普通で平凡2
パルドウィン王国からの緊急の通達により、各地へと赴いていた勇者たちは、オベールへと召集されていた。
プロパガンダなんて捨て置いて、急いでそちらに向かってくれとのこと。
あれだけ土地を渡したくないと、戦争に関して焦っていたというのに。突然の掌返しで、勇者達も驚いていた。
しかし理由を聞けば、全てを投げ捨ててまでオベールへと向かう。
マイラが未知なる魔族と対峙し、数万もの兵士を必要とする戦闘に陥ったのだという。
「マイラ、大丈夫かな……」
「心配する必要もないだろう。彼女ほどのヒーラーはこの世界にはいないからな」
「そうだよね……」
「で、でも、なんだか嫌な予感がするな……」
ユリアナがそう言うと、一同に沈黙が流れる。
あれだけ切羽詰まっていた本国が、頼み事を全て捨てて助けにいけと言ったのだ。彼女がそう思うのも無理はないだろう。
コゼットが無理に笑って、ユリアナの背中をバシバシと叩いた。
「なっ、何いってんのー! やめてよ、変なこと考えんの!」
「ごめん……」
「それにしても案内人の兵士さん、遅いな」
オリヴァーがキョロキョロと見渡す。オベールは思っていたほど混雑しておらず、むしろ静か過ぎるくらいだ。
街の人間がオリヴァー達を見ているが、その目は勇者に向ける視線ではなかった。余所者に対しての視線だ。警戒心が強く、人を寄せ付けたくないという気持ちがにじみ出ている。
国に言われた場所で待ちながら、見える範囲を確認していれば、パタパタと急ぎ足でやってくる兵士が一人。
見慣れたパルドウィンの兵士だ。
「……よ、ようこそ。勇者様」
「うん。ありがとう。案内してくれる? マイラに詳しい話を聞くよ」
「……………………えっ」
「え?」
オリヴァーの発言を受けて、兵士は固まった。
そして顔は絶望している。冷や汗をかいて、彼に言うべき言葉を慎重に選んでいる。
「あのー」だの「えぇっと……」と言葉を詰まらせながら、失礼のないようにどれだけ包んで言えるかを探っている。
とりあえず兵士は、彼らの現在の情報を確認するために口を開いた。
「あの、恐れ入りますが……どこまで聞かされておりますか? 情報が、その……遅れているかもしれません」
「マイラが、魔物と対峙した。兵士を連れて応戦中って聞いてるよ」
「………………そう、ですか」
その言葉を聞いた兵士は、ついには黙ってしまった。
つまり、勇者一行は知らないということ。
おおかた移動中にことが進展して、通信魔術を飛ばす時間もないままここへ来たのだろう。
通信魔術はそうホイホイと、使えるような代物ではない。
ラストルグエフ夫妻や、勇者パーティーの中でも魔術に長けた面々だけ。
だから王国からパーティーへ情報を流したい時に、時間差が発生する。そして何度も使える魔術ではないせいで、新たな情報を仕入れたとしても伝えるまでに時間が生まれてしまう。
そんなこんなで、オリヴァー達は最新情報を手に入れられぬまま今に至る。
「もしかして……マイラに何かがあったの?」
「う、その……」
「ウダウダしていないで、とっとと答えたらどうだ? 僕達は国からの命令を、中断してまでやって来たんだ。もし何もないのならば、来た意味がないからな」
アンゼルムがいつものように強い口調で言えば、兵士の中の決心がつく。彼らがそれほどまでに〝真実〟を望むのであれば、伝えてやろうと。
ぐっと勇気を振り絞って、この地で起きたことを口にした。
「――マイラ様は、亡くなられました」
「……何?」
短い一言であったが、パーティーの面々を固まらせるには十分だった。
四人の中でこうして返答出来たのは、アンゼルムだけだ。
ユリアナは言葉を失っているし、あの騒がしいコゼットですら喋ることをやめた。オリヴァーに至っては「ありえない」と顔に出している。
しかし勇者に対して、嘘をつくパルドウィンの兵士がいるだろうか。
国の存続をかけた戦争への準備をほっぽり出してまで、緊急で向かわせた先。オベール。
あのマイラであれば何かあったとしても、大事には至らないと誰もが思っていた。
だから心配性なパルドウィン王国が寄越した、大したことないものだと思っていた。
