もちろんですぅ!」

『それじゃあ、その方向で。……ごめんね、一人にさせちゃって』


 声だけでも伝わってくる、申し訳無さ。

主人が自分を思ってくれていることは嬉しかったが、己の不甲斐なさのせいで不安にさせてしまったのだと考えると、リーレイは居ても立っても居られない。

 珍しく声を張り上げて、それは違うと言い張った。


「何を言いますか! アリス様のご命令は絶対。そしてそれを完全に遂行し、尽くすことこそ幹部における最上の喜びですぅ!」

『苦労かけるね』

「とんでもありません!」

『また連絡を待ってるよ』

「はぁい♡」


 ぷつり、と通信が切れる。短い間ではあったものの、主との会話はリーレイにとっての癒やしだ。

 帝国に到着するまでも、着いてからも良いことはなかった。

だがアリスと会話するだけでそれがどうでも良くなる。それくらいにはリーレイの中でのアリスという存在は、大きいのである。


「ふう」

「ど、どうでした?」

「良かったねぇ、寛大なアリス様は君に興味があるみたい。だから殺しはお預けだ」

「ほっ……」


 アリスたちの扱う通信魔術は、ある種のテレパシーだ。

通信を行っている者同士しか声が聞こえないため、視界の端では常に心配そうなドゥプラの視線があった。

 大丈夫だとドゥプラに伝えれば、心の底から安堵した様子を見せた。

 ドゥプラを殺さない理由が出来たとは言っても、リーレイにはどうしてもドゥプラを〝討伐〟しなければならなかった。

依頼をこなさなければランクは上がらない。

 リーレイだけであれば低ランクでもよかっただろうが、アリスのための冒険者となれば変わってくる。それこそ最高ランクでなければならないほどには。


「君を殺さないけど僕は、冒険者をやめられなくなっちゃったぁ。だから君を討伐した、っていう証拠がほしいんだぁ」

「証拠ですか……」


 ドゥプラはうーんと考えると、思いついたように駆け出していく。

ポツンと残されたリーレイは、「まさか逃げる気ぃ?」などと考えていた。

 しかし三分とかからずに戻ってきたドゥプラを見ると、その考えもすぐに消えていった。

 ドゥプラは漆黒の上質なマントを持って、戻ってきた。

必死に走って戻ってくる様子は、ボールを投げた犬のようでリーレイは笑いそうになってしまう。

こほんと咳払いをして、ドゥプラの説明を聞くことにした。


「こちらでは如何でしょう? 巷で噂の、ヴァンパイアが着ているとされるマントです」

「えぇー? そんなんで騙せると思うぅ?」

「わ、分かりません……」


 何も無いよりはマシだろうというくらいだ。とりあえずくれるのならば、貰っておこうと受け取った。

この程度で納得してくれようなものならば、人間というものは単純だということだ。

 誤魔化すのが得意ではないリーレイにとって、そこはとても重要なポイントだ。リーレイの下手くそな嘘でも騙されてくれるかが、今後の任務を左右するのだ。


「まぁいちおー、借りるけどぉ……。あ、あと!」

「はい!?」

「ここの家、僕の第二拠点にしていい?」

「へ?」


 第一拠点とは、もちろん最初に助けたレジーナ・ブルーの自宅である。

長く時間を空けたとしても、リーレイに心酔しているレジーナであれば快く部屋を貸す。

それになんと言っても、首都に近い場所にあるのだ。今後の活動拠点としては、メインに使いたい場所だろう。

 こちらの館には、そんなところに居て疲れた時に戻ってくる、言わば〝オアシス〟だ。

自分のままでいられるし、取り繕う必要もない。リーレイはアリスほど我慢しているわけではないが――それでも、息の詰まる人間ばかりの空間よりかはマシである。


「断ったら――」

「ももももちろんですとも! えぇ、是非! 暇でいつも、綺麗にしていますので! いつでもいらしてください!」

「えぇ? 自分で綺麗にしてるのぉ?」

「まぁ、はい。封印された時に眷属とか部下は死んだので、この館にいるのは吾輩だけです」


 なんだかそれも寂しいものである。

一人ぼっちで、時々人間から生き血をすすっては、自宅である薄暗い館をウロウロする。汚れを見つければ掃除して、大した趣味もなく……。

 そんな生活を送っていたところに、突然リーレイがやって来た。

今の今まで命の危険がなかったというのに、この小さな少年の機嫌を損ねるだけで、ハイ死亡。そんな人生になってしまった。


「あっそぉ。まぁいいや、また来るねぇ」

「あ、は、はは」


 ――もちろんリーレイがそんなことを、気にしてあげるはずもなく。

リーレイにとってここは〝秘密基地〟であり、ドゥプラはそこを守護する使用人。彼にはただの都合のいいものなだけだ。


「パペット達ぃ! 戻っておーいで!」


 索敵に出していたパペット達を連れ戻すと、発動していた〈パペット・マスター〉を解除した。

三体の人形はフッと姿を消して、スキルが終わったことを告げる。


 ドゥプラはそんな様子を見ながら、怯えていた。

この小さなパペットですら、ドゥプラの上を行くレベルなのだ。それが三体も館を走り回っていたと思うと、ゾッとする。

 もしもパペットのうちの一体がドゥプラを発見していたら。

リーレイの命令通り捕縛しようとするだろう。そしてドゥプラは抵抗する。

だがパペットの大きさも相まって、上手に捕まえられないだろう。となれば衰弱させて引っ張るしかない。――つまり、戦闘になるということ。


 ドゥプラ封印から醒めたあと、ほとんど戦闘行為を行っていない。

それに相手は自分よりも高いレベルだ。下手したら死ぬかもしれないのだ。

 だから見つけたのが比較的話のできるリーレイで、本当に運が良かった。


「つかぬことをお聞きしますが……リーレイ殿」

「んん~?」

「貴方様の、レベルは……?」

「僕ぅ?」


 尋ねられたリーレイは、ニコリと笑った。

少年なのか少女なのか分からない可憐な容姿で、生み出される笑顔。人形だからなのか、酷く整っている。

 しかし彼のスキルを見て、自分の隠密をも見破った。

この少年を侮れないとドゥプラは知っている。


「僕のレベルは200だよ」

「にっ……」

「えへっ」


 ドゥプラは聞いたこともない数字を耳にして、静かに絶望するのだった。

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