「近隣住民からの情報によれば、パフォーマンス中にマイラ様が何かを発見したらしく……。そこから戦闘へと発展したそうです」
「らしく……そうです――って……。何を発見して、何をしたかもっと詳しくわからないのか!? 負傷者はどこにいる! 治療をして詳細を――」
「おりません」
「はぁ!?」
きっぱりと兵士は言い切った。
流石のアンゼルムも、その様子には声を荒げる。
先程のアンゼルムの問いに答えるようにして、兵士は続けた。
「マイラ様と、連れていた兵士五百。追加でやって来た四万ほどの兵士は、全て死亡しました」
「じょ、冗談だよね……? マイラが死ぬわけないじゃん!」
「四万の兵もか……? 僕達を馬鹿にするのも大概にするんだな」
ここでやっとコゼットとアンゼルムが口を挟んだ。コゼットの声は震えていて、いつものハキハキとした彼女は見られない。
それもそうだろう。学園生活を一緒に送ってきた、仲間。親友。そんなマイラが、死んだと言うのだから。
それについ数日前まで、一緒に笑い合っていたのだ。
死ぬだなんて思いもしない。
コゼットが冗談を言って、マイラが控えめに突っ込みを入れる。ずっと前からこの流れだった。
それが、今日。突然なくなった。
「それじゃあ、あなた方はどうしてここに……?」
「私どもはマイラ様からの通信魔術を受けて、マリーナ様とノエリア様による転移魔術で、一足先に送り込まれた少数です。来た頃には既に……」
「うそ……?」
ユリアナが口に手を当てて、ぶるぶると震えだす。瞳には涙がたまり、それは次第にこぼれだした。
優しい彼女には耐えきれなかったのだろう。
そんなユリアナにコゼットが寄り添う。泣き始めたユリアナを慰めるように抱きしめるが、コゼットも涙するのを耐えている。
兵士とてこういったことを望んで、口にしたわけではない。
現実を受け止めきれていない、信じられていない彼らに理解してほしかったからだ。これが紛うことなき事実であると。
「……信じられないのでしたら、一度ご覧ください。覚悟の上、ですが」
重々しい空気の中、兵士は言った。もう四人が何かを言うことはなかった。
ただ黙って兵士の後をついて行った。
オベールの街を抜けて、〝森だった場所〟に辿り着く。元々のオベールを知らない勇者達は、ここが土ばかりの土地なのだと思った。
木々もなく花も何もない土地。元々魔物の影響も強い場所だと聞いているため、そのせいだと解釈していた。
マイラの死体は、そのだだっ広い土地にポツンと置かれていた。
数名の兵士が彼女に向けて攻撃を放っている、その様子のまま。剣士に突き刺されたまま、弓士に射抜かれたまま。
まるでこれが展示品であるかのように、これ以上の傷が施されぬよう綺麗に保たれている。
周囲には兵士の死体が転々と落ちているものの、これといって戦闘を行ったという形跡が見られない。
驚くほど、土地が綺麗なままなのだ。
「なに、こ……れ……」
「調査のため何の手も入れておりません。発見した状態のままです」
「ど、どういうことだ!? マイラが兵士に殺されたのか!?」
「アンゼルム、落ち着い――」
「君はこれを見て落ち着いていられるか!? マイラが、我々の中でも最高のヒーラーである彼女が、こんな無惨に殺されているんだぞ!?」
アンゼルムは震える声を誤魔化すように、大声で叫ぶ。
マイラとのレベル差は数レベル。そんな僅差である彼女がいとも簡単に殺されるのであれば、勇者パーティーである自身らにも影響が及ぶ。
何と言ってもパーティーの命とも言える、マイラがいなくなった。それは重大な損失である。
彼女にはパルドウィン最高の技術者が造った、最高の魔術杖を渡してあった。それだというのに、その杖は敵に向けられるどころか、マイラの死体に突き刺さっているではないか。
「アンゼルムくん、落ち着いて」
「ユリアナ、君もか!? アハハハ、流石は天才カップルだな!」
「アンゼルムくん」
「しつこいな!? なんだと言……」
オリヴァーに続いてユリアナが、狂い出したアンゼルムに対して口を挟む。
いつものオロオロとしたユリアナはおらず、しっかりとアンゼルムを見据えていた。だがそれに、アンゼルムは気付かなかった。
ユリアナに怒鳴るような声量で言っているのに、まるで静かに怒り我が子を諭すようにユリアナが喋っている。
明らかに怒りを含んだ声にアンゼルムが振り向けば、目線の先に居たのはユリアナだけではない。
今にも怒りを爆発させそうな、オリヴァーだった。
空気はビリビリと振動していて、彼が怒りに耐えきれなくなったら、この場の空気が攻撃力を帯びてみなを襲うだろう。
「……俺が怒ってないとでも?」
風がざわめき、案内人の兵士ですら震えている。
魔王相手にも見せなかった、オリヴァーの怒りは恐ろしいものだった。
それに当てられて、アンゼルムも段々と冷静さを取り戻していく。
感情に任せて狂ってしまうのは簡単だ。しかし今はその時ではない。
このように酷いことを行った相手。それを突き止めて、二度とこんなことを起こさないように。
復讐なんてやりたくもないが、喧嘩を売ったのは向こうだ。
だったら、買ってやるしかない。返してやるしかない。
そのためにも、情報を集めて相手を知って、それ相応の戦力で叩くしかない。
それにはまず冷静になる必要があった。
「……失言だった」
「いいんだ。俺の代弁してくれてありがとう。……じゃ、マイラには悪いけど、調べようか」
四人は、マイラに残された魔術の痕跡や、戦闘の形跡がないか調べ始めた。
惨たらしい死体を目の前にして、コゼットとユリアナは涙を我慢しながら。アンゼルムとオリヴァーは怒りを耐えながら。
「魔王はマイラよりもレベルが下だったよね?」
「そうだな。我々の中でも1番レベルが低いのはマイラだった。それをも下回っている存在だったのは、間違いない。だがこれは……」
マイラのレベルは175である。そして魔王であるヴァルデマルのレベルは170。
この世界において10レベルの差というのは、とても大きい。あの時はオリヴァーに怯えて傅いていたが、パーティーの誰が前に出ていても結果は同じだっただろう。
何よりもマイラには、魔族が苦手とする光魔術があった。
治癒を行うにあたって、光属性というのはよく使われる属性だ。だから自ずと得意となっていく。
だからもしも、マイラが戦闘を行ったとしても。レベル差がそれなりにあったとしても、属性の優劣というのは、レベル差をもなくすほどには強力だ。
楽勝と言わずとも、勝利出来るのは間違いない。
それに何と言っても、マイラ側には万単位の兵士がいたのだ。
「これらの兵士は、操られていたのか?」
「分からない。魔術の痕跡も何も無いんだ。ただ死に方が変なんだよな。生命力を全て吸われたみたいな死に方だ。大きな外傷は見られないし……」
「何にせよ、僕たちに危害が加えられる化け物がいるってことだろう」
「……しかも、俺たちの知らない魔術を使っている」
一通り確認を終えると、オリヴァーは周囲を見渡した。
森も林も草花もない、ただの土だらけの土地。数キロ行けば大森林が見える。何故かこのあたりだけポッカリと抜けたような土地だ。元々こういった土地なのか、とオリヴァーは思っていた。
だが不自然に木々が失われている。まるで爆発があったかのように、ポッカリと。
そんなオリヴァーに、兵士が言う。
「近隣住民の話では、突然この辺りが光ったと思ったら、次の瞬間には森が無くなっていたとの事です。……近隣と言っても、数キロ離れた街の人間の話ですが……」
「元々ここって、森だったってこと!?」
「い、一瞬でこの規模をやったのか……?」
コゼットが驚き、アンゼルムが震える。
そんな魔術がこの世にあっただろうか。少なくとも、魔術家系であるアンゼルムは知らない。
コゼットだって学校でそんなもの習わなかったし、パーティーに入って様々な経験を得てきた彼女だが、知るはずがない。
「でもマイラには、なんの被害もないよな?」
「それが分からないのです。本当に我々の知らない魔術なのかもしれません。あ、新しい魔術とか……」
「……はあ……戦争前になんてことだ……」
「とにかく、俺たちがアリ=マイアに連れてきている兵士を帰還させよう。ここを調査しつつ、戦争に備えるしかないよ……」
「あぁ、これ以上兵を失う訳にはいかないからな」
四人はオベールでの出来事の追求を開始したのだった。
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